
左肘のトミー・ジョン手術を乗り越え、オリックス・バファローズにドラフト3位で入団した佐藤龍月。プロ1年目は、ファーム公式戦6試合で無失点。少しずつ先発投手としての歩みを進めている。高校時代から武器とするスライダーの感覚、プロで見つけた「テンポ」という新たなヒント。手術から約2年を迎えた19歳に、プロの世界で得た学びを聞いた。(取材・文・写真:野口航志)
プロフィール:佐藤龍月
神奈川県川崎市出身。中学時代は東京城南ボーイズでプレーし、U-15日本代表を経験。健大高崎高では1年春からベンチ入りし、2年春のセンバツでは22回無失点の好投で同校初の全国制覇に貢献した。2024年8月に左肘のトミー・ジョン手術を受け、2025年夏に公式戦復帰。同年のドラフト会議でオリックスから3位指名を受けてプロ入りし、最速151キロの直球と、大きく曲がるスライダーを武器とする左腕。
トミー・ジョン手術から約2年 少しずつ戻ってきた“投げる感覚”
[caption id="attachment_292576" align="alignnone" width="1200"] 取材に応じたオリックス・佐藤龍月【写真:野口航志】[/caption]
オリックスのドラフト3位ルーキー・佐藤龍月は、健大高崎高在学中の2024年8月に左肘のトミー・ジョン手術を受け、3年夏に実戦復帰。プロ入り後も登板間隔や投球回を慎重に調整しながら、ファーム公式戦6試合に登板し、無失点の好投を見せた。
シーズン序盤は1イニング程度の登板が中心だったが、9月19日の広島戦では今季最長となる4回を投げて3安打無失点。少しずつ投球回を伸ばし、順調に次の段階へ進んでいる。
「ファームの公式戦で無失点投球を続けられるのは、僕も想像していませんでした。思っていた以上に結果が出た感覚です」
今季の起用について、佐藤自身も球団が慎重に段階を踏んでくれていると感じている。
「今年1年、(球団には)大事に見てもらっていたと思います。最初は制球もあまり安定していなくて、1回を投げるのがやっとでした。でも最近は、自分の中でも(感覚を)つかみつつあって、先発でも複数イニングを投げさせてもらえるようになりました」
手術後は、肘に対する恐怖感はそれほどなかったという。一方で、投球感覚は完全に戻ってはいなかった。特に高校時代から武器としてきたスライダーは、手術前のような感覚を得られない時期が続いた。
「違和感とまではいかないんですけど、投げていてちょっとしっくりこないというのは結構ありました。いい日もあれば悪い日もあるんですけど、原因はよく分からなくて。でも、時間が解決してくれました」
変化が表れたのは、手術からちょうど2年を迎えた8月末頃だった。
「平均球速も上がりましたし、スライダーを含め、変化球の投げ分けも気にせずできるようになりました。まだまだですけど、今は段階的に良くなっていますね」
高校時代の最速147キロが、現在は151キロまで伸びた。体重も82〜83キロとなり、高校時代の最も軽かった時期と比べれば20キロ近く増えたという。
「ウェイトトレーニングの意識が変わって、それに伴って食事も大事なんだと感じるようになりました」
体重を増やしながら、ジャンプやスピード系の測定値も向上。プロでは一人ひとりに合わせたウェイトトレーニングやランニングメニューがあり、試合で得られる数値と自身の感覚を照らし合わせることもできる。
「自分ではまだ経験が浅く、判断できないところを一緒に考えてくださるのはすごくありがたいです」
また、投球フォームにも変化があった。
「自然と和らいだ」プロで取り組んだフォーム修正と“テンポ”
[caption id="attachment_292579" align="alignnone" width="1200"] オリックス・佐藤龍月【写真:野口航志】[/caption]
高校時代は、踏み出す足が内側へ入り込むインステップ気味のフォームだった。佐藤自身、それが肘への負担につながった一因とも考えている。手術後は、踏み出す方向をできるだけまっすぐにし、捕手方向へ力を伝えることを意識するようになった。
「プロに入って、小林宏コーチに力を伝える方向を意識する練習を個別でしていただきました。インステップを直すというより、方向を意識したら自然と和らいだ感じです」
そして今季終盤、新たなヒントも見つかった。
「テンポです」
佐藤は自身を、マウンド上で考えすぎてしまうタイプだと分析する。
