福岡ソフトバンクホークスの小林樹斗【写真:産経新聞社】

 

 福岡ソフトバンクホークスの小林樹斗投手が、再びNPBの舞台に戻ってきた。昨秋に広島東洋カープから戦力外通告を受け、独立リーグを経て今季5月にソフトバンクへ加入。7月には支配下登録を勝ち取り、一軍登板も果たした。再起を懸けた右腕は、どんな覚悟でこの一年を歩んできたのか。NPB復帰までの道のりと、新天地での思いを聞いた。(取材・文:灰原万由)

プロフィール:小林樹斗

和歌山県出身。智弁和歌山高を経て、2020年ドラフト4位で広島東洋カープに入団した。2025年限りで退団し、翌年は四国アイランドリーグplus・徳島インディゴソックスでプレー。同年5月に育成選手として福岡ソフトバンクホークスへ加入すると、7月に支配下登録を勝ち取った。力強い直球を武器に、再びNPBの舞台で一軍定着を目指している。

 

2度の戦力外からNPB復帰へ…引退覚悟で挑んだ独立リーグでの再出発

[caption id="attachment_295114" align="alignnone" width="1200"] 福岡ソフトバンクホークスの小林樹斗【写真:産経新聞社】[/caption]

 

 

 

 ソフトバンク・小林樹斗投手が、再びつかんだNPBの舞台で一軍登板を重ねている。昨秋に広島東洋カープから戦力外通告を受け、四国アイランドリーグplus・徳島インディゴソックスへ移籍。5月には育成選手としてソフトバンクに加入し、7月27日に支配下登録を勝ち取った。

 

 「もう一度、NPBで野球がしたいという思いで今年スタートした中で、一軍にいるというのは春先には想像できませんでした」

 

 8月には一軍昇格を果たし、今季は10試合に登板。ソフトバンクの一員としてリーグ優勝も経験した。


 

 広島では右肘の故障にも苦しんだ。2024年オフに戦力外通告を受けた際は、育成契約を打診されて残留した。

 

 「一昨年に戦力外通告を受けた時は、育成契約を打診していただいて、自分の中では『もうラスト1年だな』という思いがシーズン開始前からありました」

 

 2025年はファームで27試合に登板したものの、飛び抜けた成績は残せなかった。シーズン終了後には再び戦力外通告を受け、5年間在籍した広島を離れた。


 

 2度目の戦力外通告を受けた後、トライアウトを経て社会人野球を含む複数のオファーが届いた。進路を選ぶ上で最も重視したのは「もう一度NPBに戻りたい」という思いだった。智弁和歌山高時代の恩師・中谷仁監督にも相談し、母校と徳島のトレーナーとのつながりもあって独立リーグが候補に浮かんだ。

 

 「独立リーグでやるのが一番、7月31日までにNPBに戻るチャンスがあると思いました。徳島で勝負して、ダメだったら野球を辞める覚悟で独立を選びました」

 

 徳島で見据えていた区切りは、シーズン終了ではなくNPB球団への移籍期限となる7月31日だった。「まずは7月31日を区切りにして、それまでに移籍先が決まればいいなという思いでスタートしました」。期限までに声がかからなければ野球人生を終える。そんな覚悟で新天地での勝負に臨んだ。

 

 背水の覚悟で臨んだ徳島では、自己最速を154キロまで更新し、7試合で3勝1敗、防御率2.33、27イニングで34三振を奪った。飛躍を支えたのは、身体の回復に加え、独立リーグだからこそ確保できた時間だった。

 

 「今年に入ってからは身体も問題ないですし、トレーニングの部分でも全く違和感なくやれていました。独立リーグはNPBのように毎日試合はないですし、NPB時代よりトレーニングに割ける時間が多くあったので、フィジカル面も技術面も全体的にベースアップするという思いで過ごしていました」

 

 徳島で身体の状態が上向いたことで、広島での最終年はまだ万全ではなかったことにも気づいた。

 

 「去年は怪我をした当初ほど大きな違和感はなく、万全の状態で投げられていると思っていました。でも、今はここまで投げられる状態になったので、当時はまだ治りきってなかったんだなと気づきました」

 

 積み重ねてきた成果は登板にも表れ、結果的に徳島で最後となった5月6日の愛媛マンダリンパイレーツ戦では9回2失点、14三振を奪った。NPBから声がかかる時期までは自分で決められないからこそ、小林が意識したのは、いつ機会が訪れても応えられる状態でいることだった。

 

 「各球団のチーム状況もあるので、いつ呼ばれても行けるような準備はしていました」

 

 7月31日という期限を見据えながら、目の前の登板に集中する日々を送った。そして、待ち望んだ知らせは5月に届いた。

 

 

「何が何でも7月31日までに」NPB復帰後に待っていた“もう一つの期限”

 

 

 

 ソフトバンクとの育成選手契約が同20日に決まり、広島退団から約7カ月でNPBへ戻る道が開けた。

 

