Visaは、シンガポールで開幕した決済・金融の祭典「Singapore Fintech Festival (SFF) 2025」の会場で、AIエージェントを活用したeコマースの新たな取り組みとして「エージェンティックコマース」の提供を、2026年の早期にアジア太平洋地域で試験的に開始すると明らかにした。
エージェントAIが自律的に動作し、利用者にとっても加盟店にとっても、安全で信頼性の高い購買行動が可能になるとしており、「Visa Intelligent Commerce(VIC)」と名付けられたソリューションと、その基盤としての「Trusted Agent Protocol(TAP)」が用意される。これにより、ユーザーが希望した商品をエージェントが自律的に購入してくれる、新たな体験が提供される。
さらに、「Visa Scan To Pay」としてQRコード決済の越境利用を可能にするサービスも提供に向けた取り組みを開始。デモでは、シンガポールのQRコード決済アプリで、香港のQRコードを読み取って支払いをするという様子が披露され、VisaのネットワークにQRコード決済を取り込もうとしている。
同社の発表によれば、このScan To Payの提供にあたってはSamsungの決済アプリ「Samsung Wallet」と連携することが明らかにされている。
AIエージェントの買い物体験を実現するVisa
今回のSFF 2025では、全体としても「エージェンティックコマース」が1つのテーマとなっていた。単なる生成AIの話題から発展し、エージェントAIが購買を代わりに行うというソリューションへの取り組みが加速しており、VisaやMastercardなどが注力している。
会場で開催されたプレスカンファレンスでVisaのアジア太平洋地域リージョナルプレジデントであるStephen Karpin氏は、まずは過去を振り返り、1991年、映画『ターミネーター2』と同じ年にインターネットが登場し、「初の完全CGアニメーション映画」という『トイ・ストーリー』と同じ1995年にはAmazonがオンライン書店としてeコマースに参入した。
2005年にはYouTubeが登場してユーザー作成コンテンツ(UGC)の時代が到来。「決済の観点では、この時期にVisaカードでタッチ決済ができるようになった」とKarpin氏は話す。20年が経過して世界中でタッチ決済が使われ、「特にシンガポールでは、対面取引の99%がタッチ決済」(Karpin氏)。Karpin氏によれば、アジア太平洋地域全体では、取引の3分の2以上がタッチ決済で占められているという。
2015年には『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』が公開されたが、「決済の世界では、私たちが未来に向けて非常に重要かつ根本的なことを行った」とKarpin氏は言う。Apple Pay、Google Pay、Samsung Payといったスマートフォン決済において、トークナイゼーション技術が提供されたことだ。「これは決済イノベーションにおける極めて重要な一歩」とKarpin氏は強調する。
Karpin氏によれば、Visaネットワーク上で発行されたトークンは世界で160億を超えており、そのうち19億がアジア太平洋地域だという。この数は12カ月前から9億も増えているそうだ。アジア太平洋地域のトークン発行量は世界的に見れば多くはないが、「急激に成長している」市場という位置づけだ。
Visaによれば、過去1年間で、AIが小売のサイトへ誘導したトラフィックは4700%以上に急増した。AIを使用して買い物をした利用者の85%が、ショッピング体験が向上したと答えたとのことで、こうしたAIによる購買体験をさらに進化させるのがVICの狙いだ。
VICは、Visaのクレデンシャル(認証情報)を安全で正確な方法によってエージェントに手渡す技術とされる。トークナイゼーション技術を活用し、信頼できる生成AIのチャットボットがVisaの認証を行えるようになる。
Visaのアジア太平洋地域でプロダクトとソリューションの責任者を務めるT.R. Ramachandran氏は、Amazonの成功は宅配とオンライン決済という要素を組み合わせたものだと指摘。アジア太平洋地域でのオンライン決済が、決済総額の51%に達して半分を超えるまでに成長したと強調し、エージェンティックコマースがこれをさらに加速すると話した。
エージェンティックコマースの文脈においては、「エージェントが暴走したらどうするのか」、「悪意のあるボットはどうするのか」、「自分の情報は安全なのか」といった懸念が必ずついて回る、とRamachandran氏。従来の決済エコシステムにおいては、従来のユーザーや加盟店、決済事業者といった関係者に加えて、「プラットフォーム」と「エージェント」が新たに加わる。「エージェントは顧客の代理、銀行の代理として動作し、加盟店はそのエージェントを認識しなければならない」とRamachandran氏は言う。
