江口洋介と松嶋菜々子がW主演を務める人気シリーズ『救命病棟24時』(毎週月曜21:00~ ※FOD・TVerで見逃し配信)が、12日にスタートした。
第6シリーズとなる今作は、孤高の天才救命医・進藤一生(江口)と、かつて彼の下で学んだ小島楓(松嶋)が、救命救急の最前線で命と向き合う姿を描く。働き方改革や世代間の価値観の違いなど、時代とともに変化する医療現場の課題に切り込みながら、医師として失ってはいけないものを、令和の今だからこそ問いかけていく。
13年ぶりの復活には大きな期待がある一方、過去の栄光に頼った懐古的な作品になってしまわないかという不安もあった。しかし、第1話で見えてきたのは、令和の価値観とシリーズが積み重ねてきた歴史をぶつけることで生まれる、確かな新しさだった。1999年の第1シリーズから見続けてきた筆者が、その魅力を考察する。
人生とともに歩んできた『救命病棟24時』の歴史
筆者は“救命病棟”のファンである。1999年の第1作は中学3年生。当時、本格的な医療ドラマが少なかった中で、精巧なオペ室や迫力たっぷりの手術シーンは、まさに鮮烈であり、衝撃的だった。
2001年の第2作は高校2年生。第1作からさらに進化し、ヒーロー然とした進藤先生を中心に据えながらも、さまざまなキャラクターたちによる群像劇へと昇華させた今作に心を奪われた。
第3作は大学4年生。すでに人気シリーズとなっていた“救命病棟”という舞台を使い、「大都会で大地震が起きたら?」というifの世界を描き、実に意欲的で、これもまた強く印象に残った。
第4作は社会人4年目の26歳。進藤一生の類まれなる天才性を逆手に取り、彼の存在が周囲の医師たちとの軋轢を生む様子を描いた。それは実に革新的であり、大人びた世界観だった。
そして第5作は、節目の30歳。これまで物語の大きな軸だった進藤一生というキャラクターをあえて不在にすることで、小島楓の成長を改めて強く描いた今シリーズもまた、意欲的な挑戦作だった。
つまり、“救命病棟”とは、どの時代を振り返っても自分の人生とともにある生き字引であり、自分が見てきた医療ドラマの中でもエポックメイキングな作品であり、年々更新され続ける楽しいテレビドラマ体験でもある。
そして何より、毎シリーズ明確なテーマを掲げ、挑戦を続けるその姿は、テレビドラマでありながら、「自分もそうでありたい!」と思わせてくれるお手本のような存在だった。
そんな“救命病棟”への思いを胸に迎えた、第6シリーズである。
大きな不安を払拭した進藤一生の存在感
なぜ、令和の今、復活するのか?
前クールの『GTO』もそうだが、自分の青春時代が新たによみがえることへの喜びや懐かしさはよくわかる。しかし、なぜ今、『救命病棟24時』なのか。そこに新しさや、これまでになかった革新性はあるのか。“救命病棟”が好きだからこそ、ずっと見続けてきたからこそ、そんな不安はかなり大きかった。
しかも、今作のイントロダクションでは、働き方改革やコンプライアンスといった、令和の今だからこそ考えなければならない問題を描くという。
かつてはそう感じなかった言動が、今ではパワハラと受け止められ、美談にもなり得ない。そんな時代の変化を描くこと自体は、令和のドラマにとって、すでにありきたりであり、いささか食傷気味でもある。しかも、命の現場でそうした問題を描けば、今作の持ち味である、全力で命を救う姿が大幅にスポイルされてしまうのではないか。
そして何より、それをあえて“救命病棟”の中で描くことで、長いシリーズであっても決して失わなかった“新しさ”を生み出せるのか。そこが大きな不安だったのだ。
しかし、そんな不安は杞憂に終わった。
冒頭では、これまで令和の医療ドラマで何度見たかわからないほど、カジュアルで力の抜けた若者たちを中心に、現代の救命医たちの日常が描かれた。ところが、そこへかつてのレジェンドたちが徐々に加わっていくことで、空気が一変していく。
小島楓の登場、そして進藤一生の合流によって、場面にも物語にも緊迫感と華が添えられていく。あの、否応なしにゾクゾクしてしまう感覚は、第6シリーズまで積み重ねてきた歴史があるからこそ生まれたものだろう。
自分の信念に正直で、妥協を許さない進藤だからこそ、カジュアルになりすぎたこの令和の時代に、恐怖とはまた違う、とてつもないオーラと緊張感を放つことができる。やはり、それは今作だからこそなのだ。


