2025年11月4日に発売された『将棋世界2025年12月号』(発行=日本将棋連盟、販売=マイナビ出版)は、第38期竜王戦七番勝負(藤井聡太竜王vs佐々木勇気八段)の第1局観戦記「完敗だったけれど」など、読み応えのある記事を掲載しています。本稿では当記事より、一部を抜粋してお送りします。

「完敗だったけれど」 第38期竜王戦七番勝負開幕 

藤井竜王の5連覇による永世竜王達成なるか、それとも佐々木八段の初載冠なるか――注目の七番勝負が開幕。 敗れた佐々木八段が、後日語った言葉を軸に、第1局の観戦記をお届けします。

  • 【写真】日本将棋連盟 『将棋世界2025年12月号』より

    【写真】日本将棋連盟

(以下抜粋)

終局直後とは全く違う声色だった。

大事な開幕戦で後手番になり、横歩取りに誘導した挑戦者の佐々木。だが序盤でうまい構想を見せられずに作戦負けし、力を発揮することなく敗れてしまった。

終局時刻は午後4時21分。熱戦ならもっと遅い時間になるものだ。感想戦前のフラッシュインタビューで、7年ぶりの横歩取り採用について理由を聞かれた佐々木は「藤井さんにはいろいろな戦型を試しているが、横歩取りは指したことがなかったので」と消え入りそうな声で話した。普段と違って声に覇気がない。それだけ自身のパフォーマンスに失望していたのだろう。

だが検討を進めていくうちに笑顔も出始め、観戦記者に顔を向けて丁寧に説明するいつものスタイルが見られるようになった。

感想戦は30分ほどで終了。先に竜王の藤井が席を立ち、橋掛かりをゆったりと通って能楽堂から去っていく。次は佐々木の番かと思いきや、どっかりと座布団に腰を落としたままで動かない。しばらく盤を眺めたあと、副立会人の増田康宏八段と会話を続けた。「(高橋佑が)絶好調のときですよね」と呟き、「勝ったことへのやり取りは本人とした記憶があるけど、内容までは覚えてない」と朗らかに嘆いた。本局の序盤の前例が、佐々木と親しい高橋佑二郎四段のもので、それを失念していたことをボヤき続けたのだ。

能楽堂には150人ものファンが挑戦者の様子に見入っている。それでも佐々木は肩をガックリと落として脇息に突っ伏すようなしぐさを見せた。見所からは明るい笑いが起こる。佐々木はまたしばらく盤を見つめ、ようやく立ち上がった。見所のファンにペコリと一礼をして、橋掛かりへ向かう。大きな拍手の中、佐々木は能舞台から消えていった。将棋は完敗だったが、華のある立ち居振る舞いだった。

(中略)

意表の横歩取り

佐々木が公式戦で横歩取りを採用するのは7年ぶりになる。どういう意図があったのだろうか。改めて後日に尋ねたところ、「そもそも戦型選択で迷っていました。ただ藤井さんと横歩取りを指したことがなかったのが大きかったです。もっと早めに決めればたくさん研究できたんですけど、第1局は先後がわからないですからね」と述懐する。藤井は「戦型はどれもありえるのかなと考えてはいた」と語っている。

佐々木の誤算

(中略) ところがこの目論見はあっさりと崩れてしまう。☗9六歩が佐々木がイメージしていなかった手だ。「☗8七歩と打ってくれると思ったんですけど、打ってくれないんですね。☗9六歩はちょっと漠然とした手なので、研究しにくいんですよ。☗9六歩に対する一例が全然出てこなかったので、一から考えることになったのが痛かった」と振り返る。

だがこの9筋を突いた局面は前例が3局あり、佐々木の盟友の高橋佑二郎四段が今年7月にC級2組順位戦で指していた。それを聞いた佐々木が愕然としていたのが、冒頭で記した感想戦後のシーンである。

(中略)

試行錯誤

後日、佐々木は「前例を知らなかったのはひどかったですが、思った以上に自分が弱かった」と厳しく斬った。

弱い、という言葉は取材でめったに聞くことがない。それだけ棋士にとってはセンシティブなものである。私が黙っていると、佐々木は前期のシリーズについて話し始めた。

「去年は研究では勝てたんですけど、自力の局面になったとたんに崩れてしまいました。終盤まで競ったのが、角交換振り飛車を採用した第3局くらいでした。だから藤井さんに勝つためには、研究だけではなくて未知の局面での対応力を上げなくてはいけないと思ったんです」

佐々木は挑戦権を獲得してから、その対策を始めていた。公式戦で力戦形を増やして、経験したことのない局面と頻繁に巡り合うようにしていたのだ。

「9月の公式戦では力戦形を戦い抜いてきたつもりです。先手番でも定跡形にせず、わずかな利を放棄してあえて互角から始める意識で指していました。本局の直近の王将リーグの永瀬戦は負けてしまったけど、未知の局面で考えた手順がうまくいって自信になりました。だから横歩取りになって☗3六飛と引かれて一局の将棋になっても何とかなると思っていたんですけど、甘かったですね」と悔やむ。それで「思った以上に自分が弱かった」という言葉が出たのだ。

だが、まだ勝負は始まったばかりだ。「本当は先手が欲しかったけど、開幕戦の自分のデキを見る限り、実際は後手でよかったと思います。先手を確実に取って後手番のどこかでブレイクするのがプランですが、それはまだ残っていますから」と佐々木は最後に明るい声を出した。

(第38期竜王戦七番勝負 藤井聡太竜王VS佐々木勇気八段 第1局「完敗だったけれど」記/大川慎太郎)

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ほかにも、
・秘策「4四角」 第73期王座戦五番勝負第4局を振り返る
・佐々木海法女流初段によるヒューリック杯第5期白玲戦七番勝負第4局「大逆転の息遣い」
・将棋ドラマ「MISS KING/ミス・キング」出演の藤木直人さんと鈴木大介九段によるスペシャル対談
・大注目の新四段、岩村凛太朗四段のインタビュー「人を喜ばせるのが使命」
といった記事もあり、指す将・観る将・それ以外の方にも楽しんでいただける一冊になっています!

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