
シーズンの大半をファームで過ごしたプロ18年目の今季、伊藤光はかつての仲間たちが必死にもがく姿を胸に刻んだ。残された現役生活が決して長くないことを伊藤は自覚しながらも、残された時間をどう過ごしていくのか。今季終了後に紡いだ言葉から、伊藤の生きざまが浮き彫りになる。(取材・文:石塚隆)【取材日:11月2日】
プロフィール:伊藤光(いとう・ひかる)
身長/体重:180cm/88kg
出身:愛知県
明徳義塾高校出身で、2007年高校生ドラフト3位でオリックス・バファローズに入団。14年にはゴールデングラブ賞とベストナインにダブル選出。18年途中にトレードで横浜DeNAベイスターズに入団し、36歳となったプロ18年目の今季終了後、FA権を行使した。
一軍で結果を残せず「受け入れるのが、とにかく悔しかった」
極端な言い方になってしまうが、プロ野球選手たるもの、やはり一軍で活躍しなければ存在意義はない。オリックス・バファローズ時代に20代前半で捕手として台頭し、さらにその後は出場機会を求めて内野手にチャレンジするなど、一軍にいる価値を、そしてチームの中心で戦う意味を、伊藤光はよく知っている。
だからこそ今季、6月18日に一軍に初昇格し、無安打に終わり結果を残せず2週間で再びファームに戻ることになってしまったことに、色濃い悔しさ滲ませる。
「一軍登録されたときは、やっとチャンスが来たと思いました。チャンスだけれども、代打で出場する可能性が高く、一発勝負になると思いファームで準備をしてきました。しかし厳しいゲーム状況であることを想定したり、代打の難しさなど学んできたつもりだったのですが、結果を出すことはできませんでした……。いくら準備を重ねても、結果がすべての世界。結果が出なかった悔しさに加え、自分のそれまでしてきた準備はこんなもんだったのかと受け入れるのが、とにかく悔しかったですね」
眉間に皺を寄せて伊藤は言った。目に見える結果を残さなければ認められない世界。努力が報われないときほど強い徒労感が襲ってくる。プロになって18年目、どんなときであっても試されてきた。そこに年齢も立場も関係ない。そんな会話をしていると伊藤は少しだけかぶりを振った。
「まあ関係はないんですけど、若い有望な選手は魅力があるし、そっちが優先されることを、僕も若いときに経験しています。だから年齢は関係ないとはいえ、年齢は関係あるなと今この立場になると感じますね」
確かに同等の能力がある若手とベテランがいたとしたら、首脳陣は若手をチョイスするケースが多いだろう。
「それは僕も思っていますし、いかにしてそこに打ち勝つかが今シーズンのテーマでもあったんです。しかし今季の成績では、まったくできなかったというのが正直なところですね。ただその後、ファームに行ったときもしっかりと切り替えて、自分がやるべきことに取り組むことができました」
飽くなき、野球が上手くなりたい、一軍で戦いたいという純粋な気持ち。残念ながら伊藤はその後、一軍から声が掛かることがなかったが、不本意ながらファームに身を置いたからこそ実現した忘れられない瞬間もあった。
2人の盟友との対戦「必死にもがいている彼らの姿というのは格好いい」
それは同学年で、DeNAのチームメイトだった田中健二朗(くふうハヤテ)と三上朋也(オイシックス新潟)と、最後の対戦ができたことだ。同じ1989年生まれの気の置けない仲間たち。二人とも今季限りで現役引退をしており、田中も三上も「最後に光と対戦できてよかった」と、うれしそうに語っている。
田中とは7月8日の試合(静岡)で対戦すると遊ゴロに切って取られ、三上とは8月31日の試合(横須賀)で対戦し、伊藤が四球を選んでいる。
「健二朗は、まだ支配下登録期限の前で、元気にやっているなと思って対戦を純粋に楽しみましたね。三上の場合は引退が決まっていて、最後だけど遠慮はいらないよと話してくれたので、ぶち込んでやろうかと思ったんですよ。けど三上の制球が悪くて、スイングもできないままフォアボールになっちゃったんです(笑)。まあ、それもいいかなって」
そう言うと伊藤は優しい表情を見せた。
「二人に対しては正直、まあ寂しいというのが一番ですよね。ただベイスターズを出て、必死にもがいている彼らの姿というのは格好いいなと思ったし、その姿勢が一番大事だなって改めて学ばせてもらいました。二人とは『簡単に辞めてしまっては次なにをやるのにも生きないよね』なんて話もしていて、僕も感じるものがありました。まあ、ファームにいてはダメだとは思いますが、それでも対戦できた巡り合わせというものに縁を感じましたね」
