工期21年、設計図なしで完成した「東京のサグラダ・ファミリア」建築家・岡啓輔が明かす秘話「即興で作ることは決めていた」
放送作家・脚本家の小山薫堂とフリーアナウンサーの宇賀なつみがパーソナリティをつとめるTOKYO FMのラジオ番組「日本郵便 SUNDAY’S POST」(毎週日曜15:00~15:50)。今回の放送は、建築家の岡啓輔さんをゲストに迎えて、お届けしました。

(左から)パーソナリティの小山薫堂、岡啓輔さん、宇賀なつみ

◆「東京のサグラダ・ファミリア」が遂に完成!

東京・三田の坂の途中に、ひときわ個性的な建物があります。手づくりの小さなビル「蟻鱒鳶ル(ありますとんびる)」です。この建物は「三田のサグラダ・ファミリア」とも称され、21年という歳月をかけて完成しました。設計から施工までを主導したのは、建築家の岡啓輔さんです。

岡さんは1965年、福岡県生まれ。会社員、鳶職、鉄筋工、大工、住宅メーカー勤務など、さまざまな仕事を経験してきました。20代の頃には、師匠から「建築を一時禁止する」と言い渡され、1年間、舞踏を学んだという異色の経歴も持っています。

そして2005年、三田のわずか12坪の土地で、地下1階・地上4階の小さなビル「蟻鱒鳶ル」の建設をスタートさせました。多くの人の手助けを受けながらも、中心となってほぼ一人で作り続け、ついに21年の月日を経て完成に至りました。

岡さんが職人としての道を選んだ背景には、若い頃のある思いがありました。九州の高専を卒業後、建築家を目指すなかで、憧れていたのはスペインの建築家ガウディ。けれど、建築家には高い学歴を持つ人が多いことを知り、「その人たちと競争しても勝負にはならない」と感じたといいます。そこで岡さんは、頭脳ではなく身体を使う道を選び、「体を使うことをやらなきゃいけないと思って、職人になりました」と振り返ります。30歳を過ぎるまで、鳶職や鉄筋工などの仕事に打ち込み、現場で建築を学び続けました。

岡さんが蟻鱒鳶ルを建て始めたのは40歳の頃。きっかけは結婚後、「あなたは一級建築士だし、職人仕事もできるんだから、小さい土地を買って家を作ったらいいんじゃないか」という妻からの助言でした。その言葉に背中を押され、岡さんは三田の小さな土地を購入。自らの手でビルを作り始めます。

◆思わず涙した蟻鱒鳶ルの感想は?

ユニークなビルの名前「蟻鱒鳶ル」は、友人のアーティストに頼んで名付けてもらったそうで、「“あるかな・ないかな”ではなく、最初に“あります”と肯定する言葉をつけよう」という発想から生まれた名前だといいます。さらに「ヒルトンやシェラトンのように、“トン”のつくホテルはイケている。ミラクルがある」という友人のアイデアも重なります。

そこから「蟻、鱒、鳶」と動物の名前を重ね、コンクリートで作る小さなビルから、最後に「ル」がつけられました。「全部が動物だと知的じゃないから、最後のルはル・コルビュジエ。知性代表、建築家代表、人間代表という意味合いです」と、岡さんは説明します。

驚くことに、建設を始める際に完成形の設計図は描かなかったといいます。岡さんが選んだ方法は、即興的に「作りながら考える」ことでした。建築許可を取りつつ、変更申請を重ねながら工事を進めていったといいます。その背景には、尊敬するガウディの姿がありました。「ガウディも、最初からきっちりした図面を出していない。作りながら考えるんだ、と思いました」と当時の心境を語りました。

蟻鱒鳶ルには、海外からも多くの人が訪れます。ロンドンの名門建築学校として知られるAAスクールの学生や研究者も、ここ10年以上、毎年のように見学に訪れていると岡さんは話します。建物の内部を公開することもあり、見学者からはさまざまな反応が寄せられます。

なかでも印象に残っているのが、イギリスの建築家たちの言葉でした。「私たちはもう近代建築や現代建築に“魂のある建築”があるとは思っていなかった。でも今、私たちの目の前に、魂のある建築があって驚いている」という言葉を聞いた夜、岡さんは思わず涙を流したといいます。小山は「計算では成し得ない造形に、入った人が魂を感じるわけですね」とコメントしました。

番組では最後に、「今、想いを伝えたい人」へ宛てた手紙も紹介されました。岡さんが手紙を書いた相手は、かつて通っていた高山建築学校の創設者で、すでに亡くなっている倉田康男さんでした。

<番組概要>

番組名:日本郵便 SUNDAY'S POST

放送日時:毎週日曜 15:00~15:50

パーソナリティ:小山薫堂、宇賀なつみ

番組Webサイト: https://www.tfm.co.jp/post/

番組公式X:@sundayspost1