知識は豊富なのになぜか相手に伝わらない……一生懸命頑張っているのに全然成績が上がらない……。そんな悩めるビジネスマンのみなさん、「行動心理学」を仕事に取り入れてみませんか? この連載では、仕事に使える8つの理論をマンガで分かりやすくご紹介しながら、名古屋大学大学院情報学研究科・教授の唐沢穣先生に解説していただきます。

熟知性の法則

第8回は「熟知性の法則」。よく見聞きする人やモノに好感を持ってしまう習性とは?

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    熟知性の法則

唐沢先生の解説

人間には、見慣れないものよりは見慣れたもの、聞き慣れないものよりは聞き慣れたものの方を好むという、基本的な性質があります。

これは私だけなのかもしれませんが、「ヒアルロン酸」という言葉を最初に聞いた時、真っ先に頭に浮かんだのは、「酸」なんて刺激の強いものを肌につけて大丈夫なのかな、ということでした。ところが何度も聞くうちに、違和感がなくなったどころか、なんとなくプルプル感さえ湧いてくる気がするようになりました。

また、「良い」ことを意味するのに「ヤバイ」という言葉が使われているのを最初に聞いた時は抵抗感を覚えたものですが、今ではそれも何処へやら、気がつくと自分も「ヤバイな、これ」とつぶやいていします。いずれも、「熟知性の法則」と呼ばれているものの一種なのではないかと思います。

こんな心理学の実験があります。日常場面の写真をたくさん見てもらった中に、何気なく、あるペットボトル飲料が写っている写真が何枚か混ざっていました。飲料が写っている写真の数は、人によって多かったり、少なかったりします。時間が経ってから、いくつかの飲料を見せて、好きなのはどれですかと尋ねたところ、先ほどの写真でたくさんの回数見た人ほど、その飲料を選びやすいという結果が出ました。本人たちは、写真にペットボトルが写っていることすら、ほとんど気づいていなかったのですが、「熟知性」の影響を受けていたというわけです。

聞き慣れない名前よりも、聞き慣れたものの方が好かれやすいのだとしたら、こまめにコンタクトをとって、熟知性を上げるのも、好印象を持たれるための一手になるかもしれません。

ただしこの現象は、何度も見たり聞いたりしていることに本人が気づいてないことがミソです。「ああ、また言ってるわ」と気づかれるような、使い古されたギャグやダジャレだと、かえって逆効果になるかもしれないので気をつけましょう。

唐沢穣先生プロフィール

名古屋大学大学院情報学研究科心理・認知科学専攻教授。
京都大学文学部心理学専攻を卒業後、カリフォルニア大学ロサンジェルズ校にて大学院博士課程修了。
偏見、ステレオタイプ、善悪の判断などに関わる、人間の思い込みや錯覚を科学的に解明する研究を中心とする社会心理学を専門とする。近著に「責任と法意識の人間科学」(共編著/勁草書房)、「偏見や差別はなぜ起こる? 心理メカニズムの解明と現象の分析」(共編著/ちとせプレス)など。

イラスト=タカハラユウスケ