
「人のために歌っているわけじゃない」。そう語るシンガーソングライターの心愛 -KOKONA-は、聴き手がいてこそ自分の曲が生まれるとも考えている。SNSや路上ライブを軸に活動を始め、高校に進まず音楽の道を選んだ彼女は、デビューから2年弱、17歳でZepp Shinjukuに立った。18歳になった今、新曲「ヒガンバナ」で描くのは、生と死、そして矛盾の中にある美しさだ。地元・静岡県沼津市にある母の店「630stand」で、自分の感情を歌に託す理由と、その声と言葉の原点をたどった。
音楽の中では、自分の感情をどこかに放っておける
―東京でのライブやイベントも多いと思いますが、今も沼津に暮らしながら活動しているんですよね。
心愛:そうですね。前はずっと地元にいたいと思っていたんですけど、18歳になって成人したのもあって、最近は少し旅に出たい気持ちもあります。東京かはわからないけど、一人暮らしをしてみるとか。今は家族と一緒なので、そういう経験もしてみたいですね。
―音楽には、いい意味で現実から離れさせてくれるところもありますよね。心愛さんにも、そういう感覚はありましたか。
心愛:小学5年生ぐらいでギターを始めたんですけど、その頃から「どうして学校に行くんだろう?」と考えるようになって。小5から中1にかけて、だんだん学校に行かなくなる時期があったんです。「なんで学校に行かないの?」「学校に行きなよ」と言われる現実から、逃げるように音楽をやっていた時期もありました。それが悪い意味なのかは、わからないんですけど。まだ曲を作っていなかったので、家でカバーを歌っていたんですけど、そのときは自分の感情はどうでもよくて、その曲の感情として歌う。自分の感情をどこかに放っておけることが、音楽にハマった理由だったのかなと思います。
―映画を観て現実から離れる感覚にも通じますね。
心愛:確かに。でも、曲や映画の世界に入り込んでも、楽しい感情ばかりではないですよね。自分は映画もめっちゃ観るし、感情を受けやすいので、苦しいシーンではどうしようもなく苦しくなるんです。ただ、それは現実の自分が抱えている苦しみとは、別のものとして感じているのかなと思います。同じ「苦しい」でも、自分のことはいったん置いて、物語の中の感情を受け止められるというか。カバーを歌うときも、自分自身の感情から少し離れて、その曲の中にある悲しみや苦しみを歌っていたんだと思います。
―自分の感情と作品の感情を、別のものとして捉えているんですね。
心愛:大元は一緒だと思うんです。でも、人と接するときの表現と、同じ感情を別の方向に出したときにあふれるものは違う。怒りを行動では出さないけど、歌ではめっちゃ出すとか。人格が変わるわけではないけど、そういう部分はあると思います。
―その頃、特に感情を揺り動かされた音楽はありましたか。
心愛:特定のものは、あまり思いつかなくて。寂しいときは寂しい曲、つらいときはつらい曲を聴くので、「つらいから明るい曲を」というタイプではないんです。めっちゃ全部に影響されるんですよ。音楽と同じぐらい、出会う人にも。「この行動、いいな」と思う人もいれば、口が悪いけど、「なんだ、こいつ」と思う人にも影響される。出会った人、見たもの、聴いたもの、すべてに影響されていると思います。
―よくカバーしていたアーティストは?
心愛:椎名林檎さん、平井堅さん、RADWIMPSさんとか。言葉の選び方が素敵だなと思うと、心地いい世界として、「聴いていたい」「ここにいたい」という気持ちになるのは、そういう音楽ですね。
―音楽に夢中になった原体験は、どこにあるんでしょう?