現在、Google検索だけでなくChatGPTの検索でも、「10ドル以下で最高のハイキングソックスを見つけて」と頼むと、商品のリストを提示してくれる。実際、VisaによればAIがコマースへと誘導したトラフィックは、過去1年間で4700%以上という急激な増加をしているという。
ただ、AIに「この商品を購入して」と指示しても購入はできない。「発見し、選択し、閲覧することはできても、決済を完了することはできない」(Ramachandran氏)。これは、ChatGPTは決済用のクレジットカード情報を把握していないし、決済するための権限を持っていないからだ。
これを実現するのがエージェンティックコマースであり、それを実現するVisaのソリューションがVIC(Visa Intelligent Commerce)となる。VICが実現するエージェンティックコマースでは、「ユーザーによって権限を与えられたデジタルエージェントが、取引や支払いを行う世界」だとKarpin氏は説明する。「これは世界中のコマースとそれを支える決済を変革する」(Karpin氏)。
VICが支える技術の1つがトークナイゼーション。カード情報を異なる番号などに変換することで、データが漏えいしてもそのデータは価値のないものになって安全に利用できるというもので、このトークナイゼーションは、Visa Intelligent Commerce(VIC)を支える基盤技術の1つとなっている。
2つめが認証機能で、ここで採用されているのがパスキーだ。現状、「ワンタイムパスワードによる認証は機能していない」とRamachandran氏。その代わりにVisa Payment Passkeyが、カードを利用しようとしている人が本人かどうかをより確実に認証できる。
3つめはパーソナライゼーションで、利用者が明示的に同意したら、Visaのデータから過去の購買履歴、搭乗したフライト、食料品の購入などの情報がエージェントに提供される。例えば海外旅行であれば高級レストランを予約するか、アクティビティは予約するか、といった普段の目的に応じた提案、購入ができるようになる。
4つめが決済指示。これは、エージェントAIがまとめた購買リストに対して、顧客が決済の指示を出す。海外旅行であれば、フライト、ホテル、現地のレストラン予約、アクティビティ予約などが設定され、ユーザーに提案される。OKを出せば、エージェントはそれぞれの購入を実際に進める。
5つめが決済シグナルで、購入の取引が完了した後に、エージェントがSKUレベルの詳細なデータを共有する。例えば「ユニクロで午前11時半にサイズ8の白いハイキングソックスを購入した」というデータが共有されることで、トラブル時のチャージバックや紛争処理に利用できる。エージェントが、こうした決済データをきちんと共有することが重要となる。
これらに加えて、もう一つの中心的な役割を果たすのが「TAP(Trusted Agent Protocol)」だ。加盟店にとって、AIエージェントからのアクセスや取引行動は、非常に紛らわしく怪しい。機械的なアクセスなので人間ではないし、それが実際に悪意のあるボットなのか正式な依頼を受けたエージェントなのか、区別がつかないからだ。
これを解消するのがTAPで、これはAIエージェントのトラフィックが正当な購買行動で、信頼されたエージェントであることを加盟店に示して、検証できるようにする。悪意のあるボットが偽の注文をしたり、過剰な注文をしたりといった不正行為を避けられるようになるという。
Visaは、TAPの導入は加盟店側のシステムを大幅に変更する必要がなく、オープンでローコードなソリューションであるとしており、加盟店はAIエージェントによる購入を、人間の購買行動と同様の信頼性を持って扱える、という。
アジア太平洋地域でVisaは、Ant International、LG Uplus、Microsoft、Perplexity、Stripe、TencentなどのFinTechなどの関連企業と協力して実用化に向けて取り組んでいる。各国の規制やエコシステムの準備を踏まえて、2026年初頭までにはVICのパイロット提供を開始したい考えだ。
なお、こうした取り組みはMastercardもSFFの会場で披露しており、AIエージェントによるエージェンティックコマースの登場が近づきつつあるようだ。
コード決済をVisaネットワークで
Visa Scan To Payは、Visaの提供するクレジットカードのネットワークを使ってQRコード決済をグローバルで使えるようにするというもの。現在、QRコード決済はそれぞれ独自の決済ネットワークを使っているため、自社の加盟店でしか使えない。
