
市名にもなっており、湘南エリアの方にはお馴染みの「平塚」という名前――
なぜ平塚と名付けられたのか気になるところですね。そんな疑問に答えてくれるスポットが、平塚駅から少し離れた住宅街のなかに存在します。
今回ご紹介する「平塚の塚緑地」は、平塚の由来を今に伝える小さな史跡公園です。諸説ありますが、とある貴人にまつわる悲しい伝説がルーツになっているんだとか。
いったい平塚の塚緑地とはどんなスポットなのでしょうか?
平塚の塚緑地までのアクセス
平塚の塚緑地は、平塚駅の北口から約1.5km、旧東海道沿いに歩いて20分ほどのところに位置しています。
住宅街のなかにひっそりと佇む小さな公園といった風情で、はじめて訪れる人には少しわかりにくい場所かもしれません。
要法寺というお寺に隣接しているので、こちらも目印になると思いますよ。
住宅街のなかの異次元空間
芝生と樹木に囲まれた公園の広さは、入口から敷地全体が見渡せるほど。散策路を経由して歩いても、わずか2~3分で1周できるようなコンパクトな規模です。
しかしながら、この空間内に佇んでいると、遥か昔のまま時間の流れが止まってしまったかのような不思議な錯覚を覚えます。
まるで異次元空間に迷い込んだ印象のある、こちらの公園にこそ、今や湘南を代表する都市となった平塚命名のルーツが秘められているのです。
真砂子姫伝説にまつわる「平塚」の由来
平塚の「塚」とはお墓のこと。
命名の由来は諸説あるようですが、平安時代にこの地で亡くなった貴人のお墓に由来していると伝えられています。
江戸時代に編纂された『新編相模国風土記稿』によると、こうあります。
平安時代にあたる857年(天安元年)の頃、桓武天皇の子孫にあたる平真砂子という姫が、京都から東国に向かう途中で、旅の疲れのため急な病に罹り、この地で亡くなったといわれています。
土地の人々は不幸な姫の死を悼み、塚を築いて遺体を埋葬したのですが、その塚の上が時代とともに風化して平らになってしまったので、以来この地を「平塚」と呼ぶようになったとのこと。
また、「平」の意味は、桓武天皇の系統から発祥したとされる平氏に由来しており、真砂子姫も「平真砂子」を名乗っていたことから「平氏の姫の塚」ということで平塚になったという説もあります。
真砂子姫についての詳しいことは伝わっておりませんが、あの有名な平将門の叔母にあたる血筋ともいわれていますので、このあたりにも歴史のロマンを感じますね。
平塚の塚の見どころ
それでは「塚」を中心に見どころを確認しておきましょう。
平塚の塚
真砂子姫の墓とされる「平塚の塚」は、公園の一番奥に位置しています。石柵に囲まれている、こんもりと盛られた塚の上には、「平塚の塚の碑」が設置されています。
真砂子姫の遺体は、里外れの松の大木の下に埋葬されたと伝わっていますが、今も塚に寄り添うように松の大木が植えられています。
ちなみに現在植えられている松の大木は、真砂子姫埋葬のときから数えて3代目になるそうです。
平塚の塚由来碑と平塚碑
平塚の塚のすぐ左隣に大小2つの記念碑が設置されています。大きな記念碑は「平塚碑」で、平塚の塚にまつわる由来が漢文で刻まれています。
1920年(大正9年)に建立されたもので、撰文は当時の神奈川県知事だった有吉忠一、題額揮毫は貴族院議員等を歴任した徳川頼倫によるものです。
また小さいほうの記念碑は1957年(昭和32年)に、真砂子姫薨去「1100年祭」記念に建立された「由来碑」で、こちらは当時の平塚市長だった戸川貞夫氏揮毫によって和文で刻まれています。
地元の神奈川県からも平塚市からも重宝されてきた、貴重な遺構であることがわかりますね。
和風庭園でほっと一息
園内には快適な散策路が整備されており、和風情緒ある景観を満喫しながらの滞在が楽しめます。緑地公園ということもあって植栽も多く、規模は小さいながらもリフレッシュできる空間です。
東屋風の休憩スペースも設置されているので、のんびりと寛ぎながら、遥か1,000年以上昔の歴史ロマンに浸ってみるのも贅沢な時間の過ごし方ですね。
まとめ
平塚の地名の由来を今に伝える、ミステリアスな史跡「平塚の塚」。平塚市民の方はもちろん、歴史に興味のある多くの方に足を運んでいただきたい魅惑の歴史スポットです。
時空を超えた真砂子姫伝説を、この小さな公園で満喫してみませんか。
平塚の塚緑地
アクセス
JR平塚駅北口より徒歩20分
住所:神奈川県平塚市平塚4-10
駐車場:なし







