Boards Of Canadaはなぜ伝説になった? 13年ぶり最新作の前に知っておくべき革新性と孤高の歩み

ボーズ・オブ・カナダ(Boards Of Canada)が13年の沈黙を破り再始動。最新アルバム『Inferno』を〈Warp Records〉より5月29日にリリースする。冒頭の2曲が「Introit / Prophecy At 1420 MHz」が先週末に解禁され、ミュージックビデオも公開された。スコットランドのエディンバラ出身、マイケル・サンディソンとマーカス・イオンによる音楽プロジェクトはなぜ伝説的存在になったのか。ライター・hiwattが解説する。

最新アルバム『Inferno』収録「Introit / Prophecy At 1420 MHz」MV

カナダ国立映画庁とアナログシンセの記憶

ボーズ・オブ・カナダ(以下、BoC)、彼らの音楽に触れるきっかけを掴めずに、ここまで過ごしてきた人も少なくないはずだ。キャリアの初期こそ、3年に1枚ほどのペースで作品をリリースしてきたが、2013年の4thアルバム『Tomorrow's Harvest』は前のリリースから7年のブランクがあり、まもなくリリースされる最新作『Inferno』に至っては、さらにそこから13年もの歳月を要した。

その間にライブをするでもなく(そもそも、2001年以降はライブ活動を行っていない)、最近の仕事と言えばマイク・パットンとTV・オン・ザ・レディオのメンバーから成る、Nevermenのリミックス(2016年)ぐらいであった。

BoCのリミックスワークまとめ Nevermenのリミックスは55:53〜

もう彼らは帰っても来ないだろうとさえ思っていた。もはや彼らが実在しているのか、どのようにして生計を立てているのかすら不可思議である。作品に関しても神秘主義的なモチーフを散りばめるアーティストなのだが、スコットランド出身なのになんでカナダ?というそもそもの謎もあるだろう。ということでそもそもの話から紐解いていく。

BoCはスコットランド出身のマイクとマーカスのサンディソン兄弟から成るユニットなのだが、当初は兄弟であることを隠していた。というのも、オービタルのような兄弟の電子音楽デュオとのキャラ被りを避けるために、弟のマーカスはミドルネームのオーエンを姓として名乗っている。

彼らは父親の仕事の都合でカナダのカルガリーへと移り、幼少の2年ほどを過ごしたのだが、この期間が彼らを永久に変えた。二人が滞在中に没頭したのが、「カナダ国立映画庁(National Film Board of Canada)」(以下、NFB)によるアニメーションや映像作品だ。

前作『Tomorrow's Harvest』のオープニングを飾る「Gemini」は、企業ロゴのような短いシンセフレーズから始まる。この明確なオマージュが示すように、幼少期の彼らが受容してきた1980年前後のNFBで流れた、アナログシンセ偏重のサントラや劇中の環境音は、彼らの血肉と化した。ユニット名として引用するのも必然的な流れなのである。当時は家庭用ビデオデッキが普及し始めたタイミングであり、彼らはそれを繰り返し視聴していただろうし、テープのワウフラッターや、ノイズ混じりでピッチの安定しない当時の音響は、常に彼らの表現に介在している。

音楽の溢れる家庭で育ち、自然と楽器に触れ合っていたそうだが、特筆すべきはその「原体験」の特異さにある。彼らはNFBのサントラを再現しようと試みたり、テープレコーダーで採取した様々な音をコラージュし再構築するミュージックコンクレート的な手法を、当時から無意識のうちに実践していた。

その後、地元のコレクティブに加入。1986年以降、中心人物である兄弟以外のメンバーを10人以上入れ替えながら活動を継続し、のちに「christ.」として知られるクリス・ホーンを加えた3名体制で、最初のEP『Twoism』を完成させる。

1995年に自主レーベルからリリースされたこの作品は、既に初期BoCの骨格を形成しており、同時期に頭角を現した、マッシブ・アタックやポーティスヘッドのようなブリストル・サウンド、及びトリップホップと近似したサウンドでありながらも、ダブの要素は希薄で、ビートはヒップホップ由来であるがアタック感はソフト、ダウンテンポとされるジャンルの典型例と言える。

使用機材の面でも、彼らを象徴するYamaha CS-70Mをはじめ、Roland SH-101によるシンセベースが和声に豊かな表情を与えている。さらにEnsoniq VFXやCrumarといったチープなシンセから紡ぎ出されるアトモスフェリックな響きが、「BoCらしい」としか形容しようがない独自の質感をもたらした。そのサウンドがオウテカのショーン・ブースの琴線に触れたことが、ブレイクのきっかけとなる。

