「絶対やりたくなかった」オモコロ原宿が編集長になって唯一守り続けていた“ルール”とは?
アーティストの「こっちのけんと」がパーソナリティをつとめるTOKYO FMのラジオ番組「G-SHOCK presents THE MOMENT」(毎週金曜17:00~17:25)。さまざまなゲストをお迎えし、生まれてからこれまでの時間のなかで、人の心に刻まれている「人生が変わった瞬間」=“MOMENT(モーメント)”を探ります。

今回の放送ゲストは、Webメディア「オモコロ」2代目編集長・原宿さん。2012年の人生の転機などについて伺いました。

(※収録当時の内容です)

(左から)原宿さん、こっちのけんと

Webメディア「オモコロ」2代目編集長(2012年1月〜2026年2月)の原宿さん。1981年生まれ。中学生の頃からインターネットの面白さにのめり込み、2012年よりWebメディア「オモコロ」編集長に就任。14年間にわたり同メディアを牽引し、多くのヒット企画を生み出しました。

(※2026年3月現在は編集長を退任し、ライターとして活動しています)

――この番組では、ゲストの方の人生が変わった瞬間“モーメント”を伺っていきます。原宿さんの1つ目のモーメントは「1993年、従兄弟の家でスチャダラパーを初めて聴いた」、2つ目のモーメントは「2005年、テキストサイト管理人だけの大喜利ライブに出る」、3つ目のモーメントは「2010年、初めて1人だけでタイ旅行へ」でした。

こっちのけんと:それでは、最後のモーメントをお願いします!

原宿:「2012年、2代目オモコロ編集長に就任」。

こっちのけんと:原宿さん、2代目だったんですね。最初はライターとして記事を書いていたんですか?

原宿:そうです。初代のシモダ(テツヤ)さんからパスを渡された感じなんですけど、最初は「絶対やりたくない」って断ってました(笑)。僕はただ無責任なことを書いていたい人間だったので、責任なんて背負いたくなかった。

こっちのけんと:嫌々だったんですね(笑)。そこからどうやって「オモコロ編集長」としての自覚が芽生えたんですか?

原宿:他にやる人がいないから、消去法で「しょうがないか」と。でも、28歳まで無職だった人間にはもう退路がない。あるとき、開き直って「よし、俺がやるんだ」って、全ての責任を「はい、やります」と引き受けるようになりました。

こっちのけんと:「オモコロ」出身の雨穴(うけつ)さんが書いた「変な家」が映画化されたり、今の躍進は凄まじいですよね。

原宿:よく、「オモコロでどんな編集をしてるんですか?」と聞かれるんですけど、僕は何もしてないことで有名で(笑)。ただ、「何でもいいですよ」という空気作りだけはしています。みんなが嫌な気持ちになること以外なら、自由でいい。

こっちのけんと:その空気こそが、オモコロが愛される最大の理由ですよね。「あんな面白い大人になりたい」と思わせてくれる。

原宿:僕は(幼い頃に)スチャダラパーや電気グルーヴを見て「いいな」と思って育ってきたので、今、自分が“適当な大人”を生産できているなら嬉しいです(笑)。みんな頑張りすぎているから。

こっちのけんと:確かに、僕も真面目にやりすぎているかもしれません。

原宿:ただ、1点だけオモコロで真面目にしていることがあるんです。「平日毎日更新」。これだけは絶対に落としていない。1ヵ所だけ真面目にしておけば、あとは全部手抜きでいいんですよ(笑)。

こっちのけんと:深い……。その1点を守り抜く強さがあるからこそ、他の部分で、全力でふざけられるんですね。

こっちのけんと:最後に、原宿さんからお知らせはありますか?

原宿:YouTubeの「オモコロチャンネル」を週5回更新しています。

あとは、僕のポッドキャスト「原宿の今じゃない企画室」ですね。

こっちのけんと:僕も出演させていただきましたが、本当に「今じゃない」話ばかりで最高です。

原宿:こないだも、呪物コレクターの田中俊行さんの部屋に行って、「呪物じゃないやつ」だけを探して聞くっていう回をやりました(笑)。

こっちのけんと:オカルトを一切聞かないという(笑)。

原宿:そうです。その人のメインじゃない部分の話をしています。ぜひ聴いてみてください。

こっちのけんと:2週にわたり、ありがとうございました!

<番組概要>

番組名:G-SHOCK presents THE MOMENT

放送日時:毎週金曜 17:00~17:25

パーソナリティ:こっちのけんと

番組Webサイト: https://www.tfm.co.jp/moment/

番組公式X:@TFM_THEMOMENT