食卓に欠かせない野菜のひとつ、タマネギ。その国内供給が減る夏に“遠隔営農支援”を活用して東北でタマネギを生産し、1年を通して安定した供給を目指すプロジェクトが進められています。その概要と成果、今後の方向性について発表する「遠隔営農支援プロジェクト報告会~東北のタマネギ生産からスタートする新たな営農支援のかたち~」が、秋田県庁で開催されました。ここではプロジェクトの内容とともに報告会の様子をお伝えします。

  • 報告会の登壇者。NTTアグリテクノロジー 代表取締役社長 酒井大雅氏、農研機構 理事長 久間和生氏、みらい共創ファーム秋田 代表取締役社長 涌井徹氏

    報告会の登壇者。左から、NTTアグリテクノロジー 代表取締役社長 酒井大雅氏、農業・食品産業技術総合研究機構 理事長 久間和生氏(※)、みらい共創ファーム秋田 代表取締役社長 涌井徹氏
    ※久間和生氏は3月31日付で農研機構の理事長を退任しており、肩書は報告会開催時点のもの

日本の農業を取り巻く課題の解決を目指す「遠隔営農支援」

今回のプロジェクトは、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下、農研機構)、株式会社NTTアグリテクノロジー、株式会社みらい共創ファーム秋田の三者が連携して、生産者が遠隔地にいる指導者から栽培支援を受けられる仕組み「遠隔営農支援システム」を活用した実証に取り組んできたもの。報告会では、まず各組織・企業の代表者が挨拶を行いました。

農研機構の理事長を務める久間和生氏(※)は、日本の農業現場がさまざまな困難な課題に直面していることに触れつつ、「そうした中で、新たな先端的な技術や作物に挑戦したいという意欲を持つ生産者は数多く存在します。このような現場のニーズに応える仕組みづくりが、担い手不足の解消や担い手の収益向上、地域活性化、食料安全保障強化に極めて重要」とプロジェクトがスタートした背景を説明。また、プロジェクトの概要や農研機構が果たした役割、AIの活用などに言及して、「本日の発表が我が国農業の持続的な発展に向けた取り組みを考える一助となれば幸いです」と語り、プロジェクトに協力した生産者や関係機関に謝意を表しました。
※久間和生氏は3月31日付で農研機構の理事長を退任しており、肩書は報告会開催時点のもの。

  • 農業・食品産業技術総合研究機構 久間和生氏

    農業・食品産業技術総合研究機構 理事長(取材時) 久間和生氏

NTTアグリテクノロジー 代表取締役社長 酒井大雅氏は、まず同社がNTTグループ唯一の農業専業会社であることを紹介。そして「この数年で食の安定供給に対する危機感が消費者にとってより身近になり、誰もがその課題の当事者になりました」との認識を示し、今回のプロジェクトが「農研機構が長年積み上げてきた技術力や研究成果、みらい共創ファーム秋田の日本や地域を想う志を軸にした農業の現場実践力、そしてICTでそれらをつなぐNTTアグリテクノロジーの役割がありました」と、三者が一体となって進めてきたものであると説明しました。

さらに、そのプロジェクトに同社がどのように関わってきたかに触れつつ、「農業は地域の経済だけでなく、文化やコミュニティなどを醸成してきた大切な産業。今回提供する仕組みは手段のひとつでしかありませんが、地域の農業、生産者を支える大きな一歩とすべく、これからもみなさまと手を取り合って、志を持ち、夢を進めてまいりたい」と挨拶しました。

  • NTTアグリテクノロジー 酒井大雅氏

    NTTアグリテクノロジー 代表取締役社長 酒井大雅氏

みらい共創ファーム秋田 代表取締役社長 涌井徹氏は、コロナ禍が始まった年に当時の菅官房長官から連絡があり「中国からタマネギを輸入できなくなったので、なんとか東北に新しいタマネギ産地を作れないか」と相談を受けたのがきっかけだったと振り返りました。それには技術や熟練農業者の不在などさまざまな課題があり、農研機構やNTTアグリテクノロジーと協力してきたと説明。今回の取り組みをさらに進化させていけば、「秋田県の農業人口の減少に対応するために必要な基盤整備や自動化、技術の伝承なども解決でき、少ない人数でも農業ができる。今回のシステムを使って、最先端の農業技術が秋田県のどこにいても手に入る環境を作ってほしいと思っています」と、報告会に出席していた県知事に呼びかけました。

