「人間は本当につらいことは人に語らない」――映画『八月の声を運ぶ男』(製作・配給:WOWOW)の公開記念舞台挨拶が26日、長崎・TOHOシネマズ長崎で行われ、柴田岳志監督が登壇。1,000人を超える被爆者の声を未来へ残した実在のジャーナリストを描く作品に込めた“隠しテーマ”や、本木雅弘が約15kgの録音機を持ち続けた撮影秘話、長崎で上映することへの思いを明かした。
1,003人の被爆者のテープ
同作は、長崎に暮らし、日本全国を渡り歩いて被爆者の声を集め続けたジャーナリスト・伊藤明彦氏の実話がベース。高度経済成長期の1972年、長崎の放送局出身のジャーナリスト・辻原保(本木)が被爆者の声を記録する中、一人の被爆者・九野和平(阿部サダヲ)と出会い、戦争の記憶に翻弄されていく姿を描く。
長崎での舞台挨拶に「今日は長崎の劇場で長崎の皆様とお話する機会をいただけて、すごくうれしく思っています」と喜んだ柴田監督。本作の準備段階から長崎を訪れ、長崎放送の元記者だった伊藤氏を生前知る人々に話を聞いたという。
さらに、伊藤氏が集めた1,003人の被爆者のテープが残されている平和祈念館を訪ね、当時使われていた本物の録音機を見学。実際のテープも聞き、「イメージを固めて、話を作り上げていきました」と、伊藤氏が残したものに直接触れながら作品を作り上げていった。
15kgの録音機を持ち続けた本木雅弘
劇中で重要な役割を果たすのが、辻原が被爆者の声を残すために持ち歩く録音機だ。
撮影では、伊藤氏が当時使用していたものと全く同じ録音機を取り寄せたという。重量は約15kg。それでも本木は、撮影本番だけではなく、テストの段階から常に実物を持って芝居を続けた。
柴田監督は「重さに耐えて持って歩く本木さんの姿が、被爆者の声を集めて、思いを背負って歩いている様に感じて感銘を受けたのを覚えています」と振り返った。
作品を作る中で強く感じたのは、被爆体験そのものだけでなく、その後の人生まで伝えていく必要性だったという。
戦後には被爆者への差別が存在し、被爆した事実を隠さなければ生きていけない人もいたことに触れ、「被爆者がどのように人生を生きたのかも含めて継承していくことが大切だと感じました」とコメント。「戦争が人間にどのような影響を及ぼすのかを折に触れて考えることが大切だと、この作品を通して改めて感じました」と語った。
テレビでは描かなかった“日常の一コマ”
映画館で上映する作品の演出は、今回が初めてとなった柴田監督。これまで手掛けてきたテレビドラマとの違いについても明かした。
「テレビは日常の空間にあるもの」とし、視聴者の気をそらさないうちに物語へ引き込むことを意識する一方、映画は観客が劇場という暗闇の中でじっくり作品を見ることができる。
その違いを生かして加えたのが、辻原がデモに参加する九野を見た後、眠りにつく場面。テレビ版にはなかったシーンで、あえて日常の一コマを挟むことで、「辻原が何を考えているんだろう?」と、その心境を観客の想像に委ねたという。
もう一つ、大きく違うのが“音”だった。
「これは声を集める話なので、音の表現がとても大切だと思っていた」という柴田監督。伊藤氏が実際に収録したテープには、証言だけではなく、その場所に存在した日常の音も残されていた。
そこで、狭い部屋で2人の男性が向き合っている場面でも、その外には広い世界が存在していることを、飛行機の音や子どもの声などで表現。「映画の方が音は繊細に聞こえると思います」と、劇場で見るからこそ感じられる作品の魅力を語った。
鳥の名前を呼ぶシーン、ラストの写真に込めた追悼
観客とのティーチインでは、中盤と終盤に登場する、主人公が木のそばで鳥の名前を呼ぶ場面について質問が寄せられた。
柴田監督によると、原爆によって失われたのは人間の命だけではなく、鳥をはじめ多くの生き物の命も同じであるという思いを、脚本の池端俊策氏が込めたものだという。
主人公は原爆投下当日に疎開していて長崎にはいなかったが、慣れ親しんだ鳥たちを失ってしまった。そして、その先には、彼の少年時代の大切な人の命も奪われたことにつながっていく。
その象徴として、ラストでは当時10歳前後で長崎近辺で亡くなった人々の写真を集め、追悼の思いを込めて使用したことを明かした。
「皆さんが何を持ち帰ってくださるか」
観客から「この映画を観て、自分が出会ってきた被爆者の方のことを思い出して、グッときました」と感想を寄せられると、柴田監督は作品に流れる“隠しテーマ”にも言及した。
脚本を手掛けた池端氏が執筆時に語ったのが、「人間は本当につらいことは人に語らない」という言葉だったという。
「辻原も九野も本当につらいことは話さない。登場人物もそういう思いを抱えて生きてるんです」と説明し、「この映画をきっかけに皆さんが何を持ち帰ってくださるかが大切だと思っています」と語った。
最後には、戦後81年を迎えて戦争の記憶が遠くなりつつあること、そして世界で戦争が拡大している現在に触れ、「この作品を長崎の地で皆さんに観ていただくことにとても意義があると思っています」と強調。「この作品に触れていただくことで、戦争や被爆について考えるきっかけになれば嬉しいです」と呼びかけた。
【編集部MEMO】
柴田岳志氏は、1982年にNHK入局。ドラマを中心にさまざまなジャンルの作品を手掛け、2024年からフリーの演出家として活動している。主な演出作品に、スペシャルドラマ『坂の上の雲』、NHK大河ドラマ『平清盛』、『透明なゆりかご』『今ここにある危機とぼくの好感度について』『お別れホスピタル』など。2025年にNHKで放送されたドラマ『八月の声を運ぶ男』では、第76回芸術選奨放送部門文部科学大臣賞を受賞。同作は第63回ギャラクシー賞テレビ部門大賞、第52回放送文化基金賞ドラマ部門奨励賞などにも選ばれた。
