野球ファンにとって「人工芝」は、球場ごとの特徴を表している重要な要素だ。だが、その人工芝が抱える“もう一つの側面”はあまり知られていない。

人工芝は数年ごとに張り替えが必要で、そのたびに大量の廃棄物が生まれる。さらに摩耗によって細かな破片が発生し、マイクロプラスチックとして環境に影響を及ぼす可能性も指摘されてきた。

そうした課題に対し、バンテリンドーム ナゴヤは外野フェンス際のウォーニングゾーン(外野手に「フェンスが近い」ことを知らせ衝突事故を防ぐエリア)に、生分解性人工芝を世界で初めて採用した。土壌中だけでなく海水中でも分解する素材を用いた人工芝で、ミズノとカネカが共同開発したものだ。

選手のプレーを支える「足元」から、環境との向き合い方を変える。その挑戦は、どのようにして始まったのか。

今回は、バンテリンドーム ナゴヤでこの取り組みに関わった(株)ナゴヤドーム施設部の近藤佳史さん、新海佑斗さんに話を聞いた。華やかな試合の舞台裏で、いま何が変わろうとしているのか。その最前線をたどった。

“世界初”の人工芝はなぜウォーニングゾーンだったのか世界初となる生分解性人工芝は、観客席「ホームランウイング」から5メートルほどのウォーニングゾーン(写真の茶色の部分)と呼ばれる範囲に採用されている

「今回の取り組みは、『ホームランウイング』の観客席の新設に伴い、ウォーニングゾーンの人工芝を改修する必要があったことが大きかったです」

近藤さんは、導入判断の背景をこう話す。

「その際にカネカさんの生分解性バイオポリマー『Green Planet』を原料にした人工芝をミズノさんが開発したということが重なりました。世界では、人工芝がマイクロプラスチック問題に影響を与えているという話も聞きまして。当ドームは屋内球場なので、屋外球場ほどマイクロプラスチックの流出の懸念が大きいわけではないのですが、先行して取り組むことに意味があるのではないかと考えました」

バンテリンドーム ナゴヤが採用したのは全面ではない。そこには慎重な判断がある。

「全面的に敷くことに関しては、少しリスクを感じていました。まずは限定的な施工で始めるのが現実的だろうと」

最大の懸念は、球場としての基本性能だ。

「一番大事なことは、プレー性を担保すること。それから、野球以外のイベントにも耐えるものでなければいけない。耐久性とプレー性という、ある意味で両立を考えた結果でもあります」

バンテリンドーム ナゴヤは野球だけの施設ではない。コンサートもあれば、マラソンイベントなど不特定多数が入るイベントがある。人工芝には、野球選手のプレーを支える性能だけでなく、さまざまな用途に耐える強さも求められる。

その点については、事前にデータを確認し、さらに選手の感触も確かめた。

「衝撃吸収性や元に戻る復元性について、現存の人工芝と比べても問題ないというデータをいただきました。実際に選手にもこれまで使っていたものと新しい生分解性人工芝を踏み比べてもらって、『これなら問題ないよね』という結論をいただいています」

技術の新しさだけで採用したのではない。まず競技施設として成立するかを見極めたうえで、環境性能を評価した。そこに、現実的な視点がある。

張り替えは7年に1回ほど 人工芝が抱える“見えない課題”バンテリンドーム ナゴヤは、ドーム型野球場屋根では世界初となる「太陽光発電設備」を設置(2014年着工、2016年完工)。中央の黒い六角形の箇所は、自然の光を採り入れる設計になっていて照明エネルギーの低減効果がある

人工芝の環境問題は、観客には見えづらい。だが球場を維持する立場から見れば、決して小さな問題ではない。なぜなら人工芝は一度敷けば終わりではないからだ。
経年劣化と共に数年ごとに張り替えが必要で、その際には古い芝が廃棄物として排出される。さらに球場の人工芝は広いので、張り替え時の廃棄量はおよそ430tになる。

