(左から)東北楽天ゴールデンイーグルスの辰己涼介、北海道日本ハムファイターズの藤井秀悟、阪神タイガースの桧山進次郎(写真:産経新聞社)

 

 守備力と走力を武器に球界屈指の中堅手として評価され、FA市場でも主役級と見られた外野手。だが、直近シーズンの打撃低迷と補強事情などが重なり、移籍先が決まらず。最終的に残留を選んだ。[1/6ページ]

主役級FAの誤算

辰己涼介

 

 

 

・投打:右投左打

・身長/体重:180cm/74kg

・生年月日:1996年12月27日

・経歴:社高 - 立命館大

・ドラフト:2018年ドラフト1位(楽天)

 

 国内FA権を行使し、FA市場の中心選手と目された辰己涼介。しかし、同ポジションの松本剛、桑原将志が移籍先を決める中、獲得オファーは届かず。残留を決断した。

 

 立命館大から2018年ドラフト1位で東北楽天ゴールデンイーグルスに入団。ルーキーイヤーから一軍に定着し、124試合に出場した。

 

 打撃面が課題となっていたが、プロ3年目の2021年には2桁本塁打を記録。

 

 

 

 さらに、2024年は143試合出場で打率.294、158安打、7本塁打、58打点、20盗塁の好成績をマーク。初の打撃タイトルとなる最多安打、ベストナイン、ゴールデングラブ賞に輝いた。

 

 しかし、昨季は打撃不振による二軍落ちを経験し、114試合の出場で打率.240、7本塁打、32打点、20盗塁の数字に。

 

 5年連続でのゴールデングラブ賞こそ死守したが、打撃面で数字を落とした。

 

 ポスティングシステムによるメジャー挑戦が取り沙汰されていたが、今オフは国内FA権を行使。思うように去就が決まらず、最終的に残留が決まった。

 首位打者や新人王に輝いた実績を持ちながら、年齢や起用法の変化で評価が揺れた外野手。1度目のFAは不発に終わったが、その後に巻き返して再挑戦し、最終的に移籍を実現させた。[2/6ページ]

 

FA不発からの再挑戦

金城龍彦

[caption id="attachment_248432" align="aligncenter" width="530"] 横浜DeNAベイスターズの金城龍彦(写真:産経新聞社)[/caption]

 

 

 

・投打:右投両打

・身長/体重:177cm/82kg

・生年月日:1976年7月27日

・経歴:近大付高 - 住友金属

・ドラフト:1998年ドラフト5位(横浜)

 

 1度目のFA宣言はオファーが届かず、不発に終わった金城龍彦。2014年オフに2度目のFA権を行使し、読売ジャイアンツへの移籍を果たした。

 

 住友金属時代には投手として活躍したが、横浜ベイスターズ(現DeNA)への入団時に野手へ転向。

 

 プロ2年目の2000年に打率.346、3本塁打、36打点と大ブレイクを遂げ、首位打者と新人王に輝いた。

 

 

 

 2003年に自己最多の16本塁打を放つと、同年から5年連続で2桁本塁打を記録。2005年、2007年にはゴールデングラブ賞にも選出された。

 

 しかし、2010年は先発出場の機会を減らし、96試合の出場で打率.208と低迷。34歳を迎えた同年オフに国内FA権を行使したが、獲得球団は現れずにチーム残留となった。

 

 その後は巻き返し、3年連続で100試合以上に出場。2014年オフに今度は海外FA権を行使すると、読売ジャイアンツからオファーが届き、移籍を決断した。

 

 だが、移籍初年度は36試合の出場にとどまり、同年限りで現役を引退することとなった。

 複数ポジションをこなすユーティリティーとして重宝されたが、スタメンの機会を求めてFA宣言。年齢と役割の限定性が壁となりオファーが届かず、最終的に入団テストを経て新天地入りをつかんだ。[3/6ページ]

 

ユーティリティーへの厳しさ

木村昇吾

[caption id="attachment_180956" align="aligncenter" width="530"] 広島時代の木村昇吾(写真:産経新聞社)[/caption]

 

 

 

・投打:右投左打

・身長/体重:183cm/78kg

・生年月日:1980年4月16日

・経歴:尽誠学園高 - 愛知学院大

・ドラフト:2002年ドラフト11巡目(横浜)

 

 2015年オフにFA権を行使するも、当時はFA宣言後の残留が認められておらず、所属球団なしの危機に見舞われた木村昇吾。異例の入団テストを経て、移籍先が決まった。

 

 2002年ドラフト11巡目で横浜ベイスターズ(現DeNA)に入団。しかし、目立つ結果を残せないまま、2007年オフに広島東洋カープにトレード移籍となった。

 

 新天地では、内外野の複数ポジションをこなして出場機会が増加。2010年には打率.324(規定未満)をマークするなど、バットでも存在感を発揮した。

 

 

 

 翌2011年には自己最多の106試合に出場し、打率.259(規定未満)、17打点、37犠打といぶし銀の活躍を見せた。

 

 ユーティリティープレーヤーとして貴重な存在だったが、スタメン出場の機会を求め、2015年オフにFA宣言。

 

 人的補償が不要なCランクだったものの、35歳という年齢もあり、他球団からのオファーは届かなかった。

 