  • みらい共創ファーム秋田 涌井徹氏

    みらい共創ファーム秋田 代表取締役社長 涌井徹氏

続いて農研機構 理事の森田敏氏により、遠隔営農支援プロジェクトの概要が説明されました。

森田氏の説明によると、日本の農業現場では高齢化や熟練農業者の離農によって人手不足が深刻化し、ノウハウが失われていくというリスクにも直面。また頻発する猛暑や豪雨など、作物の安定生産を脅かす課題が山積みになっているとのこと。一方で、離農したあとの農地が地域の担い手のもとに集積することで経営規模を拡大する大きなチャンスにもなっており、それを活かすにはスマート農業技術や異常気象に対応できる新品種の導入などが必要不可欠。しかし、相談できる指導者や専門家が近くにいないという大きな問題があります。

そこでICTを活用して、生産者が遠隔の指導者からデータに基づいた的確な助言や指導を受けられる「遠隔営農支援」の仕組みを社会に実装することを目的として始められたのが今回のプロジェクト。対象として選んだ作物はタマネギで、その理由として国産だけで需要を満たせず約2割を輸入に頼っていること、夏に国内供給が減少することなどが挙げられました。

東北地方はタマネギを秋に収穫する北海道より気温が高く、春に収穫する西日本より涼しい気候を生かし、夏の収穫が可能。そこで東北のタマネギ生産をモデルケースとして遠隔営農支援システムを構築することで、新しい産地の形成や食料安全保障強化に貢献することを目指し、プロジェクトがスタートしたそうです。

なお、遠隔営農支援システムは開発・改良と複数経営体での実証を経て、2026年4月に商用化が決定しており、今後の展望としてはAIが中心となって生産者の質問に回答するシステムへ段階を踏んで移行していく計画が考えられているとのこと。

  • 農研機構 森田敏氏

    遠隔営農支援プロジェクトの概要を説明する農研機構 理事の森田敏氏

ダッシュボードやチャットで遠隔営農支援を実現

次に、NTTアグリテクノロジー 取締役 マーケティング統括本部長の小林弘高氏により遠隔営農支援システムの説明が行われました。

NTTアグリテクノロジーはもともと、通信と親和性が高い施設農業を中心として事業を行っており、その中の仕組みとして遠隔での営農支援システムがあったとのこと。今回はそれを活用しながら、現場のニーズや専門的知見・ノウハウを織り込んで改良を加え、生産者にとって使いやすいシステムにしていくことを目指したそうです。

提供される機能は、栽培指導者が指導をするうえで必要となる情報を一元的に閲覧できる「ダッシュボード」、指導者と生産者が相互にやり取りできる「チャット」、生産者が登録した作業記録を指導者が確認できる「作業記録」、各種情報を閲覧できる「情報連携」など。また、オプションとして作物別の機能や、タマネギ栽培の基本手順が分かる「東北タマネギ栽培情報提供システム」、写真から作物の病気などを診断する農研機構開発の「AI病虫害画像診断機能(WAGRI ※)」なども用意されます。これらの機能を利用することで、生産者はスマートフォンで農薬や病虫害の情報を見たり、チャットで専門家に指導を仰ぐことが可能。農作業中に使用することも考慮し、スマホに搭載される音声入力を活用して文字入力を行うことも想定されています。
※WAGRI:気象や農地、収量予測など農業に役立つデータやプログラムを提供する公共的なクラウドサービス。

利用料金は基本的に個別要望や条件に応じて柔軟に決定するそうですが、報告会では参考としてモデル料金も提示されました。それによると個人農家・小規模農業法人で月額基本料金が3,000円、オプションが600円、中規模農業法人で基本料金15,000円、オプション3,000円となっており、希望者には3カ月のお試し期間も設けるとのことで導入のハードルは低く抑えられています。

小林氏は、こうした仕組みによって新規就農者でも失敗しにくく、生産・収入の安定・向上も見込めるため自信を持って就農していただけると遠隔営農支援システムの意義をアピールしました。