それに対して、例えば中国Alipayは複数のコード決済を利用できるネットワークを提供。日本のPayPay加盟店でAlipayだけでなく他の国のコード決済が利用できる。最近は韓国でPayPayが使えるようになったのも、このAlipay+のネットワークを活用したためだ。
これに対してVisaのネットワークを使ってコード決済を可能にしようというのがVisa Scan To Payだ。コード決済が日本や韓国を含むアジア圏が中心のサービスだが、Visaもコード決済の拡大に対応する必要を感じたのだろう。すでにVisaは、コード決済アプリからバーチャルカードを発行し、残高を使ってVisaの加盟店で支払えるVisa Payを提供しているが、この一環として、コード決済のネットワークとVisaネットワークの接続を可能にした。
Visa Payの場合、クレジットカードのタッチ決済と同様に使えるため、同社では特に交通機関での利用に便利とアピール。すでに日本でも拡大してきているタッチ決済乗車は、東南アジア各国でも広がっており、この機能を使うことで、クレジットカードを持たないコード決済ユーザーも、タッチ決済乗車が可能になる。
それに対してScan To Payは、コード決済アプリで店頭のQRコードを読み取って決済するが、この時にVisaネットワークを介することで、国外でもそのまま普段のコード決済アプリを使える。これによって同社は、「タッチ決済が一般的な場所ではタッチを、コード決済が主流ならQRコードを使う」という体験を実現したい考え。
Scan To Payの場合、VisaはシンガポールのFOMO Pay、香港のOpenRice、ベトナムのVNPAY・NexPay、中国のLakalaらと提携。現地のコード決済プロバイダーと接続するQRコネクターによって、各国のコード決済との接続を可能にする。
対応するウォレットアプリとしては、台湾LINE Pay、ベトナムVNPT Money、韓国Woori Card・Hyundai Card、そしてアジア太平洋地域ではSamsung Walletが対応する。特にSamsung Walletは日本でも提供されているので、日本提供の期待も高まる。Visaでは、「複数の市場でScan to Payを実現するよう提携しているが、Scan To Pay機能は日本およびその他の市場ではまだリリースされておらず、現在開発中」としている。
コード決済の越境利用では、各国の統一QRを接続しようという取り組みがあり、日本ではJPQR Globalがまずはインバウンドの受け入れを開始。Alipay+も各国で相互乗り入れを開始しており、日本ではインバウンドに加え、韓国でPayPayが使えるようになった。
ここにVisaが参入した形で、今後、コード決済の越境利用がどのように推進されるか、今後の動向が注目される。
ステーブルコインも取り込み、全方位で決済ネットワークを展開するVisa
Visaはさらに、「お金の移動」という点からステーブルコインにも関心を寄せる。ステーブルコインにおける安定性、透明性、スピードといったブロックチェーンによる利点を生かして、クロスボーダーの決済における課題を解消することが目標だ。
新たな取り組みとしては「Visa Direct Stablecoin Payouts Pilot」がスタート。企業やプラットフォームが、相手先のステーブルコインウォレットに、USDCなどの米ドル裏付け型のステーブルコインで直接支払いをするというもの。例えばクリエイター、スポットワークなどの報酬を支払う際に、法定通貨の代わりにステーブルコインを使うなど、日本で言えばデジタル給与払いと同様の使い方となる。
大きな違いは、世界中のどの受取人に対してもすぐに送金できるという点だ。さらにステーブルコインウォレットでVisaのクレデンシャルを組み込むことで、ステーブルコインの「出口」としてVisaが対応できるようにしていきたい考え。すでに、ステーブルコイン対応カードは130を超え、これらのカードでの購入量が1年間で4倍に増加。精算においても月間約25億ドルのステーブルコインが使われているそうだ。
Visaは、国際ネットワークによって決済のサービスをグローバルで展開するハイパースケーラーとして、さらにその手を広げていく。そんな狙いが明確化されたのが、今回のSFF 2025だった。AIエージェントによるエージェンティックコマースでは「人間以外」にクレデンシャルを与えて購買体験を一新し、QRコード決済やステーブルコインも取り込んで、決済にまつわるネットワークを一手に担おうとするのがVisaの戦略と言えそうだ。























