前回までのあらすじ

超マイペース且つ大雑把なB型男子である僕の彼女は、あろうことか超几帳面なA型女子だった――。このエッセイは独身B型作家・山田隆道が気ままに綴る、A型彼女・チーとの愛と喧嘩のウェディングロードです。

去る4月29日の大安、僕とチーは都内の式場でささやかな結婚式を挙げた。

思えば本連載が始まった頃の僕はまだ32歳の独身B型男子で、彼女すらいない状況だった。しかし、あれから2年以上の月日の中で、ひょんなことからチーという生粋のA型女子と出会い、35歳になる年の春に晴れて入籍と相成ったわけだ。

ちなみに4月29日といえば、遠く英国で世界中の話題を独占した世紀のロイヤルウェディング、すなわちウィリアム王子とケイトさんの結婚式が執り行われた日でもある。といっても、彼らの真似をしたわけではない。僕らが4月29日に挙式を行うと決定した後に彼らが同日の挙式を世界中に発表したわけで、僕としては勝手にウィリアム王子に真似をされたと解釈している。何卒ご容赦ください。

それはともかくとして、ここに至るまでは本当に苦難の連続だった。喧嘩は何度もあった。式の準備が忙しすぎて、心が折れそうになったこともあった。互いの家の親族に悲しい不幸もあった。それによって結婚式が危ぶまれたこともあった。

中でも一番気持ちが沈んだのは、やはり3月11日のことだ。

今もなお全国に甚大な被害をもたらし続ける未曽有の大震災。その発端となったあの日の昼下がり、僕は東京都内の某ファーストフード店の3階にいて、チーも同じく都内某所にある勤め先の会社でいつものように仕事をしていた。

最初にわずかな横揺れを感じた段階で、どういうわけか早くも嫌な予感がした。揺れの大きさではなく、揺れの‘雰囲気’がいつもと違う気がしたのだ。

咄嗟に思い出したのは、16年前の阪神・淡路大震災だ。

あのときの僕は震度7を記録した兵庫県神戸市に近い大阪の北摂地域・吹田市に住む高校3年生で、真冬の早朝を襲った震度5強の激しい縦揺れに全身が卒倒したことを覚えている。そして同時に家族全員の顔が脳裏に浮かび、得体の知れない不安と恐怖に苛まれた。大袈裟でもなんでもなく、本気で命の危険を感じたのだ。

その後、ほどなくして父が僕の部屋に駆け込んできた。

「隆道、大丈夫か!?」息子の身を案じる父の姿を見た瞬間、僕はどういうわけか一気に脱力し、底知れぬ安心感を覚えた。深刻な危機に陥った人間にとって、一番の良薬は愛する人との触れ合いであり、すなわち肉親の温もりなのだろう。

あれから16年。まさか再び、あれを凌駕するほどの大地震に見舞われるとは夢想だにしていなかった。今思えば、東北に比べたら東京の揺れなんてたいしたことなかったのかもしれないが、そのときの僕は東北の惨状を知る由もなく、ただひたすら16年前と同じような不安と恐怖を感じ、無様に狼狽することしかできなかった。

そんな中、ひとつだけ16年前と違う心境があった。

大地震の直後、混乱する街の雑踏の中で、僕は真っ先に家族・親戚の身を案じると同時に、婚約者のチーの顔を思い浮かべたのだ。

一見当たり前のことと思われるかもしれないが、阪神・淡路大震災の記憶が鮮明に蘇った直後だっただけに、胸にいよいよ迫るものがあった。いつのまにかチーの存在は、自分にとってそこまで大きなものになっているのか。その頃の僕は正式な結婚を前にして、すでにチーのことを自分の家族と見なしていたのだろう。

本来、真実の愛とは無意識の中にあるものだ。だからこそ、切迫した状況の中で初めて実感できるものなのだろう。それが僕の場合はあの昼下がりだったのだ。

その後、数時間の通信トラブルを経て、ようやくチーの無事を電話で確認することができた。そして夜になり、会社から徒歩で2時間以上かけて、なんとか家に帰ってきたヘルメット姿のチー。彼女も不安だったのだろう。ひどく疲れた表情だった。

僕はそんなチーの顔を見るなり、再び16年前を思い出した。あの朝、父親に感じた底知れぬ安心感。ともすれば、それよりもはるかに大きく深く、そして筆舌に尽くしがたい温かな感情が胸の奥から温泉のように湧き出てきた。それまでまったく違う人生を歩んできた血の繋がりのない女性の中に、どこまでも太い絆を感じたのだ。

その夜、僕とチーはテレビのニュースに釘付けになり、先行き不透明な日本の未来に漠然とした、それでいて大きな不安を募らせた。いつまでも不気味に高鳴り続ける心音と季節外れの脂汗。それらが落ち着かない夜を象徴していた。

当然、4月29日に予定していた結婚式のことも考えた。この国難の時期に、このまま慶事の準備を進めていいのだろうか。もし予定通り挙行するとしても、怒り狂う天地にそれが正しい行為だと胸を張って言えるのか。さあ、隆道。一体どうなんだ。

そしてこの後、僕は様々な人々の後押しを受けたことでなんとか気を取り直し、再び結婚式に向かうことになるのだが、それはまた次回の話だ。

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