 「 (NPB復帰は)一番目標にしていたところですし、まずは拾っていただけて素直に嬉しかったです」

 

 NPB復帰を果たした時点で、小林には新たな期限も迫っていた。徳島で移籍期限として意識していた7月31日が、今度は支配下登録期限として目の前にあった。その後、ファームで登板を重ね、期限を4日後に控えた7月27日に支配下登録を勝ち取った。

 

 「移籍が決まってからは、『何が何でも7月31日までに支配下になりたい』という気持ちに切り替わりました。徳島からソフトバンクに移籍した時はもちろん嬉しかったですけど、もう一度支配下になるというスタートラインに立てたことも嬉しかったです」


 

 支配下復帰の知らせは、小林を支えてきた人たちにも届いた。

 

 「両親は本当にめちゃくちゃ喜んでくれました」。智弁和歌山高時代の恩師・中谷仁監督からも「本当におめでとう」と祝福された一方で、「もう一回死ぬ気でやれよ」と背中を押された。

 

 「そこでもう一回気持ちが引き締まりました」

 

 支配下登録から間もなく一軍への扉も開き、昇格が決まった際にも中谷監督へ連絡を入れた。「必死で最後までしがみついて、結果を出せるように頑張れよ」と恩師の言葉を受け、「これからも、少しでもいい報告をしていけたらなと思います」と再び一軍での勝負へ向かった。

 

「とにかく一軍にいたい」戦力外を経験して変わったマウンドへの向き合い方 

[caption id="attachment_295115" align="alignnone" width="1200"] (左から)ソフトバンクのスチュワート・ジュニア、小林樹斗【写真:産経新聞社】[/caption]

 

 

 

 広島時代にも一軍登板を経験しているが、高卒でプロ入りして間もない頃と、一度NPBを離れて戻ってきた今ではマウンドへの向き合い方が違う。

 

 「1、2年目で一軍登板をさせてもらった時は本当に何もわからないというか、雰囲気に飲まれそうになったこともありました」

 

 故障で投げられない時間が続く中では、「もっとこうしておけばよかった」「もっとこうしたかった」という思いも積み重なった。再び同じ後悔を残さないために重きを置いているのが、登板までの準備だ。

 

 「準備の部分がメンタル面にも繋がると思っているので。自信を持って、マウンドに上がれるような準備を常に意識して取り組んでいます」と、出番が来る前からやるべきことを積み重ねている。


 

 その意識が生きたのが、8月13日のロッテ戦だった。

 

 先発のカーター・スチュワート・ジュニア投手が2回1死満塁で降板し、急きょマウンドへ向かった。ロングリリーフ要員として一軍に昇格していたため、登板機会は試合展開に左右される。

 

 「いつ、どういう場面で出番が来るかは毎試合わからないので、気持ちの部分では初回からしっかり準備はできていました」

 

 最初に対戦した安田尚憲を一ゴロ併殺に仕留め、追加点を与えずピンチを切り抜けた。「逆に緊急登板すぎて緊張もなかったので、ゼロで帰ってこれてよかったなと。ほっとした気持ちの方が大きかったです」。緊急登板ながら4回2/3を投げ、3安打2失点でマウンドをつないだ。

 

 一軍で投げ続けられるのであれば、役割にもこだわらない。徳島やファームでは先発として投げ、一軍ではロングリリーフを含め救援で腕を振っている小林だが、「本当にこだわりがなくて、とにかく一軍にいたい、一軍で投げたいという思いの方が強いです。与えていただいたポジションの中で結果を出すだけです」と語る。

 

 一軍にしがみつく中で迎えたシーズン終盤には、初めての歓喜も待っていた。ソフトバンクの一員としてリーグ優勝を経験し、広島時代には縁がなかったビールかけにも参加した。

 

 「優勝の瞬間もビールかけもテレビでしか見たことがなかったので、実際にその場にいることができて、いい経験をさせていただきました」

 

 祝勝の輪に加わった喜びとともに、新たな思いも芽生えた。

 

 「これからしっかり結果を出して、来年以降はチームにもっと貢献できるようになりたいという思いも生まれました」

 

 初めて味わった歓喜はゴールではなく、ソフトバンクで迎える次のシーズンへの原動力になった。

 

 リーグ優勝を果たしても、小林の激動の1年はまだ終わらない。

 

 「登板する機会があればしっかりゼロで帰ってきて、CSと日本シリーズを含めてまずはベンチに入れるように、少しでも戦力になれるように頑張りたいです」

 

 春先には想像できなかった一軍の舞台に立ち、初めて優勝の喜びも味わった。一方で、視線は早くも先へ向いている。

 

 「来年以降も1年間一軍でいられるように、結果を出しながらしっかりと準備もしていきたいです」

 

 再びつかんだ一軍のマウンドを自らの居場所にするため、小林の勝負は続いていく。

 

 

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【了】