心愛:原点はお母さんです。幼稚園ぐらいからカラオケによく行っていたので、お母さん世代の曲をたくさん聴いていました。家族みんな音楽が好きで、家でも車でも何かしら曲が流れていて。おじいちゃんは昔フォークソングをやっていて、プロ的なこともしていたらしいんですけど、詳しくはわからなくて。ギターはおじいちゃんに教えてもらって、そのあとは独学です。おじいちゃんが歌う玉置浩二さんや南こうせつさんも聴いていました。King Gnuさんの「白日」は、コロナの自粛期間に家でずっと流れていて。聴くと、毎日家にいて何もすることがなかった頃の、悶々とした感情を思い出します。
夢中になったのはギターを始めてから。「歌声はもっとこうしたほうがいいな」と考えるようになって。中学では友達もギターを始めて、一緒に音楽をやったり。本当に「もう大好き!」という感じでした。今でもそうなんですけど。
Photo by Erina Fujiwara
―プロになりたいと思ったのは、いつ頃ですか。
心愛:小4ぐらいで、地元のお祭りで、のど自慢大会に飛び入り参加したときです。おじいちゃん、おばあちゃんが出ているのを見て、「自分も歌えるかも?」と思ったんですよ。でも、緊張して声も震えて、全然うまく歌えなくて。それでも「上手だったよ」と褒められたんです。それまで、自分は何もできないと思っていました。勉強はあまりやったことがないからわからないけど、運動も人並み。整列したり、言われたことに従ったり、みんなができる集団行動ができなくて、褒められる感覚がなかったんです。そこで「歌うと褒められるんだ」という、ピュアな承認欲求が生まれて。「じゃあ、歌おうかな」と。5年生でギターを始め、曲も作ろうとなって、今につながっているんだと思います。
―中学では、どのように過ごしていたんでしょう?
心愛:中1の前半は行っていました。そのあとも、文化祭や音楽の授業だけ行くとか、自由なスタンスで。先生も「もう、こいつはいいや」という感じだったっぽいですね。中1の後半はパタッと行かなくなって、大人に心配され、カウンセリングも受けたけど、しっくりこなかったです。「自分は病んでいるわけでも困っているわけでもないし、受けても変わらない」という気持ちで。心配されている自分が好きじゃなかったんです。
母親とも毎朝、「行きなさい」「行かない」とケンカしていました。今はめちゃめちゃ仲がいいんですけど。「こんなにも周りが悲しむなら」と、中2は1年間、たぶん4日ぐらいしか休まず行ってみたんです。でも、1ミリも楽しくなくて。中3は自由にやろうと決めて、「起きたら10時を過ぎていたので給食だけ食べに行きます」とか。「自分は怠けたいんだ」って、開き直っていましたね。
―高校に進学しないという選択は、どう決めたんですか?
心愛:面談で先生に「どうする? 行く? 行かない?」と聞かれて、「ちょっと考えます」と持ち帰って、母親と話していたんです。出席日数もなかったので、通信制に行こうかな、とも考えていたんですけど。そのとき母親が、「別に今年、行く必要はないんじゃない?」と言ってくれて。当時は音楽もやり始めて、大人の方と関わったり、ステージに立ったりし始めた頃だったので。「今年、進学しなきゃいけないわけではない」と言われて、「その手があったか」と。先生に「行かないです」と伝えたら、「そうだよね」と言われました。中学校は、そんな感じでしたね。
―その間も音楽を続けて、友達との関係も悪くはなかったんですよね。
心愛:SNSも遊びでやっていたし、文化祭で弾き語りをしたり、友達とぐちゃぐちゃなバンドをやったり。人間関係に問題はなく、先生とも仲がよかったと思います。人は好きだけど、ちょっと怖いところはあるかな、ぐらいですね。
―最初に作ったオリジナル曲は、覚えていますか。
心愛:2曲目にリリースした「依依恋恋」が、曲になった音楽としては一番最初です。最初は、「もし母親が亡くなったら」と、自分の中で勝手に想像して作りました。そこからいろいろ広がって、「依依恋恋」という作品になっているんですけど。原点は、一番身近にいる人、親が亡くなったらどう思うんだろう、というものでした。
―等身大の日常を書くというより、想像で物語を作っている感じですね。
