まだ真価に気付かれていない?|ロックスターが選んだフェラーリ412【前編】

フェラーリ365、400、412といった一連の作品はしばしば見過ごされがちだ。しかし、それらはロックスターがこよなく愛したモデルでもあったのだ。

【画像】赤でなくとも映えるフェラーリは、412をおいてほかにない(写真6点)

「いまのところ私の人生は本当に素晴らしい。最近は、頭のいかれたことをするのが自分の使命だと信じていたころを思い出すのにとてつもない時間を費やしている。たとえば、フェラーリに乗ってモータウェイのM4を180mph(約288km/h)でぶっ飛ばしたとか、コカインを決めて1日中酔っ払っていたとか、そんなことだ。ただし、素晴らしいひとときを過ごすために大金を使ったことはない。でも、ほかのオトコたちと同じように、時間だけはたっぷりとあったんだ」

2019年に出版された雑誌『ビッグイシュー』で、ピート・タウンゼントはそう語っている。タウンゼントが伝説のイギリス・ロックバンド”ザ・フー”の設立メンバーで、バンドのリードギタリストを務め、多くの楽曲制作に関わったことはいうまでもない。彼は典型的な”ロックスター人生”を歩みながら、32歳の若さで逝去した同じザ・フーのドラマーだったキース・ムーンとは異なり、80歳になったいまも活動を続けている。ムーンといえば、1972年製ディーノ246スパイダーを買って1カ月で大破させたことで知られるが、そのとき実際に運転していたのでは彼自身ではなく、近所のパブでバイク乗りに鍵を渡したところ、その人物がディーノを排水溝に落したというのが真相らしい。

8台のフェラーリ

タウンゼントが手に入れたフェラーリは、それほど派手なモデルではなかった。1981年、36歳だった彼はロンドンのディーラー”HRオーウェン”から新車に近い400オートマティックを購入。これをEGオートクラフトでコンバーティブルにモディファイしている。1983年にミック・ジャガー、キース・リチャード、ビル・ワイマンの3人がそれぞれ400を買ったのは、タウンゼントの影響だろう。アルバム”刺青の男”の発売を記念したヨーロッパツアーを終えたローリングストーンズのメンバーは、このとき合計で8台のフェラーリを購入したとされるが、3台の400もこれに含まれていた。

タウンゼント自身はおよそ5年間にわたって400を所有した後、デイトナ・スパイダーを手に入れた。これは熱心なフェラーリ・ファンだったエリック・クラプトンに感化されたと見られている。その後、550マラネッロ、550バルケッタなどを購入。続いて、ここで紹介する412GTを2008年に入手した。

ベテランのロックミュージシャンくらいの収入がなければ、フェラーリの立派なV12モデルは手が出ないと思われることだろう。なにしろ、それらはフェラーリのフラッグシップであり、それなりのランニングコストも覚悟しなければならない。ちなみに400をそれなりのペースで走らせると燃費はmpgで1ケタ台、つまり3.5km/Lに届かなかったという。この辺も、中古車市場における400の相場が暴落する一因となったはずだ。

また、知り合いのジャーナリストは2003年に5000ポンド(当時の為替レートで約100万円)で400を購入しているが、「信頼性は悪くなかったが恐ろしくみすぼらしく、また売り物にもならないような車だったので、すぐに返品したくなった」とこぼしていた。いっぽう、タウンゼントが所有していた412の直近の取引価格はおよそ7万ポンド(現在の為替レートで約1400万円)ほどだ。もっとも、5000ポンドで400を買った知人の例を見る限り、コンスタントに走らせることがトラブルを防ぐうえでは有効な手立てのようである。

412の魅力

412は、V12エンジンをフロントに積んで後輪を駆動する一連のクラシック・フェラーリとしては最終モデルにあたる。その始まりは、ピニンファリーナ製の四角張った2+2ボディーを特徴とする365GT4であり、続いて登場した365GTC/4は365GT4をベースとしていながらもリアウィンドウがよりなだらかに下降する曲線を特徴としていた。いっぽう、365GT4のクサビ型をしたノーズは365/400/412と引き継がれていき、結果的に1972年から1989年まで生産されるフェラーリ最長のロングセラーとなった。いまさらこんな話題を持ち出しても彼は気にも留めないだろうが、かつてロータスでチーフデザイナーを務めたピーター・スティーヴンスは400のことを「史上、もっとも美しいプロダクションカー」と評していた。

365とそれ以降のモデルを見分ける簡単な方法は、前者のテールランプが6連だったのに対して、後者は4連とされた点にある。また、412のリアエンドは400より少し高くなり、トランクルームの容量を稼ぐとともにより合目的的なデザインとされた。17年の間にメカニズム面でも見逃すことのできない進化を果たしたことはいうまでもなかろう。365に搭載されていたのは、ウェバー・キャブレター6基を備えたデイトナ用の4390ccエンジンを320bhpにデチューンしたウェットサンプ仕様だった。そして1976年にデビューした400では排気量を4825ccに拡大して340bhpを発生。また、365では全車マニュアル・トランスミッションを搭載していたのに対して、400ではグランドトゥアラーの性格を強調するため、GM製TH400オートマティック・ギアボックスをオプションで設定した。1985年に登場した412でもこの方針は引き継がれると、マニュアル・ギアボックスは少数派に転じ、この頃には1967年デビューのためやや古さを感じさせる3速オートマティックのTH400が主流となっていた。

