
阪神タイガースの佐藤輝明内野手が今季、打率、本塁打、打点の主要打撃3部門でリーグ上位につけ、早くも令和で2人目となる三冠王への期待が高まっている。三冠王は、長いプロ野球の歴史においても限られた強打者だけが到達した特別な称号だ。ここでは、これまでに三冠王を達成した歴代8人の偉大な打者たちを紹介する。
中島治康
[caption id="attachment_260940" align="aligncenter" width="1200"] 中島治康【写真:産経新聞社】[/caption]
達成時所属:東京巨人
ポジション:外野手
投打:右投右打
生年月日:1909年6月28日
経歴:松本商 – 早稲田大 – 藤倉電線
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三冠王:1回
1938年秋(40試合制)
38試合、打率.361、10本塁打、38打点
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プロ野球史上初の三冠王に輝いた中島。当時の40試合制で38試合に出場し、打率.361、10本塁打、38打点をマーク。2位の選手がそれぞれ打率.320、5本塁打(いずれもハリス)、25打点(伊藤健太郎)であったことから見て取れるように、断トツの数字だった。
また、同年は7二塁打、2三塁打も記録し、長打率は驚異の.626。2位ハリスの.490から大きく引き離していた。リーグ上位8人が防御率2.50未満の打低時代にこれだけの数字を残したことも見事だ。
野村克也
[caption id="attachment_260940" align="aligncenter" width="1200"] 野村克也【写真:産経新聞社】[/caption]
達成時所属:南海ホークス
ポジション:捕手
投打:右投右打
生年月日:1935年6月29日
経歴:峰山高
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三冠王:1回
1965年(パ・リーグ、140試合制)
136試合、打率.320、42本塁打、110打点
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歴代最強捕手の名声を博す野村。1965年には打率.320、42本塁打、110打点をマークし、戦後初の三冠王に輝いた。前年までの時点で本塁打王5回、打点王3回を記録していたスラッガーは、同年ついに鬼門の打率でもトップに立った。
また、この年は、ダリル・スペンサー(阪急)とのタイトル争いが熾烈を極めた。打率(.311)、本塁打(38)で2位につけたスペンサーは、出塁率と長打率ではリーグトップ。野村と並んでリーグで最も怖い打者で、8月に8打席連続四球を受けるなど、勝負を避けられる場面も目立った。
野村は、スペンサーより13試合多く出場し、チーム成績トップのチームに所属していたこともあり、約70打席多く獲得。このことも追い風となり、偉業を手中に収めた。
王貞治
[caption id="attachment_260940" align="aligncenter" width="1200"] 王貞治【写真:産経新聞社】[/caption]
達成時所属:読売ジャイアンツ
ポジション:一塁手
投打:左投左打
生年月日:1940年5月20日
経歴:早稲田実
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三冠王:2回
・1973年(セ・リーグ、130試合制)
130試合、打率.355、51本塁打、114打点
・1974 年(セ・リーグ、130試合制)
130試合、打率.332、49本塁打、107打点
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今もなお語り継がれる“世界の本塁打王”。1973年、74年と2年連続で三冠王に輝いた。
ここに至るまで、実に9度にわたって二冠王にとどまり、最後の一項目も上位につける三冠王”未遂”もしばしば。共にV9時代を支えた同僚の長嶋茂雄や中日の好打者・江藤慎一らと三冠を分け合うことが続いた。
そして1973年ついに、全ての項目で他打者を圧倒。打率.355(2位は若松勉の.313)、51本塁打(2位は田淵幸一の37本)、114打点(2位は田淵の90打点)を記録し、史上最高の傑出度を見せた。
さらに勢いそのままに翌74年も2年連続の三冠王に。158四球と徹底的に勝負を避けられたにもかかわらず、打率.332、49本塁打、107打点と抜群の数字を積み立てた。34歳シーズンでの達成は、史上最年長の記録となる。
落合博満
[caption id="attachment_260940" align="aligncenter" width="1200"] 落合博満【写真:産経新聞社】[/caption]
達成時所属:ロッテ・オリオンズ
ポジション:一塁手、二塁手、三塁手
投打:右投右打
生年月日:1953年12月9日
経歴:秋田工-東洋大-東芝府中
ドラフト:1978年ドラフト3位
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三冠王:3回
・1982(パ・リーグ、130試合制)
128試合、打率.325、32本塁打、99打点
・1985(パ・リーグ、130試合制)
130試合、打率.367、52本塁打、146打点
・1986(パ・リーグ、130試合制)
123試合、打率.360、50本塁打、116打点
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「神主打法」を特徴とした孤高の天才打者・落合。プロ野球史上最多3度の三冠王に輝いた、不世出の存在だ。
1982年は、打率.325、32本塁打、99打点をマークし獲得。首位打者は自身2度目、本塁打王、打点王は自身初の受賞だった。2年空いて、85年に2度目の達成。打率.367、52本塁打、146打点に加え、OPS1.244(出塁率.481+長打率.763)とリーグ史上最高クラスの打撃成績を残している。
