業務の効率や生産性が重視されるなかで、「雑談はムダでは?」と感じる人も少なくないかもしれません。一方で、ちょっとした会話が職場の空気を和らげたり、コミュニケーションを円滑にしたりする場面は経験がある人も多いのではないだろうか。「職場における雑談には本当に意味があるのか」「自分や相手のことをどこまで話すべきなのか」——そのバランスに悩む人も多いはず。 今回は、不登校/こどもと大人の漢方・心療内科 出雲いいじまクリニック院長の飯島 慶郎先生に話を聞いてみた。
対人関係においての「雑談」がもつ意味とは?
Q1. 対人関係において雑談は必要ですか?
飯島先生: はい。雑談は「無駄話」ではありません。天気や週末の話題そのものに意味があるのではなく、「あなたと言葉を交わす意思がある」というシグナルを送り合うこと自体が目的なのです。言語人類学や社会言語学では、こうした会話を「交感的言語使用(フェイティック・コミュニオン)」と呼び、情報伝達ではなく関係性そのものを維持するための会話として位置づけています。雑談のない関係は、相手を「機能」として扱っているのと変わりません。相手を一人の人として扱うための最低限の作法——それが雑談なのです。
Q2. 相手のプライベートなことを知ることは、自分のことを開示するうえで心理的安全性に繋がりますか?
飯島先生: 繋がります。ただし順番が重要です。社会心理学には「自己開示の返報性」と呼ばれる現象があり、一方が軽く自分のことを話すと、相手も同程度のものを返すことが確認されています。相手から先に引き出そうとすれば尋問になりやすく、まず自分が開示する側に回ることで相互性が生まれる。心理的安全性は、「自分も少し話したから、相手も少し話してくれた」という"お互いさま"の感覚を積み重ねるなかで育っていきます。深さを揃えながら段階的に進めること——これが健全な関係構築の鍵です。
Q3. 自分のことを開示することは対人関係においてどのような効果をもたらしますか?
飯島先生: 自分のことを話すこと(自己開示)には、3つの効果があります。第1に、相手の警戒を解く効果。人は「何を考えているかわからない相手」に強い警戒や防衛反応を示すため、適切な自己開示は相手の緊張をやわらげます。第2に、自分自身の整理。言葉にして外に出す過程で、漠然とした感情や考えが形をもち、自己理解が深まっていきます。第3に、関係の深化。心理学では、情報交換から意見・感情・価値観へと開示の深度が進むにつれて関係が深まると整理されています。注意点は、相手の準備に対して重すぎる開示はかえって距離を生むこと。相手の温度に合わせることが何より大切です。
雑談は単なる時間つぶしではなく、人間関係の土台を支える重要なコミュニケーションの一つ。そして、無理に相手の情報を引き出すのではなく、自分から少しずつ開示することで、自然な信頼関係が生まれていくことが分かった。5月は、新入社員や、異動してきたばかりの人が「まだ職場に馴染めていない」と悩んでいる時期でもある。そんなときには少しずつ“雑談”を取り入れていって欲しい。
飯島慶郎(いいじま よしろう)先生

精神科医・心療内科医・臨床心理士・公認心理師。出雲いいじまクリニック院長。
島根大学医学部卒業後、総合病院での内科・救急研修を経て、精神科・心療内科を専門とする。医師としての臨床経験に加え、臨床心理士・公認心理師の資格を持ち、薬物療法と心理療法の両面から患者と向き合う「身体・心・関係性」の統合的アプローチを実践。漢方診療にも精通し、子どもから大人まで幅広い年代の不登校・不安・抑うつ・対人関係の悩みに対応している。
著書『不登校は病気? ~医師の診断が子供と家族を救う~』(みらいパブリッシング、2026年1月)はAmazon「生徒指導」「教師向け書籍」両カテゴリで第1位を獲得。マイナビニュースをはじめ各種Webメディアで、対人コミュニケーション・メンタルヘルスに関する解説実績多数。