「一球一球、『これがダメか』みたいにかなり考えてしまうんです。そうするとどんどん(テンポが)遅くなり、身体がついてこなくなります」
小林コーチからは、ブルペンの段階でテンポを意識するよう助言された。
「それを意識したら、ブルペンでもコントロールが良くなり、『全然違うな』と。試合でも良い状態で投げられて、びっくりしました」
ただ、プロで投げる中で突きつけられたのは、自分が高校時代から自信を持っていたボールさえ簡単には通用しないという現実だった。
「そこからかなり変わりました」憧れの宮城大弥から得たヒント
[caption id="attachment_292580" align="alignnone" width="1200"] 取材に応じたオリックス・佐藤龍月【写真:野口航志】[/caption]
「僕はスライダーに自信があるんですけど、三振を取りにいった時に見切られるので、そこはすごいなと思いました」
そのスライダーについて相談したのが、入団会見で憧れの投手として名前を挙げた宮城大弥だった。
「宮城さんに、腕の使い方や技術面での意識、どこに投げた方がいいのかなどを相談しました。僕のスライダーは曲がりが大きいので、それを打者にどう使っていけば良いのかも教えてもらいました。そこからかなり変わりました」
同じ左腕の曽谷龍平からも刺激を受ける。
「僕は曽谷さんと腕の使い方や身体の使い方が似ているんです。今年はファームで会う機会も多かったので、本当に運が良かったです」
先輩たちから多くのことを吸収する一方、同期の存在も身近な刺激になっている。
8月にトミー・ジョン手術を受けたドラフト1位の藤川敦也には、自身も同じ手術を経験しているからこそ、あえて普段通りに接しているという。
「『動画とか見ながらリハビリできるやん』とか冗談で言ったりします。でも本人は、本当はめっちゃ野球したいと思うんです。その気持ちは分かります」
自身も長いリハビリを経験した佐藤だからこそ、藤川が抱える思いには共感する部分も多い。
プロ入り前に抱いていた自身への見方も、この1年で大きく変わった。
[caption id="attachment_292577" align="alignnone" width="1200"] 取材に応じたオリックス・佐藤龍月【写真:野口航志】[/caption]
「まあ、いけるっしょ」が打ち砕かれた プロ1年目で知った“現在地”
[caption id="attachment_292578" align="alignnone" width="1200"] オリックス・佐藤龍月【写真:野口航志】[/caption]
プロの世界に入る前、佐藤には少なからず自信があった。
「変に自信があったというか、『まあ、いけるっしょ』みたいな感覚があったんですけど、それが最初の登板で打ち砕かれました。球速は上がっていたんですけど、試合でまだ投げられる状態じゃないなと実感しました」
そこで知ったのが、プロで活躍する選手たちの準備への意識だった。
「一日一日が勉強で、自分の身体のコンディショニングだったり、キャッチボール1つでも毎日変わります。本当に学ぶことがたくさんあって、高校の時は全然意識が低かったなって気づきました」
入団時には「1年目での一軍初勝利」のほか、「2年目までに10勝」という目標を掲げていた。
1年目での一軍初勝利には届かなかったが、「2年目までに10勝」というもう一つの目標を諦めたわけではない。ただ、そこへ向かうために必要な段階が以前より見えるようになった。
「今年1年、多くの経験をさせていただいて、本当に学ぶことが多かったです。オフでもう一度身体を作って、また2段階ぐらいレベルアップしたいです。来年はまず二軍の先発ローテーションを回って、一軍のマウンドにも立って、勝てたらいいなと思います」
高い目標を掲げるだけではなく、今いる場所から一つずつ進んでいく。
「まずは現実を見ながら、一歩ずつですね」
そして最後に、応援を続けるファンへこう言葉を送った。
「夏の暑い時も声をかけていただいて、心の中ではいつも『応援ありがとうございます』っていう気持ちでいます。これからも応援よろしくお願いします」
“いけるっしょ”と思って飛び込んだプロの世界で、自分の現在地を知った1年。その経験を糧に、佐藤龍月は次のステップを目指す。
(取材・文・写真:野口航志)
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