「一般的には7年に1回くらいと言われています。ただ、人工芝自体も年々開発が進んでいて、耐久性や性能は進化をしているので、状況を見ながら更新計画を立てています」

しかし近年は、“その先”まで考える必要に迫られている。人工芝に限らず、気候変動や熱中症対策など、スポーツ施設が環境問題と無関係ではいられない時代になったからだ。

「開場30年になりますが、太陽光発電や水の再利用をしたり、環境に対する取り組みは以前から行なっていました。ただ、近年の温暖化も含めて、やはり環境問題に目を背けられなくなっている。集客するだけじゃなくて、その先、何か考えるきっかけを提供できないかというのは意識しています」

近藤さんは、今回の導入が世界初だとしても、大仰ではなく冷静に捉える。なぜなら他の球場も環境問題には熱心に取り組んでいるということが念頭にある。

「まだまだやれることは多いと感じています。今回の先行導入が、少しでも環境に対する意識を高くするきっかけになればと思っています」

理想だけでは現場は動かない。だが、まだ十分に整っていないからこそ、一歩目に意味がある。そうした温度感が、今回の話には通底している。

球場は未来を守る場所になれるか試合終了後には、芝葉を起こす作業やごみ、危険物がないかを機械と目視により必ず確認する。この作業車は、ブラシで芝葉を起こしたり、充填剤(砂・ゴムチップ)をならすメンテナンスを行う。アタッチメントを付け替えることで人工芝の清掃も可能だ

スポーツ施設が環境問題に向き合う意義を問うと、近藤さんは率直な言葉で返す。

「スポーツが持つ魅力をいつも実感しています。選手たちが人に希望や感動を与えて、活力になっているのは間違いない。その一方で、こういった環境問題への取り組みはきれいごとだと思われるかもしれません。ただ、スポーツを今後も永続的に行うためには責務でもある。見て見ぬふりはできないです」

このきれいごとだけでは済まされず、やらなければいけないという感覚は、現場の実務を担う人の言葉として重いものだ。

新海さんも思いは一緒だ。

「野球や音楽ライブなど、大規模なイベントが行われる施設に関わる者として、改善点や改良できるところは何があるのか、現場レベルの視点で考えながらやっていくことが大事かなと思います」

球場の仕事は、華やかな表舞台を支える裏方だ。試合が終わった後、施設部の仕事はまだ続く。グラウンド整備には通常2時間ほどかける。マウンドや土の部分を整え、磁石をつけたメンテナンスカーで金属片を回収し、人の目でも異物が落ちていないかを確認する。

「選手が傷つかないように、金属片やネジが残っていないかは特に気を配っています。我々はフィールド管理のプロとして、妥協のないようにやりましょうという話はスタッフに毎回しています」

環境と安全は、別のテーマのようでいて、地続きなのかもしれない。選手の足元を守ること、観客が安心して楽しめること、そして施設が未来に負荷を残しすぎないこと。そのすべてが「球場の質」をつくっている。

ただ、球場の役割は環境対策だけではない。最も重要なのは、選手が最高のパフォーマンスを発揮できるフィールドを保つことであり、常に改良が続けられている。例えばマウンドやバッターボックス、内野フィールドの土は複数の種類を使い分け、シーズンごとに改良を重ねているという。内野では赤土のアンツーカーに黒土を混ぜることで、水分量や崩れにくさなど、細かな調整が施されている。

「ドラゴンズの選手とも意見交換をしながら、ここはもう少し良くできるよねという部分を一つずつ改善しています」

プロ野球選手が最高のプレーを発揮できる環境を整えること。それはフィールド管理を担うスタッフにとっての基本姿勢である。

人工芝という一見“当たり前”の存在の裏側には、こうした積み重ねと矜持がある。

スポーツ施設は、勝敗の場である前に、多くの人が集まり各々が影響を与える公共空間でもある。だからこそ、そこから発信される変化は、大きい。バンテリンドーム ナゴヤが始めた生分解性人工芝の導入は、単なる新素材の採用ではない。感動を生む舞台の足元から、環境との共存を考え始めた一つの意思表示である。世界初の一歩は、まだ小さいかもしれない。だが、その一歩があるからこそ、次の球場、次のスポーツ施設、次の観客の意識が少しずつ変わっていく。そうした未来の入口への一歩を、バンテリンドーム ナゴヤは歩み出している。

text by Akihiro Ichiyanagi(Parasapo Lab)
写真提供:株式会社ナゴヤドーム