知識は豊富なのになぜか相手に伝わらない……一生懸命頑張っているのに全然成績が上がらない……。そんな悩めるビジネスマンのみなさん、「行動心理学」を仕事に取り入れてみませんか? この連載では、仕事に使える8つの理論をマンガで分かりやすくご紹介しながら、名古屋大学大学院情報学研究科・教授の唐沢穣先生に解説していただきます。
ペーシング
第7回は「ペーシング」。話し手を心地よくする相づちとは?
唐沢先生の解説
世の中には「聞き上手」と呼ばれる人たちがいます。こういう人たちを相手に話をすると、気分が良くなるのはなぜでしょうか? いろいろな要素が絡み合っているに違いありませんが、間違いなく大切なことの一つは、「話し手のペースを乱さない」ということです。相手のペースに合わせるコミュニケーション・スタイルで、「ペーシング」と呼ばれることがあります。
話し手の言うことに、相づちを打ちながら聞く人や、うなずきながら聞く人は、ただそれだけでも話し手から好かれることが知られています。話す方にとっては、相手に受け入れられているといった安心感が生まれるのでしょう。
さらに一歩進んで、単純に「うんうん」とうなずいているだけでなく、例えば「この間、こんないいことがあったんですよ」と話しかけられたら、「そう、それは良かったね! うらやましいなー」といった具合に、共感を示してくれる聞き手であれば、もっと安心や信頼ができますよね。
つまり、ただ「聞いて」いるだけの聞き手ではなく、話に込められた意味を理解し、経験を共有してくれているという感覚があると、もっとコミュニケーションがスムーズに進む、ということです。
重要なのは、安心や不安といった感情だけではありません。人間には思考を少しでも滑らかにしたいという傾向があります。自分の話が、途中でさえぎられたり方向が変えられたりすると、その分だけ気が散ったり、変化に対応しなくてはならなくなって、精神的なエネルギーを消費します。その時に起こる不快感は、まるで自分の言いたいことがうまく口に出せない時のように、滑らかさに欠けた感覚を引き起こすおそれがあります。
話し手をイライラさせる聞き手では、好かれるはずもありませんね。話し手のペースで、無駄なエネルギーを使わずに話を進められることが、聞き上手の極意なのかもしれません。
何でもかんでも「そのとおり」「お、なるほど」と相づちを打つばかりでは、機械的に返事をしているだけとか、本当は聞いていないのではないかという疑いを持たれてしまうかもしれません。人間は複雑にできていますからね。ただ空っぽな相づちを繰り返すだけでなく、自分の頭を使って考えたことが分かる意見をちゃんと織り込んだメッセージを返せば、ペーシングはもっとうまくいくでしょう。
唐沢穣先生プロフィール
名古屋大学大学院情報学研究科心理・認知科学専攻教授。
京都大学文学部心理学専攻を卒業後、カリフォルニア大学ロサンジェルズ校にて大学院博士課程修了。
偏見、ステレオタイプ、善悪の判断などに関わる、人間の思い込みや錯覚を科学的に解明する研究を中心とする社会心理学を専門とする。近著に「責任と法意識の人間科学」(共編著/勁草書房)、「偏見や差別はなぜ起こる? 心理メカニズムの解明と現象の分析」(共編著/ちとせプレス)など。
イラスト=タカハラユウスケ