そしてもうひとつ忘れられないのが、9月23日、森唯斗の横須賀スタジアムでの現役ラストピッチングでバッテリーを組んだことだ。
「本当に泣きそうだった」「いくらでも食らいついていける覚悟がある」
[caption id="attachment_239471" align="alignnone" width="530"] 横浜DeNAベイスターズの伊藤光(写真:編集部)[/caption]
「唯斗は2歳下なんですけど、とにかく自分より若い選手が引退するっていうのが一番つらいというか、バッテリーを組むキャッチャーとしてもっとしてあげられることがあったんじゃないかと思ってしまうんです。それに唯斗と僕は、パ・リーグ出身で何度も痺れる場面で対戦してきた思いみたいのもあるんです。それが最後、勝つためにバッテリーを組んで終わるっていうことに不思議な縁を感じたし、プレー中は本当に泣きそうだったんですよ。なんとか最後勝ちを付けてあげたいと思って、かなり感情の入った試合になりましたね」
森は、8安打を浴びながらも7回1/3を投げ、1失点の好投を見せた。残念ながら勝ちは付かなかったものの、気合いと老獪さをあわせ持つベテランバッテリーのコンビネーションは見事なものだった。
「試合中、唯斗にマウンドに行って言ったんですよ。『おい、これ引退する奴のピッチングじゃねえぞ!』って。まあでも本人が決めたことですからね……」
視線を遠くにし、伊藤は寂しそうに言った。
田中にしても三上にしても森にしても、一旦はチームを自由契約となり、それでも諦めず食らいつき新天地で足を必死にかいてきた。そんな姿が伊藤の胸には刻み込まれている。
「僕もそうありたいと思いますし、何でそれができるかっていうと、結局、野球が好きなんですよ。基本は、小さいときに野球を始めて楽しかった思いのまま。今、どんな立場であれ、やっぱり野球が好きだなって思いますからね」
そう言うと、伊藤は目尻に深い皺を刻んだ。思えば、プロとて野球を始めた少年時代の楽しさが常に核としてあり、歳を取ることでそれに枝葉が伸びただけなのかもしれない。そう伝えると、伊藤は頷いた。
「本当に僕は、小さいときからプロ野球選手になりたかったんです。まだこの世界にいれるありがたみというか、幸せだなって感じているんです。今年はパッと見、僕という選手を捉えれば、しんどい1年だったと思うんです。けれどもまだプレーできているし、この憧れだった世界にいられることを考えれば、いくらでも食らいついていける覚悟があるんですよ」
これが伊藤光の生きざまだ。「キャッチャーのやりがいをやっと感じられるようになったのかな」
振り返れば高卒でプロになり今年で18年目、36年間の人生の半分をプロ野球選手として過ごしている。
「長い現役生活になりましたが、ただ僕が想い描いていた18年間じゃないし、悔しさの方が強いので、やっぱりまだまだ食らいついていこうという気持ちですね」
野球道を邁進すること。それが伊藤の生きざまだ。ここまで長年キャリアを重ねてきたことで、好きだという核があるにせよ、なにか野球観のようなものに変化や成熟などはあるのだろうか。伊藤はしばらく考えると、次のように答えた。
「レギュラーを獲りたかった頃って、自分のことばかり考えるじゃないですか。でもある程度中心選手としてやっていくと、今度はチームの考えるようになる。今、自分のこともチームのことも見なきゃいけない年齢と立場になり、役割を果たすことで、キャッチャーとしてのやりがいというものを、やっと感じられるようになったのかなって」
18年目にして、ようやくキャッチャーの“一丁目一番地”に立てたと伊藤は実感している。
「例えば一言、ポンってアドバイスをすると、投手が変わる姿を見たり、そういう経験を重ねて、自分でも人を生かせるんだなと感じるようになって、そういう意味では、いい18年間を過ごせているのかなって。今シーズンは一軍で結果を出せませんでしたが、キャッチャーというポジションの奥深さをようやくわかり始めたような気がします」
伊藤の目は好奇心で輝いていた。キャッチャーの面白さと醍醐味はこれからだ、いった風情を漂わせて――。
この話を聞いた10日後、伊藤はFA権を行使した。携わった多くの投手が、その知識量と引き出しの多さに感服する“ザ・キャッチャー”。決して先の長くはない野球人生に対し納得するために、もがきながらも生涯一捕手として今日も野球を愛し生きていく。
(取材・文:石塚隆)
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