50周年の祝祭、その階層と深淵||特集:レトロモビル2026 Part 2

「欲望のヒエラルキー」が可視化された3層構造

50周年を迎えたレトロモビル2026。主要ホールの改装に伴い、今年の舞台はパビリオン7に集約された。3層構造となった会場は、意図的かどうかは定かではないが、エスカレーターを昇るにつれて展示車両の希少性と価格が跳ね上がっていく、「欲望のヒエラルキー」とでも呼ぶべき構成になっていた。

【画像】車好きたちの情熱が交差する。レトロモビルに展示された珠玉の車両たち(写真29点)

だが、このイベントの真髄は単なる金額の多寡ではない。そこに並ぶ車両を選び抜き、磨き上げ、パリまで運んできた「出展者」たちの審美眼と哲学にこそ、レトロモビルの面白さは宿る。今回は、キャプションで紹介した個体がいかなるバックグラウンドを持つブースからやってきたのか、その「目利き」たちに焦点を当ててみたい。

名門たちが競う「審美眼」のショーケース

会場内でも一際重厚なオーラを放っていたのが、ドイツの古豪「エーバーハルト・ティーゼン(Eberhard Thiesen)」だ。彼らが持ち込んだマイバッハ・ツェッペリンは、単なる高級車ではない。戦前のコーチビルド文化の極みを示す歴史的資料であり、彼らがこの分野における「守護者」であることを無言のうちに証明していた。

イタリア車の聖地から

イタリア車の聖地として存在感を示したのは、スイスの名門「ニキ・ハスラー(Niki Hasler)」である。フェラーリ250 GTの進化の過程を示すボアノとルッソを並べて見せたその構成力は、跳ね馬の血統を知り尽くしたスペシャリストならではの自信に満ちている。

英国の職人魂

一方で、英国の職人魂を見せつけたのが「ジム・ストークス・ワークショップ(JSW)」だ。戦前のアルファ・ロメオを現代の路上で走らせるために、徹底的なメカニカル・レストアを施す彼らの仕事ぶりは、展示された6Cの細部に宿る「機能美」から十分に見て取れた。

エスプリとキュレーションの妙

また、ユニークな視点で来場者を釘付けにしたのが「ラ・ギャラリー・デ・ダミエ(La Galerie des Damiers)」。OSIシルバーフォックスという、ともすれば歴史の徒花となりかねないプロトタイプをあえて主役に据えるセンスは、フランスのギャラリーらしいエスプリに富んでいる。

そして、「リシャール・ミル(Richard Mille)」のブースは、時計ブランドの枠を超え、ル・マンの歴史を編纂するキュレーターとしての立ち位置を確立していた。

メーカーヘリテージの矜持

もちろん、メーカー公式のヘリテージ部門も負けてはいない。「メルセデス・ベンツ・クラシック」はミッレ・ミリアの実戦参加権という「体験」を付加価値として提示し、「アルファ・ロメオ・クラシケ」は伝説の始祖たる33/2を鎮座させ、自らの血統の正統性を高らかに謳い上げていた。

レトロモビルの原点 —— オイルと埃の匂い

華やかな上層階から降りていくと、空気は少しずつオイルと埃の匂いを帯びてくる。かつてエントランスの顔だった「オートモビリア(のみの市)」やパーツの迷宮は、会場の奥深くへと移動していたが、そこにある熱量は変わらない。

そして、「3万ユーロ以下の販売コーナー」に並ぶジムニーやビアンキーナの周りには、自分の手でステアリングを握る日を夢見る人々の、真剣で幸福な眼差しがあった。

そう、レトロモビルは億単位のビジネスである以前に、車好きたちの情熱の交差点なのだ。

6,000時間の友情 —— 「人生最後の一台」に捧げた5年間

そのことを最も強く教えてくれたのが、あるブースでの出会いだった。

フランスの古い名車、「シュナール・エ・ワルカー」の前で笑う4人の男たち。彼らは有名なレストアラーでも、大富豪のコレクターでもない。かつて自動車修理工場を営んでいたオーナーと、その幼馴染たちだ。

工場を閉め、引退したオーナーが「人生最後の一台」として選んだこの車を、彼らは5年かけて再生させた。木工の経験などない彼らが、トネリコの木を削り出し、複雑なフレームを組み上げる。その作業記録が壁一面に貼られていた。

費やした時間は6,000時間。それは単なる車両修復の記録ではなく、退職後の人生を豊かに彩った、友情のドキュメンタリーそのものだった。

至宝と宝物が等しく称賛される場所

世界最高峰のディーラーが競い合う「至宝」と、幼馴染たちがガレージで磨き上げた「宝物」。その両方が等しく称賛される場所。それこそが50周年を迎えたレトロモビルの正体であり、私たちがパリへ足を運び続ける理由なのだろう。

写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKURAI