三井住友カードらの公共交通機関向けプラットフォームである「stera transit」の採用が拡大している。3月末時点で45都道府県で232のプロジェクトが稼働することになり、今後さらに拡大が見込まれている。
そうした中で開催された「stera transitシンポジウム 2026」では、複数の鉄道事業者などが登壇し、stera transitを採用した現状を紹介した。なかでも、全国交通系ICを取りやめてstera transitへ移行したことで注目された熊本県の事例が目を引いた。
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stera transitシンポジウムに参加した事業者など。中央右が三井住友カードの大西幸彦社長、左がニモカの田端敦社長、その左は京浜急行電鉄鉄道本部鉄道統括部長・四宮浩氏、三井住友カードTransit本部長兼Transit事業企画部長・石塚雅敏氏。大西社長の右隣は国土交通省総合政策局モビリティサービス推進課の星明彦氏、共同経営推進室担当の森山論氏
なお、今回のstera transitシンポジウムではタッチ決済を使った交通乗車に関して「クレカ乗車」という新たな愛称が紹介された。本稿でもそれに従う。詳細は別記事を参照してほしい。
批判殺到の全国交通系ICの廃止、クレカ乗車が新しい入口に
熊本の事例を話したのは、共同経営推進室の森山論氏。タイトルに「なぜ、あえてこっちを選んだのか」と入っている通り、交通系ICではなくstera transitを選んだ理由が赤裸々に語られた。
共同経営推進室は、全国的にも珍しいという共同経営型の事業組織で、熊本県内のバス事業者5社による共同経営の仕組みだ。九州産交バス、産交バス、熊本電鉄バス、熊本バス、熊本都市バスの5社からなり、1日約7万5,000人が利用している。
背景には熊本のバス事業を取り巻く環境の悪化がある。特にコロナ禍以降、利用者数は9%減少し、走行キロ数は18%も減った。運転士も高齢化が進んで平均年齢は52歳を超え。10年後には約2割減少する見込みとされている。そして路線の8割以上が赤字という経営難を抱え、もはや「従来の運行規模を維持できない存続の危機」という危機感があった。
その状況下で、既存の決済機器の更新時期がやってきた。これまで、重複路線の解消や共通定期の導入など、共同経営推進室ならではの取り組みも進めてきたが、路線バスの収支は年間36億円の赤字が続く。そして更新費用には12億円必要だった。
この費用負担を重く感じた結果、選択肢として出てきたのがstera transitだ。導入費用は当時で6.7億円。全国交通系ICを維持する場合の12億円に比べればおおよそ半額の費用負担で済む。
「全国交通系ICをやめるというのは、本当に、非常に難しい判断だった」と森山氏は強調する。利用者が使い慣れた決済手段を奪う形になり、利用者に負担を強いる形になるからだ。そして結果として、「(全国交通系ICを廃止するという)ニュースが出た瞬間に、熊本県内に限らず、全国から非常にネガティブな意見をたくさんもらった」という。
森山氏は、「当時は既存システムの更新に使える補助金はなく、その中で路線バスを走り続けなければならない」と苦渋の決断であった点を強調した。
とはいえ、クレカ乗車という新サービスを導入しただけでは使ってもらえないため、ポスター掲示やラッピングバス、実車を使った体験会、30%のキャッシュバックや20%の割引など6つのキャンペーンなど、さまざまな施策を打ち出した。結果として、輸送人員は前年比102%となって微増ではあったが、全国交通系ICの廃止というネガティブな反応があったものの、利用者の減少を食い止めた。
当初0.9%ほどだったクレカ乗車の利用率は、直近では13%程度まで拡大。特に土日は15%を超える水準になっているとのことで、順調に利用が拡大しているようだ。また、三井住友カードのアンケートによれば、普段バスを使わない層の35%がキャンペーンをきっかけにバスに乗車しており、その9割以上が今後もバスを使いたいと回答したという。森山氏は、「決済手段の乗り換えではなく、新規需要の獲得が起きている」と話した。
今後は、クレカ乗車を使ったバス共通定期券の導入を検討する。これまで窓口でしか買えず、乗車区間も固定で、毎月定額なので乗車が少ない月は満額に達しないなどの課題があった。新定期券では、オンラインで購入でき、自動更新、金額・区間の縛りがなく、乗車金額が一定額に達したら乗り放題になるベストフェア方式を採用するという。
これによって、一度登録したら更新作業が不要になり、利用者の利便性と窓口業務の削減にも繋がる。物理的な定期券を発行しないので管理業務も削減できる。既存のクレカ乗車のシステムが使えるので追加の大規模投資が不要といったメリットがあると森山氏は話す。
