元プロ野球選手で野球解説者の中田翔氏が17日、YouTubeチャンネル『フルタの方程式【古田敦也 公式チャンネル】』で公開された動画「因縁のライバル! 履正社 vs 大阪桐蔭 中田翔&T-岡田の“怪物”高校時代を振り返る【バッターズバイブル】」に出演。“野球人生が終わった”と思ったという瞬間を回想した。

中田翔氏

中田翔氏

投手でプロ入りを目指していた中田翔氏を襲った悲劇

高校時代のバッティングについて問われ、「スランプっていうスランプはないですよね。感じたこともないし」と語る中田氏。その理由は「僕の場合、2年の春までピッチャーもメインでやってたんで」「ピッチャーでプロ入りたかったし、バッティングは全く興味がなかったというか」というもので、「でも1年生の時は18本か20本ぐらいです、ホームラン」と話した。

しかし、その夢は突然の悲劇によって暗転したようで、「2年の春で154kmを投げた時にブチっていって、自分で西谷監督にサインを出して、ベンチの裏で1人で号泣っす。『あ、もうこれで野球やめなアカン』と思って」と、後に靭帯損傷と診断されるケガで選手生命が断たれたと思ったと回想。

続けて、中田氏は「監督にも『辞めます』って話をした時に『お前は何を言ってんだ。打つほうでもプロ行けるだろう』って言われて、2年の春から(バッティングの)猛練習ですね。ほかの選手の倍、練習を西谷監督が入れてくれて」と、恩師である西谷浩一監督の言葉と厳しい練習メニューによって、打者として再起した道のりを明かした。

そして、転向後の勢いはすさまじく、「2年で68発か何発か打ったんですよ」「あの時はもうゾーンに入ってましたね。 1試合3発っていうのが、結構数えきれないぐらい試合数あります」と、驚異的なペースで本塁打を量産した当時を振り返った。

なお、ケガの影響はプロ入り後も続いていたようで、「毎年プロ入ってからメディカルチェックってあるじゃないですか。あれで検査したら『無茶な投げ方したらいつプチンって切れてもおかしくないからね』って毎年言われてました」と明かした。

【編集部MEMO】
中田翔氏は、日本ハムファイターズ、読売ジャイアンツ、中日ドラゴンズなどでプレーした元プロ野球選手。打点王3回(2014年、2016年、2020年)、ベストナイン5回(2013年、2014年、2015年、2016年、2020年)、ゴールデングラブ賞5回(2015年、2016年、2018年、2020年、2022年)などの実績を持つ。