心愛:中学生ぐらいで作ったと思うんですけど、学校へのモヤモヤもありました。でも、行く意味や行かない意味には、今でも結論がなくて。学校について書こうとしても、「自分は何を思っているんだ?」となる。気持ちを言語化するすべを知らなかったんだと思います。一方、生きる、死ぬという題材には小学生から興味があって。人の感情なんて理解できないとは思うけど、「どうしたら理解できるんだろう」「この人はどう思って、それをしたんだろう」と考えていたので、そういう曲になったと思います。
―初めて自分の力で曲ができたときは、嬉しかったですか。
心愛:嬉しかったです。でも、自信家なタイプではなかったので、「まず、誰に聴かせるべきか」と。お母さんの曲だからお母さんに、と思っても、お母さんが亡くなることを想像した曲だしな、という複雑なところがあって。誰かに聴いてもらうことには、結構躊躇していました。自分には「できた」という達成感があるけど、人がいいと思うか悪いと思うかは別の話だな、と。一番最初に作ったときは、そういうことを思いましたね。
―結局、お母さんに聴かせたんですか。
心愛:聴かせました。次の日に、お母さんのつながりで人前で歌う機会があって、そこで歌ったんです。曲を作ってから人前で披露するまで、早いですよね。できる、できないは別として、出ていけるなら出ていく、というスタンスは、小4ののど自慢大会から、今も変わらないと思います。出たら緊張するけど、「出ていく」という行動自体には、あまり物怖じしないですね。
―承認欲求だけでなく、自分の音楽には自信がある、ということなんでしょうか。
心愛:少なからず承認欲求はあると思います。人間としてあるものだと思うし、ステージに立つ中で、人よりあるのかな、とも思うんですけど。普段の声が小さく、人に届きやすい声質ではなくて。ガヤガヤした場所では、話しかけても聞こえないだろうと、話しかけないんです。聞き返されると、「話しかけなくてもいいか」となっちゃう。でも、マイクだと、人より絶対的に音量が大きいから、それがあまりない。そういう意味で、マイクを通して伝えたいんです。自信はあるんだけど、ないところもあるんですよ。
―マイクとギターがあれば、普段は振り向いてくれない人にも届く。
心愛:そうです。それがどんな感情でも、「うるさいな」でもよくて、一回は振り返ってくれるから。
Photo by Erina Fujiwara
ライブを重ねて見えてきた、自分の色
―SNSに弾き語りを投稿し始めたのは、いつ頃ですか。
心愛:中2の冬ぐらいです。最初は顔出しせずにやっていて、顔を出した2、3本目の動画がバーッと広がったんです。藤井風さんの「ガーデン」のカバーが最初にバズった曲ですね。そこから毎日投稿を始めて、いろんな人に出会って、今があるんだと思います。
―ライブとSNSは、どんな関係にありますか?
心愛:SNSは当たり前にやっていた感覚です。でも、生のライブのほうが好きで。SNSはゼロからその動画に行くけど、ライブには曲や言葉の流れがあって、歌い方も変わるし、その曲の価値を自分で作れる場でもあるので。SNSは「歌っているだけ」という映像にもなりがちで、難しいですね。二つのことを同時にするのも得意ではないので、ライブが多いと投稿が止まったり。切り離しているというより、どちらもやっている感覚です。
@0908_kokona 変拍子初めてやったかも。#17歳#弾き語り#wind#akeboshi#naruto ♬ オリジナル楽曲 - 心愛 -KOKONA-
―2024年1月、中学3年生でのデビューを、どう受け止めていましたか?
心愛:正直に言うと、パッパラパーです。何もわからず、「曲を出したな」みたいな。「中3でデビューってすごいね」と言われても、「すごいのかな?」と。ただ、楽しみたいと思っていました。少し前から路上ライブもやっていて、寒かったし、嫌だなと思う時期もあったけど、結果的には楽しかった。基本的に、楽しいか楽しくないか、やりたいかやりたくないかで物事を決めるので。
―2月には、代々木第一体育館での音楽イベントにも出演しました。
心愛:怒濤でした。でも、自分はそのまんま中学生の感覚で。映像で観る芸能人の方が普通に歩いていて、「すげえ!」というのが続いていました。写真を撮らせてもらったり、CDを渡したりしましたけど、緊張して名前ぐらいしか言えなかったです。