ブースは、オウテカの前身であるレゴ・フィート時代に在籍し、その設立にまで関わったマンチェスターの〈Skam Records〉にBoCを紹介。レーベル主宰のアンディ・マードックスにも気に入られ、2作目のEP『Hi Scores』(1996年)をリリースするに至った。同作から完全にサンディソン兄弟のデュオへと移行。『Twoism』の作風を引き継ぎつつ、作品を重ねるごとにプロダクションは洗練され、よりリッチな音像へと進化を遂げていく。

そこから1年半後の1998年、オウテカの足跡を辿るかのように、〈Skam〉と名門〈Warp Records〉から共同でリリースされた『Music Has the Right to Children』は、音楽史に残る傑作となった。

『Twoism』 と『Hi Scores』で打ち出したサウンドを引き継ぎながらも、「Pete Standing Alone」 に象徴されるように、基本的なビートパターンはヒップホップ由来のものであるが、生ドラムやパーカッション、ビートマシンの音をサンプラーに取り込み、織り交ぜ、有機的に動くマシナリーなものへとビートを進化させた。なによりも、彼らが育った80年代という時代のサブカルチャーを、引き継ぐでもなく再現するでもなく、音楽という形式で”レビュー”した最初の作品だったのではないだろうか。2010年代以降、大規模な80年代リバイバルが起こり、”レビュー”するような表現も少なくなかったが、やはりそこには嘘が介在する。90年代半ばの時点で即物的に、且つ冷静に歩を前に進めるやり方で表現したことは、2026年の視点から見えるこの作品の革新性であり、最も評価すべきポイントだ。

深化する神秘性と「BoCらしさ」の再構築

ブレイクスルーの後、彼らの表現は危うさを孕んだものへと深化していくのだが、この変化がファンをさらなる深みに引きずり込む要因となったのだろう。2000年問題など、終末論が活発であったオカルト全盛の空気感も、彼らの神秘性をブーストする追い風だったのかもしれない。

徐々にビートが後退し、「Zoetrope」などのポストクラシカルな楽曲も増え始めたEP『In a Beautiful Place Out in the Country』 (2000年)から、2作目のアルバム『Geogaddi』(2002年)にかけては、ブランチ・ダビディアンというカルト教団にまつわる文言をボコーダーに乗せて忍ばせたり、数秘術や宗教的/神秘主義的モチーフが張り巡らされているのだが、この難解なコンセプトがサウンドに結び付き、トータルアートとして強化させることとなる(詳しくは後述するが、最新作『Inferno』は、この時期の延長線上にある作品であると思われ、来たる5月29日に備えて予習・復習することを推奨する)。

カオスを通過したBoCは、キャリアの中でも特異なほど平穏な時代を迎える。2005年の3rdアルバム『The Campfire Headphase』は、彼らが初めて触れた楽器であるギターをフィーチャーしており、いわゆる原点回帰を見せた作品だ。この頃はフォークトロニカが隆盛を極めた時期であり、レーベルの後輩でBoCの熱烈なフォロワーでもあるビビオの、示し合わせたかのような登場もありながら、時流と呼応しつつ、ジャンルの源流にBoCがあることを証明する結果となった。

活動休止前の最後の作品となったEP『Trans Canada Highway』(2006年)は、カナダにある世界最長のハイウェイの名を冠しており、高速で駆け抜けた長いようで短い彼らの10年間を総括したようなものだ。後にソランジュが「This Bird」にて「Slow This Bird Down」をサンプリングしたり、「Left Side Drive」に歌を乗せたものをSNSで公開したりしているが、BoCの存在を意識しながら彼女の『A Seat at the Table』や『When I Get Home』といった作品を聴くと、後世の音楽に与えた影響の大きさを思い知らされるだろう。遺し伝えた、つまりBoCは、この作品で一度終わるべくして終わったのだ。

