NTT東日本と横須賀市は8月31日、災害対策本部の意思決定を生成AIで支援する実証の一環として、横須賀市危機管理課の職員が参加するワークショップを開催し、その模様を報道機関に公開した。災害対応の経験が浅い職員をAIでどこまで支援できるのか。ベテラン職員と比較したところ、AIの活用によって双方の処理件数が約4割増加した一方、AIへの依存や判断の精度といった課題も見えてきた。
災害対応の経験差をAIでどこまで埋められるか
こうした課題の解決に向け、NTT東日本 防災研究所は、生成AIを活用して災害対策本部の意思決定を支援するシステムを開発した。今回、その実証の第一弾として、横須賀市消防局庁舎の災害対策本部室でワークショップを開催した。
NTT東日本と三浦半島4市1町(横須賀市、鎌倉市、逗子市、三浦市、葉山町)は2025年5月、三浦半島特有の災害リスクに対応するため、防災連携協定を締結している。今回のプロジェクトは、同協定に基づく「次世代の防災DXの共同研究」の一環として実施された。
ワークショップ冒頭で、NTT東日本 防災研究所 担当課長 杉山友理氏と横須賀市 市長室 危機管理課 課長 小沼裕司氏より、概要の説明が行われた。
ワークショップは、三浦半島断層群地震を想定。同状況下で、災害対策本部に寄せられるクロノロジー(送信者・場所・状況などの経時的活動記録)情報をもとに、AIが対応先と対応内容を提示し、業務経験の長いベテランチームと経験の浅いチームを比較し、AIを活用することで処理のスピードと質がどのように変化するかを検証した。以下、ワークショップの詳細を見ていきたい。
ベテランと新人で検証、生成AIは災害対応をどう支援する?
ワークショップには、横須賀市 危機管理課の職員6名が参加した。ベテラン職員3名のA班と、同課での業務経験が1~2年の職員3名のB班に分かれ、生成AIの効果を検証した。
ワークショップは、紙の地域防災計画を参照して対応する第1部と、生成AIアプリを活用する第2部の2段階で実施。三浦半島断層群地震によって、横須賀市で建物5,460棟が全壊し、負傷者1,120人、短期避難者5万180人が発生した状況を想定した。
実際の災害時には、電話や無線などを通じて多くの被害情報が寄せられる。今回のワークショップでは、この情報収集の過程を簡略化し、「発信元」「場所」「状況」などを記載したクロノロジーをあらかじめ用意した。
参加者はクロノロジーをもとに、どの機関に何を依頼すべきかを判断し、その内容をExcelのフォーマットに入力した。
第2部で使用する生成AIアプリは、Difyをベースに開発された。RAG(検索拡張生成)を活用し、横須賀市地域防災計画と、東京大学生産技術研究所の沼田宗純准教授 によるガイドブック「災害対応オペレーションBOOK47」を参照する仕組みだ。
「発信元」「場所」「状況」などを入力すると、担当組織と推奨される対応内容を優先度とともに最大10件提示する。ただし、AIの出力はあくまで「推奨情報」であり、採用・修正・不採用は職員が判断する。
今回の検証では、生成AIの活用によって、経験の浅い職員の処理速度や判断精度、対応の網羅性が向上し、経験豊富な職員との差をどこまで縮められるかが焦点となった。しかし、処理件数では、AIを活用した経験の浅いB班がベテランのA班を上回る結果となった。ワークショップで何が起きたのか、詳しく見ていこう。
AIで処理件数が約4割増、一方で「思考停止」の課題も
ワークショップは第1部、第2部ともに25分間で実施された。第1部では生成AIを使わず、職員が地域防災計画を参照しながら、対応すべき部署や内容をExcelシートに入力した。
実際の作業では、ベテランのA班でも対応の判断や入力に時間を要する場面が見られた。一方、経験の浅いB班も、対応に悩みながら作業を進めていた。
第2部では生成AIアプリを使用した。発信元や災害場所、状況などを入力すると、担当部署と推奨される対応が優先順位とともに表示される。職員は提示された内容を確認し、必要な情報をExcelシートに入力していった。第1部と比べ、作業は速いペースで進んだ。