―2024年は10曲をリリースし、11月にはNTTドコモ・スタジオ&ライブとレーベルパートナーシップを締結。同年12月には初ワンマンを開催し、番組主題歌の「存在理由」もリリースしました。
心愛:「今、何の曲をやっているんだっけ?」という時期もありました。毎月レコーディングしていたし、まだ出していない曲もあるので、どれをリリースしているのかわからなくなっちゃうこともあって。曲はストックを出すより、出したら作る感じでした。ギターしか弾けないので、弾き語りのように作って、ボイスメモやレコーダーに入れています。整理も苦手で携帯の中はぐちゃぐちゃなので、スタッフの方に保存する場所を決めてもらって。「これを、ここに入れる。あとはわからない」みたいな。
―2025年12月のZepp Shinjuku公演では、成長を感じましたか。
心愛:初ワンマンで「来年12月にZeppでやります」と発表して、そこから1年間は、Zeppのために活動していた部分もあります。ずっと目標として頭の片隅にあって、そこまでに成長したいと思っていました。当日は未発表の新曲を弾き語りでやったり、ルーパー(※演奏を録音・反復再生し、音を重ねられる機器)を使ってエド・シーランさんの曲をカバーしたり。最初のワンマンは16歳で、大人の方に手伝っていただき、自分は歌うことに集中していたんです。でも、17歳になって、「これをやりたい」「曲順はこうがいい」「これで締めたい」というものが出てきて。衣装も自分で選んで買いました。
洋服はもともと好きで、普段着ていたら「何を着ているんだ?」となるような、ステージでしか着られない衣装が好きなんです。そういう好みも出せるのがライブで。自分の色が一番濃く出ていたのはZeppですね。もちろん、今回のフリーライブ「UNVEIL」では、もっと自分の色が出ると思います。
―2025年7月の自主企画「超青春革命」(※心愛が主催した、出演者全員が23歳以下のライブイベント)では、出演者にもご自身で声をかけたんですよね。
心愛:SNSを見て、「この方を誘ったら面白いんじゃないか」とお誘いしました。一人で活動することが多いし、周りも大人が多くて。高校に行っていないので、中学卒業後は同世代と関わる機会が本当になかったんです。10代の方たちと関われて、新鮮で面白かったですね。
―活動を重ねて、ご自身の考え方にも変化はありましたか。
心愛:学生の頃、「やりたくないことはやらない」という自分に、「やりたいことのためには、やりたくないこともやらなきゃいけない」と言う大人がいました。活動する中で、その意味はわかったんです。でも、やりたいことにつながるなら、今は気が進まなくても、結局は自分がやりたいことなんじゃないか、と。だから、あの言い方には今も納得できないんです。
わからなかったことがわかるのは好きだし、責任感も少しは身についていたらいいなと思います。一方で、好きだった人を好きではなくなることもあって。直接接した印象で判断したいけど、周りのことまで見えると、その人がわからなくなる。好きなものを純粋に楽しめないときもあるのは、この世界に入ったからこそなのかな、と感じました。
―ファンの存在は、どう感じていますか?
心愛:MCで「人のために歌っているわけじゃないんだよね」と言うことがあるんです。でも、だから必要ないかと言えば、すごく必要な存在です。観てくれる人がいなければ、「今、この発言を誰に言っているんだ?」となるし、その発言自体が生まれない。ファンの方がいることで、すべてが生まれると思うし、自分一人では自分の音楽も生まれないと思います。ファンの方も、地元の関係者の方も、友達も、平等に自分にとって必要で、大切にしたい存在です。褒められると素直に嬉しいタイプなので、コメントやステージでの声援も、本当に嬉しいですね。
―応援してくれる人が増えた実感はありますか。
心愛:SNSの反応や、チケットが売れるかどうかで感じます。でも、それは上下するもので、安定するものではない。そこに安心感を求めたら、自分が崩れちゃう気がするので、安定を求めすぎないようにはしています。何もしていなかった頃より、本当に増えたと思うし、物販で「今日もあの方がいるな」とありがたく思うこともあります。でも、「増えた」と100%素直に思えているわけではなくて。実感はしているけど……何て言ったらいいのかわからないんですけど。
―数字に振り回されたくない?