 去就が注目された中、最終的に埼玉西武ライオンズの入団テストを経て、加入が決定。2年間プレーしたのち、クリケット選手に転身した。

 主軸打者としてチームを支える一方、編成の変化で立場が揺れたタイミングでFA権を行使。結果的に他球団のオファーは届かず残留となったが、その後も結果を残し、チームの躍進に大きく貢献した。[4/6ページ]

 

主軸打者は残留が転機に

桧山進次郎

[caption id="attachment_171707" align="aligncenter" width="530"] 阪神時代の桧山進次郎(写真:産経新聞社)[/caption]

 

 

 

・投打:右投左打

・身長/体重:177cm/78kg

・生年月日:1969年7月1日

・経歴:平安高 - 東洋大

・ドラフト:1991年ドラフト4位(阪神)

 

 2002年オフにFA権を行使するも、オファーなしで残留となった桧山進次郎。だが、その後に2度のリーグ優勝に貢献するなど、キャリアが好転することとなった。

 

 東洋大から1991年ドラフト4位で阪神タイガースに入団すると、プロ4年目の1995年に外野のレギュラーに定着。

 

 翌1996年から2年連続で20本塁打をクリアするなど、主軸として打線を牽引した。

 

 

 

 そんな中、2002年オフに同じ外野手の金本知憲が加入することが決まり、FA権を行使。しかし、他球団からのオファーは届かず、星野仙一監督の慰留もあって阪神に残留した。

 

 翌2003年は4番打者として打率.278、16本塁打、63打点をマークし、リーグ優勝に貢献。さらに、2005年にもリーグ制覇を果たした。

 

 その後はスタメン出場の機会を減らしたが、晩年は“代打の神様“として存在感を発揮。

 

 2013年限りで現役引退を決断し、阪神一筋でキャリアを終えた。

 最多勝の実績を持つ左腕がFA宣言したものの、獲得球団が現れず所属先未定の状態に。再契約も難航し、条件面でも厳しい状況で新天地を探すこととなり、結果的に他球団で再出発した。[5/6ページ]

 

FAで宙に浮いた左腕

藤井秀悟

[caption id="attachment_248228" align="aligncenter" width="530"] 北海道日本ハムファイターズの藤井秀悟(写真:産経新聞社)[/caption]

 

 

 

・投打:左投左打

・身長/体重:175cm/86kg

・生年月日:1977年5月12日

・経歴:今治西高 - 早稲田大

・ドラフト:1999年ドラフト2位(ヤクルト)

 

 2009年にFA宣言したものの、獲得球団が現れず、一時は所属先なしの危機に陥った藤井秀悟。まさかの年俸ダウンで新天地に移ることになった。

 

 早稲田大から1999年ドラフト2位でヤクルトスワローズに入団。プロ2年目の2001年には27試合(173回1/3)を投げ、14勝8敗、防御率3.17をマークし。最多勝に輝いた。

 

 その後も先発として一定の結果を残していたが、2007年オフに6人が絡む大型トレードで、北海道日本ハムファイターズに移籍。

 

 

 

 2009年には22試合の登板で7勝5敗、防御率3.53をマーク。同年オフに国内FA権を行使した。

 

 しかし、獲得オファーが届かず、日本ハムも再契約を否定。所属先未定の状態が続いたが、最終的に読売ジャイアンツへの加入が決まった。

 

 巨人初年度には7勝を挙げたが、翌2011年はわずか1試合の登板に。同年オフには村田修一の人的補償として、横浜DeNAベイスターズに移籍となった。

 

 2013年には開幕投手に抜擢されるなど存在感を示したが、翌2014年にはまさかの一軍登板なし。オフに戦力外通告を受け、現役を引退した。

 先発として確かな実績を残しながら、登板機会を求めてFA宣言した右腕。だが年齢や補償負担がネックとなり市場評価が伸びず、獲得球団は現れなかった。結果として残留し、再起を期す展開となった。[6/6ページ]

 

補償と年齢の壁

東浜巨

 

 

 

・投打:右投右打

・身長/体重:183cm/84kg

・生年月日:1990年6月20日

・経歴:沖縄尚学高 - 亜細亜大

・ドラフト:2012年ドラフト1位(ソフトバンク)

 

 一軍での登板機会を求め、FA権を行使した東浜巨。人的補償や年齢がネックとなってオファーが届かず、やむなく残留に至った。

 

 沖縄尚学高時代には、3年春の甲子園で優勝投手に。亜細亜大でも着実に実績を積み、迎えたドラフト会議では、3球団が1位指名。競合の末に福岡ソフトバンクホークスへの入団が決まった。

 

 プロ4年目の2016年に先発として頭角を現すと、翌2017年には24試合(160回)を投げ、16勝5敗、防御率2.64をマークし、最多勝に輝いた。

 

 

 

 故障に悩まされるシーズンも目立ったが、2022年にはノーヒットノーランを達成し、自身2度目の2桁勝利をマーク。

 

 だが、その後は激しい競争を強いられ、2024年は7試合登板で4勝2敗、防御率2.51と出番が減少。

 

 同年オフには35歳ながら勝負をかけ、国内FA権を行使した。

 

 しかし、獲得球団は現れず、残留を決断。ソフトバンクは、エース格の有原航平が北海道日本ハムファイターズに移籍しただけに、東浜にもチャンスが巡ってきそうだ。

 

 

【了】