雨のWEC富士|予選の土曜はトヨタとアルピーヌがスタートグリッドと水素エンジンで明暗くっきり

2026年のWEC富士6時間、土曜の予選セッションは地元トヨタと昨年の勝者アルピーヌが、短期的にも長期的にも、対照的な展開を見せた。

【画像】雨の2026年WEC富士6時間、予選土曜日のトヨタとアルピーヌ陣営(写真9点)

まず短期的な方でいえば、雨と霧もあってGT3クラスの予選セッションが赤旗中断。かくしてハイパーカークラスの予選は視界不良を理由に中止されたため、トヨタは8位と13位に沈んだ。すでにサポートレースやFPセッションで、ウェット路面に起因する接触やオーバーランが相次ぎ、車を温存するとはいわないがリスクをあくまで冒さない方向性だったといえる。

逆にアルピーヌの2台は、午後の予選が雨に影響されることを見越して、FPからタイムを出していくという判断で動き、午前中のFP3終了時に#36ジュール・グーノン/ヴィクトール・マルタンス組がP1、#35シャルル・ミレッシ/フェルディナント・ハプスブルク組がP3だったが、P2だった#007アストンマーティン・ヴァルキリーが接触ペナルティで2グリッド降格。そして予選中止を受けてFPでのベストラップが予選タイムとなり、アルピーヌの2台がフロントローを獲得。日曜の決勝に向けて幸先のいい出だしとなった。直前で1台あたり2人ドライバー体制になる急変更は「競技上の戦略。雨のWEC富士は初だから、ドライバー1人あたりが長く走って習熟度を増すためのポジティブな作戦なんだ。ここにいないフェリックス(ダ・コスタ)とフレデリック(・マコヴィッキ)も、気持ちの上では一緒に闘っている」と、シグナテック・アルピーヌのプリンシパルであるフィリップ・シノーは述べた。

ところが長期的な視野では、両者の明暗は逆に分かれた。水素エンジンの方向性だ。ル・マン24時間から丸3ヵ月後の富士6時間は、サマーブレイクを挟んで今やWEC世界選手権のレギュレーションに関わる技術動向の、重要な発表の場でもある。ここ数年来、ル・マン24時間の主催者であるACOは水素エンジンの研究実験として「ミッションH24」というプロジェクトを進めており、トヨタ・レーシングが水素パワーユニットの冷却や空力における分野でパートナーシップを組んで以来、その傾向はなおさら強まっていた。

今年はついに、さらに一歩踏み込んで、ミッションH24の次世代車両となる「H24EVO」に、トヨタがモータースポーツ専用に開発したV6 3.5リッターのハイブリッドエンジン、そして液体水素タンクが搭載されることが発表された。これまでトヨタ・レーシングのTR H2レーシングプロトタイプに搭載されていた水素パワーユニットをベースに、出力や耐久性を向上させた新しい水素パワーユニットが、供給されるという。発表によれば、このパワーユニットは最大出力として650kW(約884ps)を発揮することが見込まれ、当初のミッションH24が掲げていたGT3クラス相当のパフォーマンスレベルを超え、ELMS(ヨーロピアン・ル・マン・シリーズ)のプロトタイプに近いレベルという。

これは大きな方向転換で、これまでコンペティターとして開発されてきた水素プロトタイプ2台が、次世代ではパワーユニットを同じくするとも言える。

一方で、今シーズン限りでWECから撤退してF1に集中することを発表しているアルピーヌは、富士スピードウェイでフィリップ・クリエフCEOが囲み取材に応じ、水素技術の研究が凍結状態であると、4月のイモラ6時間での声明に続いて認めた。アルピーヌは昨年までル・マン24時間の際にサルト・サーキットにおいて、水素プロトタイプ「アルペングロー」がHy4、次いでHy6でデモラン周回を披露するなど、独自の水素エンジン技術開発を進めてきた。「水素燃焼技術は、耐久レースのためだけに研究開発していた訳ではない」と前置きしながら、クリエフCEOは水素燃料の生産や供給、確保に関して欧州で見通しが立てにくい以上、当面は電動市販車の開発とローンチにリソースを割くという戦略に転換するという。

電動モデルであるA290とA390を欧州で登場させ、次世代A110が電動版のみならず微かにICE搭載の可能性を匂わせるとはいえ、アルピーヌ・ブランドの存在感はグローバル市場ではまだまだ小さく、「ひとつひとつ、必要な段階を踏んでいくための選択と集中」という話だ。アルペングローは液体水素ではなく気体水素タンクを用いていた。技術的もしくは投資面で、その移行に踏み切れなかったと言えるだろう。

対してトヨタは、土曜の朝一番にフューエルセル・バス「SORA」で、スーパーGTなどではおなじみのサーキット・サファリを催した。ACOやFIA、タイヤ・サプライヤーであるミシュランの関係者やプレスを多数乗せて、練習走行中のトラックに繰り出し、TGR-Eの中嶋一貴副会長が1ラップ目は英語で、2ラップ目は日本語でバスガイドを務めるという、粋な演出だった。水素フューエルセルのバスはコース上の左側をベタづきで走るのだが、ディーゼルエンジンのような振動や唸り音がまったくしない。薄いシートクッションの内装はリアルに公共交通機関として用いられている仕立てだが、スムーズかつ静かに走行する車内から車体右を通り過ぎていくレーシングカーの咆哮は、まさにサファリだった。

水素バスの中で、元アルピーヌ・レーシングの代表で昨年、ACOのコンペティション担当の代表ディレクターに就任したブリュノ・ファマン氏を見かけた。水素フューエル・バスでのサーキット・サファリの印象を尋ねると、「とても面白い試みだと思うよ。ル・マン24時間でもできるか? 欧州は予防措置の文化だから、保険とか複雑な手続きが色々とあり過ぎるだろうけど、やってみないと分からないけど実現できるのかなぁ」と、笑う。アルピーヌが耐久レースから撤退することを、筆者が「とても淋しい」と述べると、「とてもどころか、ウルトラだ!」と返答してくれた。

おそらく水素パワーユニットに関して、トヨタは1強となるのみならず、独占サプライヤになる可能性すら強まってきた。すでにル・マン・シリーズおよびWECでは、LMP2クラスで日産とギブソン・テクノロジーの共同開発パワーユニットが事実上の1強サプライヤを担ってきた例もある。まだ口にするのも時期尚早かもしれないが、F1のように、他のコンストラクターのパワーユニットを積むワークスチームがトップカテゴリーでも見られるようになるのかもしれない。なぜなら主催者側の関心事は、水素レーシングカーをひたすら高性能化させることではなく、脱炭素化時代の耐久レースに、モータースポーツとしての競技性や妥当性をコスト管理まで含め、どのように担保するかにあるからだ。

文・写真:南陽一浩 Words and Photography: Kazuhiro NANYO