心愛:重点を置きすぎると、悲しくなっちゃうタイプなので。自分の音楽が、届いた人に届けばいいなと思います。SNSで聴いていた学生が、社会人になったらライブに来てくれるかもしれないし。受け取り方は変わると思うので、知る機会を増やす意味で、どちらも同じぐらいやるのがいいかなと思っています。
Photo by Erina Fujiwara
「自分が作った曲」から「自分が聴きたかった曲」へ
―新曲「ヒガンバナ」は、いつ頃に生まれたんでしょう。
心愛:(スマホを見ながら)2025年11月20日に作り始めていますね。フルで完成したのは最近で、今年の夏、8月か9月ぐらいですね。
―どんなアイデアから生まれた曲ですか? 〈花びらが散った〉〈命が舞った〉と、花の姿に生と死を重ねた歌詞が印象的です。
心愛:いろいろ考えて、「ヒガンバナ(彼岸花)みたいになりたいな」と思ったのがきっかけです。最近、「矛盾」という言葉について考える機会が多くて。自分の主観では生きている感覚だけど、実際に生きているか死んでいるかは、自分にもわからないというか。人間は、生きていること自体が矛盾しているなと思うところがあったんです。すごく悲しいことや絶望が、どこか美しく思えたり。恋愛でも、好きなのに意地悪してしまうのは矛盾ですよね。でも、その矛盾がいいこともある。
普段は「それ、矛盾してない?」と否定に使われやすいけど、矛盾があるからこそ、残酷なものも美しいものも生まれるんじゃないかな、と。生きる、死ぬという題材で曲を作るなら、と考えたとき、生きていること自体が矛盾なら、人はあの世とこの世の境界線に生存している生き物なんじゃないか、という考えになったんです。これは自分の中での考えですけど。「人はヒガンバナみたいだな」「そういう人間であることを、自分は美しいと思ってしまうのかもしれない」と思って、作りました。
―普段から、考えを書き留めているんですか。
心愛:メモをしています。気になることがあると、納得できるまで考え込むんです。でも、自分だけだとまとまらなかったり、自分勝手になったりするので、周りの人や、そのとき出会った人、全員に同じ質問をする。「そういう考え方もあるんだ」と思ったところから、歌詞の言葉を広げることが多いですね。小学生の頃からそうで。学校で誰かが怒られても、自分の中には、その人が怒られる理由がない。先生はきっかけを見ず、結果だけを見て言っているけど、自分はきっかけを見ていたから、「先生はここを見るべきだと思う」とか。もちろん、見ていなかったものは見えないんですけど。
そういうときは、母親に「自分はこう思ったんだけど、どう思う?」「今度同じことがあったら、こうしたいんだけど、それは間違っているのかな?」と話していました。そのときも、「親としてじゃなく、一人の大人としてどう思うか教えてほしい」と伝えていて。根本的に、考えること自体が好きなんです。悲しみについて考えたり、悩んだりして、つらくなることもあるけど、「なんでこんなに悩むんだろう」と考えると、結局は自分が考えたくて考えているんだなと思うんです。そうやって疑問について考えを深めて、感じたことやイメージに合う言葉を探していく。それが、自分の曲作りにつながっています。
―編曲はa crowd of rebellionのBaku Maruyamaさんです。曲の本質をバンドサウンドで彩っていると感じましたが、制作はいかがでしたか。
心愛:最初に来た音源が、すごく好きだったんです。詳しい知識がないので感覚的な話しかできないけど、「ここはこういう感情だから、こうしたい」「もう少しテンポを落としたい」と、細かく言わせてもらいました。そのやりとりが、すごくしっくりきて。
―どういうところで感覚が合うんでしょう。
心愛:今までは、「自分が作った曲を作っている」という感覚が大きかった。でも、Bakuさんと作った曲は、「自分が聴きたかった曲」に近かったんです。「こういう感情で」と話したことを、「そう、これが欲しかったんだ」と思える音楽にしてくれる。その感覚が合っていたのかなと。中3から曲を作ってきて、これからもできることは増えると思うけど、15、16歳の自分には、表現したいものを100%表現することが難しくて。再現できているか、自分の中でふわふわしている部分があったんです。
「ヒガンバナ」は、生きる、死ぬという、今までとは少し違う重いテーマだけど、本来、自分がすごく好きなテーマでもあって。「こういう曲を作りたかった」「聴きたかった」と、すごく思えた。それがBakuさんと今回一緒にやった曲でした。
スタッフ:僕が間に入っていたんですけど、a crowd of rebellionにはダークな世界観があり、彼も得意なところなので。「やりたいようにやっていいですか?」「いいですよ」というやりとりで、最初から、心愛 -KOKONA-がやりたかったものがビーンと来た感じでした。