森山氏は、クレカ乗車が単なるコスト削減ではなく、新しい利用者を連れてくる入口になりえると指摘。全国交通系ICの廃止は批判を集めたが、「路線バスを守るための覚悟から始めた決断が、新しい需要を生み出している」と話した。
クレカ乗車、海外ユーザーが6割の京急
首都圏で5路線73駅をカバーする京浜急行電鉄(京急)は、特に羽田空港の利用者が多く、JR東日本の横浜駅や品川駅で乗り換える人が圧倒的だという。
1994年には独自の「ルトランカード」を発行したが、これは「出たタイミングが非常にまずかった」と同社鉄道本部鉄道統括部長の四宮浩氏は言う。羽田空港への乗り入れが1993年で、増え続ける羽田空港利用者からは、京急だけでしか利用できないルトランカードは「大変不評だった」(四宮氏)という。そこで経営トップからも改善するべく「至上命令が下った」(同)ほどだったそうだ。
2000年には私鉄各社が共同でパスネットをスタート。ところが当初、自らが発行するルトランカードがあったためパスネットに参加しない方針を示したところ、大きな批判を受けて、既存システムを廃棄してパスネットに参加したという「苦い経験」(同)があるのが京急だ。ちなみにJR東日本がSuicaをスタートした頃、京急単独でSuicaに参入する検討もしていたそうだ。結局PASMOに参画することになり、現在ではSuicaやPASMOのICカード比率が90%を超えているという。
こうした背景から、「出札、改札のシステムはいかにグローバルスタンダードにあわせるかが大事だと身をもって学んだ」という四宮氏。そこで導入されたstera transitだが、羽田空港から来る訪日客など、全国交通系ICを持っていない利用者が多い。改札のトラブルも多発していたということで、シームレスな乗車ができることからstera transitの導入に至ったという。
2024年12月の一部導入以来、stera transitの利用は増加している。クレカ乗車の35%は羽田空港関連で、海外だけでなく国内の利用者も多いそうだ。クレジットカードの発行国で見ると海外が67%、国内が33%。海外カードの1/3がアメリカ発行のカードだった。「全国交通系ICとは違い、鉄道を使った人がその後、どういう消費行動をしたか分かるのがいい」と四宮氏。
とはいえ、全国交通系ICが圧倒的に利用が多いため、クレカ乗車と双方をフォローしつつ事業に取り組んでいく考えだ。
クレカ乗車で現金利用が減り、交通系ICの利用も増加
全国交通系ICのnimocaを運営するニモカは、九州地方におけるstera transitと全国交通系ICの共生に関して説明を行った。ニモカはにしてつグループとして2007年に設立され、2008年からサービスをスタート。全国交通系ICとして発行枚数は2025年末で約600万枚となっている。
九州島内を中心に28社局(約5,000台)のバス・路面電車で共通利用される「nimocaバス・路面電車システム」を提供しているのが特徴だ。「100年以上に渡って乗合バス事業を行ってきた歴史とノウハウによって提供する」(ニモカ田端敦社長)ことで、多区間運賃や定期券など、乗合バスで想定されるサービスはほぼ網羅しているという。
stera transitとの協業は2022年7月と早く、まずは西鉄電車の一部で実証実験を開始。その後は実験と路線拡大を繰り返し、2025年4月に本格導入に至っている。
nimocaのシステムを共同利用する各事業者でも導入が進み、現時点で6社局が参加。さらにnimocaのシステムを導入していないがstera transitを導入した事業者も4社。2026年度にはさらに7社局が導入する予定だという。
にしてつグループの福岡空港(国際線ターミナル)から博多駅の路線では、クレカ乗車導入後の2023年7月の現金比率は75%だったが、2024年12月にはそれが47%まで減少。さらに2025年12月には26%になって、1/3程度まで現金利用が減少した。
それがすべてクレカ乗車に移行したのではなく、全国交通系ICも41%、47%と増加しており、クレカ乗車も12%、27%と大幅に増加した。田端社長は、「状況に応じて最適な支払い手段を選択できる環境を整えておくことが重要」だと指摘すしている。
田端社長は、「nimocaを軸に、クレカ乗車と用途によって棲み分ける」という考えを示し、分断するのではなく最適なものを選択してもらえるサービスの融合を進めていきたいという。特に、定期券と回数券の中間のサービスには一定のニーズがあると田端社長。上限制などのクレカ乗車の新サービスに期待を示した。












