
『Octane』UKの愛車日記・番外編。今回はUK版編集部に寄せられた、読者のクラシックカーとの思い出を紹介する。
【画像】若き日の父が乗っていたミニと瓜二つのミニは父へのオマージュ(写真3点)
1960年代後半のこと、私の父(ドン・ウェッブ)は、チチェスターにあるフォードのディーラー、D・ロウ・アンド・カンパニー社の板金工場「オートボディ・リペアーズ」で、副店長を務めていた。1968年のある日、マルーンカラーのモーリス・ミニ・マイナー・デラックスが、全損に近い状態で運び込まれてきた。父はその車を買い取り、仲間たちが溶接や塗装を担当する中、自身は機関部分の修復に取り掛かった。3年後に私が生まれる直前、父はその車を手放した。残念ながら、現存している形跡はないようだ。
私がティーンエージャーだった頃に、父が写真コレクションを見せてくれた。その中には、父がミニを修復した時の写真も含まれていた。それがきっかけで、私は生涯にわたってミニに興味をもつようになったのだ。私の初めての車は、3年落ちのミニ30だった。しかしその後、社用車が提供されることになったため売却せざるを得なかった。
その後も、私はクラシックなミニへの関心は持ち続けていた。だが、もう一度所有するとなると、ましてや父の車と全く同じMk1などは考えもしなくなっていた。しかし2016年の2月に偶然、父の愛車のドッペルゲンガーとも言うべき瓜二つの1台が、あるディーラーで売られているのを見つけた。
このFUT 383Dは、ブリティッシュ・モーター・コーポレーション社のカウリー工場で1965年12月8日に製造され、1966年1月1日にレスターで登録された個体だ。売買契約書によれば、この車はストーニーゲート・ガレージ社から、レスターシャー州オードビー、ブロードウェイのキャスリーン・メアリー・スクリムショー夫人へ、新車で販売されている。価格は、574ポンド5シリング1ペンスとのことだ。現在の価値に換算すると、9,455ポンド(約200万円強)に相当する。以降、50年間の走行距離は、わずか6万マイル強(約10万km)に留まっていた。
2016年の夏にこの車でショーに参加するにあたっては、かなりの手直しが必要だった。塗装は応急的に重ねて吹き付けられたような仕上がりだった。細かい気泡が無数にあり、しかも不吉な錆の膨らみも各所に現れていた。
私はこのリビルド作業を、サマーフォード・ミニ社に依頼した。2017年1月から6月まで、実に半年を要した。目指したのは、当時のショールーム展示車レベルのコンディションを取り戻すことだった。そして同時に、オリジナルの構造や装備を可能な限り残したかった。
交換が必要なパネルのリストは広範囲に及び、フロアパネル一式、トランクフロア、リアホイールアーチ、リアクォーターパネル、ドアスキンとドアフレーム下部、さらにはフロントエンド一式までもが含まれていた。一方で、オリジナルのシートフレーム、ビニール製ファブリック、ドアトリムはそのまま残した。ただ、ルーフライニングとカーペットは状態が悪く、現代のレプリカ品に交換されている。オリジナルの848ccのエンジンは、シリンダーボアを拡大し、無鉛ガソリン仕様に換装した。さらに、電子式イグニッションとオルタネーターも装備された。
当時父は、自身のミニに装備されていたハイドロラスティック・サスペンションについて、とても熱心に語っていた。だから私は、”ドライ”なサスペンションへの換装はせずに、ハイドロラスティック機構そのものを再生することに決めた。
オーナーとなって以来、いくつもの思い出深い出来事があった。2018年の「ロンドン・トゥ・ブライトン・ミニ・ラン」に参加した2100台のミニの中から ”ベスト・イン・ショー” に選ばれてエド・チャイナ氏から表彰されたことや、BMCカウリー/BMW MINIのオックスフォード工場で行われた「Mini60」の公式フォトセッションに参加したこと、などだ。その際招待されたのは、1959年以降の各製造年を代表する1台ずつで、計60台のみだった。また、グッドウッド・ハウスで開催される「グッドウッド・ロード・レーシング・クラブ」恒例の、メンバーズカーのオープンデイにも参加した。さらに、2019年のグッドウッド・リバイバルでは、1964年のモンテカルロ優勝車である、パディ・ホプカークとラウノ・アルトーネンが搭乗した EJBなど、1966年以前のミニが100台以上集まった「Mini60トラック・パレード」にも参加した。
スタート・フィニッシュ・ストレートに走り込む私と父の写真は、ドリュー・ギブソンによって撮影され、その後長きに渡りグッドウッド・リバイバルのサイトでバナー画像として使用された。あれが、父がこの車に乗った最後の日となった。なので、私にとっては本当に大切な写真である。
また2021年の7月に旧RAFウッドブリッジで、マイク・ブルーワーとマーク・プリーストリーが出演する『ウィーラー・ディーラーズ』のあるエピソードにも参加した。私は父にその撮影について話し、本人もテレビで自分の愛車にそっくりな車を見るのを楽しみにしていた。しかし、その日はあまりにも切ない一日となってしまった。午前中の撮影を終えた直後に兄から電話があり、父が心臓発作で亡くなったと知らされたのだ。父がテレビで”自分の”車を見ることは、叶わぬこととなってしまった。
今では、このFUT 383Dを手に入れてから10年が経つ。これまで所有した車の中で、最も長く手元に置いている車だ。レストアするほどの経済的なメリットはない車かもしれない。だが、これは私から父へのオマージュであり、これから先も決して手放すつもりはない。
文:Kevin Webb