京都市に、ミシュランガイドに掲載されたラーメン屋がある。ラーメン店なのにラーメンが最初に出ない店。それが「昆布と麺 喜一」だ。
気になってHPを見てみると、「完全予約制」「一斉提供」「昆布の試飲」という文字が並ぶ。ラーメン店なのに「予約する」、という時点で少し身構えてしまうが、実際に足を運んでみると、その違和感は想像以上だった。
入店から退店まで40分。ラーメン店なんて10分や15分の世界のはずだ。それがまさかの40分である。しかしこの40分は、ラーメンというより滋味深い出汁を堪能する時間だった。
ラーメン屋なのに、全員同時スタート。違和感しかない
「昆布と麺 喜一」は市バス「千本今出川」停留所から数分のところにある。そこの老舗昆布店「五辻の昆布 本店」の2階にお店がある。
指定された時間に店に入ると、席はすでに整えられている。モルタルの壁に外光がたっぷり入る大窓、10席ほどの一枚板のカウンター。インテリアも洗練されている空間だ。時間は11:00、12:00、13:00スタートの3部制。一斉提供なので全員揃うとコースが始まる。
そう、ここはコース提供なのだ。
「並んで食券を買って食べるラーメン」とは、最初から空気が違う。この時点で、ラーメン屋という感覚ではなくなりつつあった。
ラーメン屋なのに昆布のテイスティング。想像以上にウマい
ワイングラスに注がれた黄金色の液体3種。それがコースの始まりに提供される。利尻昆布、真昆布、羅臼昆布。日本でも代表的な昆布出汁の飲み比べだ。
見た目はほとんど同じなのに、口に含むと驚くほど違う。順番に味も色もどんどん濃くなっていくのだが、比べてみるとよくわかる。優しい味わい、深い塩味、海藻の香りが前面に出る味。
正直なところ、専門的な味の表現はできないのだが、「アルコールとノンアルコールくらい違う」と店主が熱弁していたことが腑に落ちる。
「水で取っただけなんですよ」と店主が言っていたが、塩味がしっかりあってこれだけでも十分おいしいことに驚いた。
注がれた昆布だしに酔いしれていると、目の前に、魚の解体ショーのような、台と金の錘が置かれた。おぼろ昆布の手削りを実演してくれるのだ。
おぼろ昆布ととろろ昆布の違いを、店主が詳しく解説してくれた。簡単にいうと、「おぼろ昆布は手削り・とろろ昆布は機械」なのだが、その製法がまったく違う。単純に手の代わりに機械が担うのではなく、削れていく面が異なる。
野菜でもそうだが、繊維に沿わせるか、繊維を横断して切るかではまったく風味や食感が異なる。おぼろととろろは、同じ削られた昆布だが別物なのだ。
そしてこの違いは、この後のラーメンでより一層強まった。
ようやく「らぁめん」 登場
満を持して、今回の主役がやってきた。「昆布らぁめん」だ。
そこに削りたてのおぼろ昆布をトッピング。
見た目からでもわかるかもしれないが、脂だけでなく醤油も使われていないそうで、ブレンドされた昆布に、鰹節や貝などを加えたスープに、国産の若鶏チャーシュー、タケノコがトッピングされているシンプルなラーメンだ。
そういえば、ラーメン屋あるあるの脂の香りも、この店には一切漂っていない。麺も全粒粉麺を使用し、とてもヘルシーな一品だ。ラーメンというより蕎麦やうどんに近いような優しさだ。それでも、物足りなさはない。むしろ、じんわりと広がる旨味が後を引く。五臓六腑に染み込んでいく出汁に、思わず「はぁ~」っと声がもれ出てしまう。
おぼろ昆布ととろろ昆布の違いがはっきりしたのは、溶けてからだ。おぼろ昆布はしっかりと繊維が残っている。だから、食べ進めるにつれて、スープの印象が少しずつ変わっていくのだ。自然な味変。
う、うまい。昆布ってなんと力強いんだと感心してしまう。
「うちは、ラーメン屋ではないんです」
コースの途中で、店の立ち位置が語られる。「うちは、あくまで昆布屋なんです」
創業は1920年。もともとは、地元に根付いた昆布の専門店だという。
明治以降に洋食が広まり、現在へと時代が変わっていく中で、食生活も大きく変わっていき、出汁を取る家庭が減っていった。そんななか、昆布の魅力がどんどん伝わりにくくなっていった。
ラーメンは、昆布の魅力を伝えるための「入口」。まずは興味を持ってもらうために、あえてラーメンという形を選んだのだそうだ。
無駄のない、昆布という食べ物
コースには、出汁を取ったあとの昆布を使った料理としておにぎりと佃煮がつく。おにぎりはスープに浸して食べるのもおいしい。
ハート型に仕上げられた佃煮は、見た目以上にしっかりとした味わいだ。ここで店主が先ほどのおぼろ昆布の話をしてきた。
「手削りで最後に白い部分が残るんですが、あれは何に使われているか知ってますか?」 それは白板昆布というらしく、なんと、鯖寿司の上に載っているあの薄い透明のようなものだったのだ。
出汁殻も含め、昆布は最後まで余すところなく使い切ることができるゼロウェイストな食べ物なのだと、改めて感じた。
価格に驚く、1,152円のラーメンコース
この40分のコースは、1,152円。正直、この内容でこの値段はちょっとおかしい。現在の昆布の値段を鑑みても、この値段は「安い」と感じる。
しかし目的は、利益を最大化することではなく、「昆布の価値を知ってもらうこと」。その姿勢が、コース全体から伝わってくる。
実はコースはこれで終わりではないのだ。
ラーメンのほかに、下の「五辻の昆布」ショップで商品を購入するというところまでが、喜一のコースなのだ。
ここまで昆布について知ってしまうと、正直ほしくてたまらない。私はいそいそとショップで昆布やお菓子、佃煮を買い込み、帰路についた。
ラーメンを入り口に広がる、出汁文化の世界
がっつり系のラーメンを求める人には、上品と感じるかもしれない。しかし、食文化そのものを体験したい人にとっては、価格以上の価値を感じられるだろう。
自宅でもさっそく水出汁を作って、いろんな料理に使っている。かつお、鶏ガラといった動物性の出汁とも昆布は相性がいい。主役にも脇役にもなれる点でも重宝できる。
「市販のラーメンに昆布足すと抜群ですよ」と、うれしいアイデアまで教えてくれたので、近日中に試そうと思っている。
ラーメン屋に行ったつもりが、昆布の見え方が180度変わって帰宅することになった。そんな少し不思議なランチタイムだった。















