足りないのは「つながり」だけではなかった

前回の連載で、クリスマスカードのことを書いた。新型コロナ禍により人と会いづらくなった今、手書きのクリスマスカードで絆を再確認しては……という趣旨だったのだが、新型コロナによって希薄になったのは絆だけではなかったらしい。

新型コロナウイルスによる自粛期間中に、文房具の世界で興味深い出来事があった。以前も書いたが、少し前に流行ってその後やや沈静化していた「バレットジャーナル」という手帳術が再流行したことだ。

手帳術は他人とは関係がなく、個人の中だけで完結する趣味だ。では、なぜコロナ禍で再び求められたのか?

生きる実感が希薄になった

コロナによる自粛が人々にストレスをもたらしていると聞くが、その原因として、日々のルーチン化があるのではないだろうか。たとえばリモートワーク。無駄な通勤時間がなくなったのはいいが、その代償として刺激も減ってしまった。毎日、同じ家で同じパソコンと向き合い、似たような仕事をする。

人と会うことや遠出が難しくなったことは、日々を変わり映えしない物にしてしまった。息抜きに旅行に行くことも難しい。

そんな似たような毎日の繰り返しの中では、自分の変化や成長に気づきにくい。要するに、「生きる実感」のようなものが希薄になってしまうのだ。

日々を視覚的に記録する

そんなときに求められるのが、手帳や日記ではないだろうか。紙という、自分の外に存在するモノに、自分について書き出すことで、自分を客観視できるのだ。すると当然、自分の変化にも気づくことができる。

コロナ禍の今、バレットジャーナルという手帳術が再び求められている理由はここにある気がする。日々の出来事や蓄積を紙に記すことで、ダラダラと消費されがちな「毎日」が視覚的に把握できるのだ。それは、生きる実感にもつながるのではないか。

コロナ禍はまだまだ終わりが見えないが、ともかく今日も私たちは生きている。ただ、少し毎日が退屈になったことで、そのことを実感しづらくなってしまった。

ならせめて、紙という対象物に考えていることを書き出して、自分と向き合ってみよう。あなたは少しずつ変化しているし、成長もしているはずだ。