  • NTTアグリテクノロジー 小林弘高氏

    遠隔営農支援システムを説明するNTTアグリテクノロジー 取締役 マーケティング統括本部長の小林弘高氏

遠隔営農支援システムでオプション提供される機能のうち、実際にタマネギの栽培に初めて取り組む際に役立つのが「東北タマネギ栽培情報提供システム」です。農研機構 東北農業研究センターが2024年に公開した「東北地域におけるタマネギ栽培体系標準作業手順書(SOP ※)」に基づいた情報を、「播種・定植適期」「防除スケジュール」「SOP情報の検索・表示」「Q&A」の4つの項目ごとにわかりやすく表示する機能を備えており、初心者でもタマネギ栽培の基本的手順を知ることが可能。
※SOP:Standard Operating Procedure、標準作業手順書。農研機構が開発した技術を生産現場で活用してもらうための総合的な技術解説書。

  • 農研機構 若生忠幸氏

    「東北タマネギ栽培情報提供システム」について説明する農研機構 東北農業研究センター 所長の若生忠幸氏

また、「AI病虫害画像診断機能(WAGRI)」は、前述の「WAGRI」を使って実現される機能。写真をアップロードするだけでAI画像診断によってタマネギを含む12作目で発生する主要な病虫害を判定でき、小図鑑としての機能も備えています。

このAI病虫害画像診断機能を今回の遠隔営農支援システムに搭載するにあたっては、診断の精度と小図鑑のコンテンツの充実度を改良しているとのこと。とくに診断では、近年の温暖化によって南方で起きている病虫害がこれから東北でも起こる可能性を考慮し、淡路や佐賀で収集した検証用画像を含め3500枚を新たに学習させることで従来比10ポイント以上の精度向上が見られたそうです。

開発にあたった農研機構によれば、将来的には現在開発中の農業特化型生成AIを開発済みの機械学習系AIと組み合わせることで、指導者が自分の知識を確認するためにAIに相談したり、生産者が指導者に相談する前にAIに相談したりできるようなシステムを目指していきたいとのことです。

  • 農研機構 中川路哲男氏

    「AI病虫害画像診断機能(WAGRI)」について説明する農研機構 理事の中川路哲男氏

AI病虫害画像診断のデモンストレーションなども披露

会場では、実際にダッシュボードで天気や市況情報、カメラの映像などを確認するデモンストレーションも行われました。

  • ダッシュボード機能のデモンストレーション

    ダッシュボード機能のデモンストレーション

また、スマートフォンやタブレットでアップロードした画像をもとにAI病虫害画像診断機能で病虫害を判定したり、その防除法を確認したりする手順も披露されましたが、チャットアプリで対話するような感覚でこれなら初めてでも戸惑うことはなさそうです。

診断結果は確度の高い順に複数提示してくれるうえ、小図鑑へのリンクも付記してくれるため、専門家に指導を仰ぐ前に自分で確認できるのも便利だと感じました。

  • 病虫害を判定するデモンストレーション1
  • 病虫害を判定するデモンストレーション2

    AI病虫害画像診断機能で病虫害を判定するデモンストレーション。チャットアプリを使っている感覚で病虫害や防除法を知ることができます

報告会終了後、NTTアグリテクノロジーの酒井氏に今回の取り組みに対する感想を伺ったところ、「もともと我々は施設栽培向けの遠隔への支援システムを持っていたので、今回新たに露地栽培向けに対応することで、ラインナップが揃ったと考えています。プロジェクトには3年間まるまるかかわり、その中で生産者の方ともかなり会話をして詰めながら作り込んできました」とのこと。

今後の展望について、酒井氏は「全国の自治体の農業試験場の方やJAグループの方など、地域の生産者をサポートされている方に、そういったミッションをこなしやすくするツールとして使っていただくようになると非常に裾野が広がってくるのではないか……そこに大きく期待しています。我々としては、このシステムを使ってもらうのが第一歩だと考えているので、利用料金もスマートフォン1契約くらいの価格から使えるようにしています。いろんな方にこういう仕組みがあることを知ってもらい、そして実際に使ってフィードバックをいただければ。私たちもさらに(システムを)磨き上げていきたいと思っていますので、ぜひ一緒にチャレンジしましょう!」と語ってくれました。