ワークショップ終了後、A班とB班は生成AIを活用した作業を振り返り、その効果や課題について意見を交わした。
A班の横須賀市 危機対策推進係 係長の佐藤順平氏は、「処理速度、網羅性については非常にいいと感じた」と評価。「地域防災計画は膨大で関係機関を探すのに時間がかかるが、AIは大きくアシストしてくれた」と語った。
一方で、経験の浅い職員がAIに判断を委ねすぎる危険性も指摘し、最終的な判断には職員の知見が不可欠との考えを示した。また、「AIの根拠提示は良いが、地域防災計画の該当箇所まで示されるとさらに安心できる」と改善点を挙げた。
B班を代表して発表した横須賀市 原子力防災係の小林靖典氏も、「AIは凄まじい。非常に助けられた」「歴の浅い私たちの答えは貧弱だったが、AIは“80点”に近い答えを出してくれる」と評価した。
AIが普段接点の少ない国の機関などを対応先として提示したことで、これまで知らなかった組織を知る機会にもなったという。
その一方で、小林氏はAIの支援に依存することで作業が「作業化」し、思考停止状態になっていたとも指摘した。実際の災害では複数の機関へ同時に対応を依頼するケースもあるため、AIが提示する個別の選択肢に従うだけでは不十分な場合もあるという。「AIはあくまで補助であり、最終判断は職員が行うべき」との認識を示した。
では、生成AIによって処理件数はどの程度変化したのか。
A班、B班ともに、生成AIを使用した第2部では処理件数が約4割増加した。A班は生成AIを使わない場合の約7件から10件に増加。一方、B班は約13件から約20件となり、処理件数ではベテランのA班を上回った。
ただし、今回示されたのはあくまで処理件数であり、対応の質については今後の分析が必要となる。
A班の佐藤氏は、AIが提示した優先度について、自身の判断と異なるため変更したケースがあったと説明した。対応内容についても、一部で補足が必要だったほか、担当すべき係や班が異なっていたケースを修正したという。ベテラン職員はAIの出力をそのまま採用するのではなく、自らの知見をもとに内容を検証していたことになる。
NTT東日本 防災研究所の杉山友理氏は、経験の長い職員ほど自身のノウハウと照らし合わせながら、AIの判断が正しいかを慎重に検討したため、処理に時間がかかった可能性があるとの見方を示した。
NTT東日本は今後、ワークショップの録画データや結果を詳しく分析し、共同研究を進める東京大学と議論したうえで、リリースや論文などで結果を公表する予定だという。
災害対応AIの実用化に向けた課題と今後
小沼裕司課長は、今回のワークショップはあくまで机上演習であり、実際の災害対応では職員が個別の案件に専従するわけではないと説明する。詳細な対応については、避難所支援班などが担うことになるという。
一方で小沼氏は、生成AIによる支援の意義を強調する。災害対応にあたる職員は、自身の判断が正しいのか、長時間勤務で疲労するなかでも冷静に対応できるのかといったプレッシャーにさらされる。AIによる支援は、こうした職員に安心感を与える効果が期待できるという。
ただし、AIに判断を委ねるのではなく、最終的には職員自身が判断することが重要だ。小沼氏は、そのための訓練も必要になると指摘した。A班の佐藤氏も、訓練を通じて複数人で情報を確認し、情報源を再確認することなどを徹底していきたいと語った。
生成AIアプリ自体にも改善の余地がある。音声入力などによる操作性の向上に加え、今回のワークショップでは簡略化した電話対応などからの情報収集にもAIを活用することが考えられる。さらに、他自治体への展開や、人流データなど外部データとの連携による高度化も今後の検討課題となる。
今回の実証では、生成AIによって災害対応の処理件数が増える一方、AIの出力を職員が適切に判断する必要性も浮かび上がった。今後は今回の結果を詳しく分析し、実際の災害対応で生成AIをどのように活用できるか検証を進めていく。