1979年、より厳しくなった排ガス規制に対応するため、ウェバー・キャブレターはボッシュKジェトロニック燃料噴射装置に置き換えられる。こうして誕生した400iは最高出力が340bhpから310bhpにパワーダウンしたものの、続いて登場した412では排気量の拡大によって最高出力の低下分を補った。燃料噴射装置を得たからといってとりたてて燃費がいいわけではなく、1989年にフェラーリが発表した公式な資料によれば、市街地燃費は9.8mpg(約3.5km/L)で、56mph(約90km/h)の定地燃費は21.3mpg(約7.5km/L)だった。これに比べると、28.3mpg(約10.0km/L)を謳う”現代の”テスタロッサはエコカーといっていいだろう。奇妙なことに、412のオートマティック・モデルは全車速においてマニュアルより燃費がよかったという。もっとも、412を買える富裕層であれば、その燃費を心配する必要もなかったはずだろう。

412”79932”

1989年1月のイギリスにおける412の税込み小売価格は、オートマティックかマニュアルかを問わず8万194ポンド(当時の為替レートで約1810万円。以下同様)だった。ちなみに、同時期の328GTBは4万7697ポンド(約1080万円)で販売されていた。そしてシャシーナンバー79932が与えられたこの車両は、1989年3月30日に8万2020ポンド(約1850万円)で最初のオーナーが購入。この価格には、注文仕立てのボディカバーと24ヵ月間の延長保証(実に賢明)が含まれている。これは、当時、ロンドンの一戸建てとほとんど変わらない価格であった。もっとも、この車の最初のオーナーであるコンラッド・ゴエス -ソーラウ博士が暮らしていたロンドンW8地区の相場は、これよりはるかに高かったはずだが……。

納車された際のシャシーナンバー79932は、エクステリアがヴェルデ・スクロ(メタリックのダークグリーン)でインテリアがVM3997のクレマ(クリーム・レザー)だったが、驚くべきことに、イギリスではたった21台しか販売されなかったマニュアル・ギアボックス仕様の1台だった。もっとも、ゴエス-ソーラウ博士が所有していたのは翌年の4月18日までで、おそらくはカーディーラーを営んでいたと思われるブルース・ワード氏が実に11万5000ポンド(約3000万円)で買い取った。その半年後、ワード氏はまだ5139マイル(約8200km)しか走っていない412をR ゴードン氏に7万4500ポンド(約1920万円)で売却。ちなみに、R ゴードン氏はクラシックカーとクラシックモーターサイクルのスペシャリストとして知られるアンソニー・ゴードン氏の父である。

ピート・タウンゼントがこの車を2008年に購入したとき、オドメーターは1万7400マイル(約2万7840km)前後だったが、2017年に手放すまで、モーターウェイのM4を行ったり来たりはしなかったようである。なにしろ、売却時の請求書によると、オドメーターはこのときまだ1万8383マイル(約2万9400km)でしかなかったのだ。この車を次に引き取ったのはGTOエンジニアリングで、価格は7万ポンド(約1010万円)。ここで412はペイントや内装のレストアなどの大改修が行われ、現在はニール・ディケンズが経営するコッツワルドのヘアピン・モーター・カンパニーでメンテナンスを受けている。ちなみに、オドメーターはいまだに2万マイル(約3万2000km)を越えていない。

この状態まで車を仕上げるのに前のオーナーがどれだけの出費を強いられたかはさておき、いまは実に素晴らしいコンディションにある。筆者を含めた何人かの人々は、オリジナルのメタリック・ダークグリーンのままであればよかったと思わなくもないが、現在のボディーカラーであるダークブルー(ロールス・ロイスはこれをベルベット・ブルーと呼ぶ)もとてもよく似合っている。もしも赤でなくとも映えるフェラーリがあるとすれば、それは412をおいてほかになかろう。

1972年にデビューした365GT4は、1960年代風の華やかなスイッチ類、灰皿、ウッドの内装などと、1970年代的な黒くて四角いメーターパネルが混在していて、やや理解に苦しむ側面があった。それが412になると四角いパッケージで整理され、まるで1980年代のパワフルなラブソングや大きく盛った髪型を連想させるデザインに改められた。装備も豊富で、セントラル・ロッキングに始まり、ボンネット/トランク/フューエルリッドのリリース・ボタンは電動式で、電動シートとパワーウィンドウを備え、エアコンの調整は左右独立式だった。また、まるでジェット旅客機のような丸形のエアベントが天井に取り付けられているのを見てニヤッとする向きもあるだろう。細長いクロームのシフトレバーと丸いシフトノブは往年のフェラーリを思い起こさせるが、その見ためと感触は全体の雰囲気にしっとりと馴染んでいて好ましい。

・・・後編へ続く。

編集翻訳:大谷達也 Transcreation:Tatsuya OTANI

Words:Mark Dixon Photography:Barry Hayden

THANKS TO the owner, to Giuliano Silli, the Frua family archivist Roberto Rigoli, Stefan Dierkes and Philippe Murari.