
2年ぶりのリーグ制覇に向け、北海道日本ハムファイターズから松本剛、東北楽天ゴールデンイーグルスから則本昂大を獲得した読売ジャイアンツ。覇権奪回へ積極補強を敢行したが、これまでもFAで2人を獲得したことがあった。1994年オフには、かつての巨人キラーとヤクルトの主砲を同時獲得した。[1/6ページ]
ダブル補強の誤算
川口和久・広澤克実
[caption id="attachment_248920" align="alignnone" width="530"] (左から)巨人時代の川口和久、広澤克実(写真:産経新聞社)[/caption]
1994年オフに読売ジャイアンツに入団した2人が、川口和久と広澤克実だ。
川口は広島東洋カープでキャリアをスタートさせ、1983年に15勝。「巨人キラー」としても名を馳せていた。1986年から6年続けて2桁勝利を挙げたほか、最多奪三振のタイトルも3度獲得した。
一方の広澤はヤクルトスワローズ(現:東京ヤクルト)に入団。ルーキーイヤーから毎年2桁本塁打を放ち続け、1988年にはキャリアハイの30本塁打を記録した。
ともにFA権を獲得し、1994年オフに巨人へ加入。翌1995年の巨人は優勝候補と目されていたが、終わってみれば3位に沈んだ。
川口は先発として結果を残せず、リリーフに転向した結果、1996年には29試合で防御率2.95をマーク。一方の広澤は移籍1年目で20本塁打を放つも、成績が安定しない状況だった。
川口は1998年限りで現役を引退し、広澤はその後、阪神タイガースで現役を続行した。
2年ぶりのリーグ制覇に向け、北海道日本ハムファイターズから松本剛、東北楽天ゴールデンイーグルスから則本昂大を獲得した読売ジャイアンツ。覇権奪回へ積極補強を敢行したが、これまでもFAで2人を獲得したことがあった。1999年オフには、投打のスターを獲得している。[2/6ページ]
FAダブル獲得が完璧に機能した年
工藤公康・江藤智
[caption id="attachment_248921" align="alignnone" width="530"] (左から)巨人時代の工藤公康、江藤智(写真:産経新聞社)[/caption]
工藤公康と江藤智は、2000年から読売ジャイアンツの一員として戦った2人だ。
西武ライオンズで幾度となく2桁勝利を達成し、福岡ダイエーホークス(現:ソフトバンク)に移籍した工藤。1999年に2度目のMVPに輝き、巨人のユニフォームに袖を通すことになった。
江藤は高校時代から長打力を高く評価され、広島東洋カープに入団。1993年、95年にホームラン王のタイトルを獲得した。1993年から1999年まで、7年続けて20本塁打以上を放ち続け、FA移籍で巨人に入団した。
工藤は移籍1年目の2000年、12勝をマークして最優秀投手に輝いた。また、江藤は32本塁打をマーク。2人の活躍もあり、同年の巨人はリーグ優勝・日本一を達成した。
その後、工藤は横浜ベイスターズ(現:DeNA)、埼玉西武ライオンズでのプレーを経て引退。江藤も最後は西武に在籍し、プロ通算364本塁打を積み重ねてユニフォームを脱いだ。
2年ぶりのリーグ制覇に向け、北海道日本ハムファイターズから松本剛、東北楽天ゴールデンイーグルスから則本昂大を獲得した読売ジャイアンツ。覇権奪回へ積極補強を敢行したが、これまでもFAで2人を獲得したことがあった。2006年オフには、スラッガーと2桁勝利経験のある右腕を同時獲得した。[3/6ページ]
投打の補強も明暗くっきり
小笠原道大・門倉健
[caption id="attachment_248924" align="alignnone" width="530"] (左から)巨人時代の小笠原道大、門倉健(写真:産経新聞社)[/caption]
リーグ優勝を果たした2007年、新戦力として加わったのが小笠原道大と門倉健である。
小笠原は日本ハムファイターズ(現:北海道日本ハム)で主力に定着し、2002年、2003年に首位打者を獲得。中でも2003年は打率.360と驚異的な数字だった。欠かせない存在として君臨したが、巨人への移籍を決めた。
門倉は中日ドラゴンズで2度の2桁勝利をマーク。その後、大阪近鉄バファローズと横浜ベイスターズ(現:横浜DeNA)でプレーした。2006年オフにFA権を行使し、巨人入団となった。
新天地での活躍を誓った二人だが、2007年の門倉は1勝5敗、防御率5.97と苦戦。ただ、小笠原は打率.313、31本塁打の打棒を見せつけ、リーグ優勝の立役者となった。
翌2008年をもって門倉が退団した一方、2007年から30本塁打以上をマークし続けた小笠原。明暗が別れた二人だった。