7年の沈黙のあと、2013年、彼らは帰ってきたのだが、この時に彼らが選んだサウンドもまた時代に呼応したものだった。これ以前の2、3年で、ワンオートリックス・ポイントネヴァーもといチャック・パーソンや、マッキントッシュ・プラスがヴェイパーウェイヴという新しい概念を打ち立てている。80年代という忘れられた時代の遺物を、偽史的に再構築したサウンドである。OPN自身はBoCからの影響は受けておらず、頻繁に比較されることに辟易としているが、確かにかなり似通ったサウンドであるのは事実だ。ただ、BoCの表現に内在する80年代は、彼らが経験した史実でしかなく、そこにはNFBや、ジョン・カーペンター、ファビオ・フリッツィ、ジョン・ハリソン、マーク・アイシャムなどの70〜80年代の不気味な映画音楽からのリアルタイムでの影響がある。

4thアルバム『Tomorrow's Harvest』では、7年の間にかき集めたヴィンテージ機材を用いて、彼らは彼ら自身の記憶を再構築した。アナログシンセのロウなサウンドや、テープの揺らぎがより前傾化し、ビートのない曲が多いのも、同作のコンセプトであるアポカリプス/ポスト・アポカリプスの虚無感を反映したもので印象的だ。個人的な趣向として、これほどに音の良い作品も珍しいと思う。

最新作『Inferno』に張り巡らされた謎

今考えれば、2012年というアステカ・カレンダーの終末論に世界中が踊らされた年を経たタイミングで、Collapse(崩壊)というテーマを打ち出したのには必然性があった。結局、この世界が終わることはなかったが、あれから世界の終わりを意識しなかったタームはない。ある種、時代の要請だったのかもしれない。そして、13年という周期的なブランクを空け、彼らがこの2026年に戻ってきたのもまた、パンデミックを経た戦時下という時代の要請だったのかもしれない。BoCのベースとなった70〜80年代の記憶、90年代における世紀末の焦燥感、00年代の虚無感、10年代に見せた諦念、彼らの表現はすべてがその時代においてアクチュアルなのだ。

厳重に管理されているという新作を私はまだ聴けていないのだが、タイトルやアートワークからヒントは感じ取れる。彼らがキャリアの最初期に所属していたコレクティブ、および所有するスタジオの名前であり、大名曲「Turquoise Hexagon Sun」でも冠しているように、彼らは一貫してHexagon Sunをある種の象徴として用いてきた。新作のティーザービジュアルでも、その六角形の太陽が示されている。

2ndアルバム『Geogaddi』は、収録時間が66分6秒、データ容量が666MBに設定されるなど、徹底して「数秘術」に固執した作品だった。新約聖書『ヨハネの黙示録』において”獣の数字”とされるこのモチーフは、最新作『Inferno』でも露骨に提示されており、同作の続編であることを示唆しているように思う。上述のティーザービジュアルでは、水仙(6枚の花弁を持つ)や、それにオーバーラップするように現れる7つの六角形によって”フラワー・オブ・ライフ”が表象され、さらにそれを6本の蝋燭で囲むという、儀式めいた禍々しい描写が確認できる。収録曲数が18曲(6+6+6)で、それぞれのタイトルも宗教的・オカルト的な示唆に満ちており、眩暈がするほどにすべてが計算し尽くされている。

また、過去に「Sixtyten(フランス語で70を意味するsoixante-dixの直訳)」や「The Smallest Weird Number(最小の不思議数=70)」など、「70」という数字もタイトルなどで象徴的に用いてきた。新作に収録される「Prophecy At 1420MHz(1420MHzの予言)」も、(1+4+2)×10=70という暗号めいたもので、その系譜に連なるものだろう。旧約聖書『ダニエル書』には、終末に至るまでの期間として「70週」という概念が記されているが、今作の収録時間もまた「70分」に設定されており、なんらかの「終焉」の気配を漂わせている。

彼らがデビュー当初から使い続けている別名義が「Hell Interface」、つまり”地獄のインターフェース(接点・玄関口)”であることを踏まえれば、新作『Inferno(地獄/業火)』は、その長い旅路の「終着点」とも捉えられる。終曲「I Saw Through Platonia」に冠された「Platonia」とは、物理学者ジュリアン・バーバーが提唱した「時間は実在せず、宇宙は”今”という独立した瞬間の集合体である」とする概念だ。彼らがこのプラトニアという多次元的な視点を通じて「地獄」を覗き込むとき、そこに見出されるのは、あらかじめ定められた目的地なのか。それとも、すべてが円環へと繋がる「原点」、もしくは「新たな始まり」なのだろうか?

ボーズ・オブ・カナダ

『Inferno』

2026年5月29日リリース

Tシャツ付きセットも発売

詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15790

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