Photo by Erina Fujiwara
―アレンジャーと、ここまでやりとりしたのは初めてですか。
心愛:初めてに近いです。自分は意見を言うのが苦手で、「せっかく作っていただいたから」「あまり言うと、あれかな」と思ってしまう。でも、この曲はすごくこだわりが強かったので。文章を打つのも苦手なんです。歌詞は書けるのに、気を遣うと、何を言いたいのかわからない文章になってしまう。メールも返事がすごく長くなるんです。今回は自分でまとめようとせず、わーっと送って、それをまとめて伝えていただいていました。これだけこだわらせてもらったのは、初めてに近いですね。新しい世界観が届いてくれると嬉しいです。
―来年1月にはEPも予定されているそうですね。どんな作品になりそうでしょう。
心愛:一つの色では表せないEPになると思います。自分の中のいろんな要素、いろんな色を出して。「一貫性を作る」とか、一旦そういうことを気にするのをやめて、作りたいものを作ろう、というスタンスです。重い曲もあれば、単純に軽い曲もある。気持ちとしては軽くないんですけど。明るい曲調も、ずしっとくるものもあって。まだ完成していないので何とも言えないけど、面白くなると思います。前のリリースから「ヒガンバナ」まで1年ちょっと空いているので、その間に感じたこと、体験したこと、見たものが詰まった、濃いEPになりそうです。
スタッフ:去年のZeppが終わってからデモを30曲ぐらい作っていて、その中から選んでいます。
―デモもボイスメモで録っているんですか。
心愛:そうです。プロの方々はメトロノームに合わせて作っているらしいんですけど、自分はクリックも何もない状態で、ポチッと押して録る。弾き語りで感情が前に出てくると、クリックが聴こえなくなっちゃうんです。デモからかなり変わることもあります。自分は詩がベースで、歌詞が先にできることが多いので、それに合わせてギターを弾きながら形にしています。
―音楽のきっかけをくれたおじいさまは、今の活動について何とおっしゃっていますか。
心愛:おじいちゃんはシャイで、自分の前では何も言わないんです。でも、友達にはプロフィールやワンマンライブの集合写真を送って、「うちの孫が」「こんなに人が来たらしいぞ」と自慢してくれているみたいで。自慢になれているなら、嬉しいです。音楽を始めた頃は「そんな甘い世界じゃないよ」と言われて、直接褒められたことはないんです。でも、音楽の好みや感じ方は人それぞれだし、時代によっても違う。おじいちゃんにはおじいちゃんの好きな歌があるし、自分がやりたい音楽も、それによって変わるわけではないので。
普段はめっちゃ仲がよくて、昔は毎週日曜日に伊豆ぐらんぱる公園へ行っていた時期もありました。釣りやプール、冬はスケートにも一緒に行って。突然ゴルフセットを買ってきて、「やろう」と言われたこともあります。ゴルフは続かなかったけど、スケートは楽しくて、買ってもらった靴が履けなくなるまでやっていましたね。
母:祖父には、音楽の話をすると、この子にプレッシャーをかけるんじゃないか、うまくいかなかったときに重く感じたらかわいそうだ、という気持ちがあるみたいです。本人の前では言わないんですけど。「歌えても歌えなくても、俺の可愛い孫には変わらない」と。

Photo by Erina Fujiwara
―おじいさまは、ライブを観に来たことはありますか。
心愛:まだ一度もないんです。Zeppのときは来ようとしてくれていたみたいなんですけど、自分は知らなくて。前日に「行けなくなっちゃった」と言われて、そこで初めて「見に行こうとしてくれてたんだな」って。いつかは、できるだけ大きな会場で歌っている姿を、おじいちゃんに見せてあげられたらいいなと思っています。

心愛 -KOKONA-
16thデジタルシングル「ヒガンバナ」
10月30日配信リリース
配信リンク:https://orcd.co/kokona_higanbana
Words & Music by 心愛 -KOKONA-
Arranged by Baku Maruyama (a crowd of rebellion)
Guitar :Baku Maruyama (a crowd of rebellion)
Drums :Takeshi Kondo (a crowd of rebellion)
Bass:Tomoyuki Homma
Piano:Takumi Yasunaga
Recorded, Mixed, Masterd by
Atsushi Nagatake(Ato4 Sound Factory)
Artwork:Beniko Choji