2年ぶりのリーグ制覇に向け、北海道日本ハムファイターズから松本剛、東北楽天ゴールデンイーグルスから則本昂大を獲得した読売ジャイアンツ。覇権奪回へ積極補強を敢行したが、これまでもFAで2人を獲得したことがあった。2005年オフのFAで投手をダブル補強したのも、事例の一つだ。[4/6ページ]
同時入団でも分かれた明暗
野口茂樹・豊田清
[caption id="attachment_248923" align="alignnone" width="530"] (左から)巨人時代の野口茂樹、豊田清(写真:産経新聞社)[/caption]
FAで読売ジャイアンツに入団後、明暗が分かれた2人が野口茂樹と豊田清だ。
中日ドラゴンズのエース左腕として活躍した野口茂樹。1998年に14勝、防御率2.34の成績で最優秀防御率のタイトルを獲得した。翌1999年には19勝を挙げる活躍を見せたが、その後は成績が安定せず。2005年オフに巨人移籍となった。
西武ライオンズ(現:埼玉西武)に入団した豊田は先発で活躍したのち、クローザーに転向。2002年には57試合に登板し、防御率0.78と驚異的な活躍を見せた。その後、野口とともに巨人に入団した。
豊田は西武時代と比較するとやや成績を落としたが、移籍1年目から13セーブを記録。対する野口はわずか1試合の登板に終わり、故障者も続出した結果、2006年の巨人は4位に沈んだ。
野口は移籍3年目に戦力外通告を受けた一方、豊田はリリーフでフル回転。2007年からのリーグ3連覇に大きく貢献した。
2年ぶりのリーグ制覇に向け、北海道日本ハムファイターズから松本剛、東北楽天ゴールデンイーグルスから則本昂大を獲得した読売ジャイアンツ。覇権奪回へ積極補強を敢行したが、これまでもFAで2人を獲得したことがあった。2011年オフには、リーグ屈指の打者と投手をダブル補強した。[5/6ページ]
日本一につながったスター同時獲得
村田修一・杉内俊哉
[caption id="attachment_248922" align="alignnone" width="530"] (左から)巨人時代の村田修一、杉内俊哉(写真:産経新聞社)[/caption]
2012年から読売ジャイアンツの一員となった村田修一と杉内俊哉。実力者2人の移籍に、巨人ファンも多くの期待を抱いた。
横浜ベイスターズ(現:横浜DeNA)に入団した村田は、プロ1年目から25本塁打の活躍。2007年に初のホームラン王、翌2008年にはキャリアハイの46本塁打を放ち、2年連続のホームラン王を獲得した。
杉内は福岡ダイエーホークス(現:福岡ソフトバンク)に入団。ソフトバンク時代の2005年に18勝、2010年に16勝を挙げた後、2011年オフに巨人入りを決めた。
移籍1年目から変わらぬピッチングを見せ、ノーヒットノーランも達成した杉内。村田は12本塁打とやや苦しんだが、それでもチームは同年にリーグ優勝・日本一を成し遂げた。
移籍2年目以降は村田も適応力を見せ、打線の中軸としてプレー。ただ、2017年限りで巨人を退団した。
杉内は2012年から3年連続の2桁勝利をマークするも、最後は怪我に苦しみ、2018年に現役を退いた。
2年ぶりのリーグ制覇に向け、北海道日本ハムファイターズから松本剛、東北楽天ゴールデンイーグルスから則本昂大を獲得した読売ジャイアンツ。覇権奪回へ積極補強を敢行したが、これまでもFAで2人を獲得したことがあった。2020年オフには、DeNAから二人の選手を獲得している。[6/6ページ]
ともにDeNAから移籍も成績下降
井納翔一・梶谷隆幸
[caption id="attachment_248919" align="alignnone" width="530"] (左から)巨人時代の井納翔一、梶谷隆幸(写真:産経新聞社)[/caption]
同一球団から2人を獲得した2020年の読売ジャイアンツ。ただ、2人とも抜群のパフォーマンスとは言い難い成績に終わった。
NTT東日本から横浜DeNAベイスターズに入団した井納は、プロ2年目に11勝。低迷が続くチームにおいて希望の星となっていた。ただ、その後は思うように勝ち星を伸ばせず。2020年に6勝をマークすると、FA権を行使して巨人に移籍した。
島根・開星高から入団した梶谷は2013年にブレイクし、同年は夏場以降にホームランを量産した。安定感に欠けるシーズンもありながら、2020年には打率.323を記録し、同年オフに井納とともに巨人への移籍した。
しかし、活躍を期待されたものの、井納の移籍1年目は防御率14.40と大苦戦。梶谷も怪我が続き、満足なパフォーマンスを見せられず、同年の巨人は3位に終わった。
また、井納は移籍2年目で戦力外通告を受け、同年に引退。梶谷は2024年に引退となり、どちらも移籍から5年以内にユニフォームを脱いだ。
【了】