そして翌86年に3度目の三冠王に。打率.360、50本塁打、116打点と出色の数字を並べた。特に123試合での50本塁打と非常にハイペースで量産している。82年は主に二塁手として、85、86年は主に三塁手として出場していた。
ブーマー・ウェルズ
[caption id="attachment_260940" align="aligncenter" width="1200"] ブーマー・ウェルズ【写真:産経新聞社】[/caption]
達成時所属:阪急ブレーブス
ポジション:一塁手
投打:右投右打
生年月日:1954年4月25日
経歴:オールバニ州大 – ブルージェイズ – ツインズ
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三冠王:1回
・1984(パ・リーグ、130試合制)
128試合、打率.355、37本塁打、130打点
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「飛ばし屋」ブーマーは、来日2年目で三冠王を達成。前々年に三冠王を達成していた落合博満を同リーグにおいての達成であった。
ブーマーは同年、打率.355、37本塁打、130打点をマーク。投手の防御率リーグ1位が2.93(今井雄太郎)と打高のシーズンで、打率2位のクルーズ(.348)、本塁打2位の落合(33本)らをかわしてフィニッシュした。早打ちの傾向にあったが、三冠王のタイトルはいずれも四球数が影響しないことも後押しした。
また同年は171安打、長打率.641においてもリーグトップの数字だった。
ランディ・バース
[caption id="attachment_260940" align="aligncenter" width="1200"] ランディ・バース【写真:産経新聞社】[/caption]
達成時所属:阪神タイガース
ポジション:一塁手
投打:右投左打
生年月日:1954年3月13日
経歴:ロートン高 – ツインズ – ロイヤルズ – エクスポズ – パドレス – レンジャーズ
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三冠王:2回
・1985(セ・リーグ、130試合制)
126試合、打率.350、54本塁打、134打点
・1986(セ・リーグ、130試合制)
126試合、打率.389、47本塁打、109打点
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「史上最強助っ人」の呼び声も高いバース。助っ人選手では唯一となる三冠王複数回達成者である。
1985年には打率.350、54本塁打、134打点で1度目の三冠王を獲得。掛布雅之、岡田彰布とともに「バックスクリーン3連発」も放つなど、超強力打線の中心となった。
さらに翌86年は、プロ野球史上最高のシーズン打率.389、47本塁打、109打点で2年連続となる三冠王に。長打率は驚異の.777(バレンティンに次ぐ歴代2位)を記録している。また同年はパ・リーグでも落合博満が三冠王に輝いており、セパ共に三冠王が脚光を浴びたシーズンだった。
松中信彦
[caption id="attachment_260940" align="aligncenter" width="1200"] 松中信彦【写真:産経新聞社】[/caption]
達成時所属:福岡ダイエーホークス
ポジション:一塁手
投打:左投左打
生年月日:1973年12月26日
経歴:八代第一高-新日鉄君津
ドラフト:1996年ドラフト2位
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三冠王:1回
・2004 (パ・リーグ、133試合制)
130試合、打率.358、44本塁打、120打点
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平成唯一の三冠王は松中だ。
史上最高級の火力を誇った「ダイハード打線」の中核を担った松中は、2004年に打率.358、44本塁打、120打点と圧巻の数字を残し、三冠王を含む打撃5冠(打率・本塁打・打点・出塁率・安打)と主要タイトルを総なめにした。打点王は2度目、首位打者と本塁打王(セギノールと同数で分け合う)は初の受賞だった。
また、当時の福岡ドームは本塁打が出にくい球場でもあったため、より価値のある記録となっている。
村上宗隆
[caption id="attachment_260940" align="aligncenter" width="1200"] 村上宗隆【写真:産経新聞社】[/caption]
達成時所属:東京ヤクルトスワローズ
ポジション:三塁手
投打 :右投左打
生年月日:2000年2月2日
経歴:九州学院高
ドラフト:2017年ドラフト1位
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三冠王:1回
・2022(セ・リーグ、143試合制)
141試合、打率.318、56本塁打、134打点
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令和でここまで唯一の達成者は、まだまだ記憶に新しい“村神様”こと村上宗隆だ。
高卒5年目の2022年、打率.318、56本塁打、134打点をマークし、史上最年少で三冠王を獲得。本塁打では王貞治が1964年に記録した55本を上回り、日本選手最多となるシーズン56本塁打を樹立した。圧倒的な長打力で球界を席巻し、チームのリーグ連覇にも大きく貢献した。
特に夏場の勢いは凄まじく、7月31日から8月2日にかけてプロ野球新記録となる5打席連続本塁打を達成。勝負を避けられる場面も増えながら、四球を選びつつ甘い球を逃さない姿は、まさにリーグを代表する主砲そのものだった。
シーズン終盤には打率争いも注目を集めたが、最後までトップを守り抜き、平成唯一の松中信彦以来18年ぶり、セ・リーグではランディ・バース以来36年ぶりの三冠王に輝いた。若くして歴史に名を刻んだスラッガーは、令和のプロ野球を象徴する存在となった。
【了】
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