(左から)石井琢朗、井口資仁、三浦大輔写真:産経新聞社)

 2025年のレギュラーシーズン全日程が終了したプロ野球。今年も複数の選手が現役引退を決断し、ユニフォームを脱いだ。実績を残した選手には引退試合として試合が行なわれることが多いが、その引退試合で印象的な活躍をした選手もいる。そこで今回は、引退試合でインパクトを残した選手を紹介したい。

井口資仁

[caption id="attachment_233901" align="aligncenter" width="530"] 千葉ロッテマリーンズの井口資仁(写真:産経新聞社)[/caption]

・投打:右投右打

・身長/体重:178cm/91kg

・生年月日:1974年12月4日

・経歴:國學院久我山高 - 青山学院大

・ドラフト:1996年ドラフト1位(ダイエー)

 

 日米に渡り強打者として結果を残した井口資仁。引退試合では劇的な同点本塁打を放ちチームの勝利に貢献。有終の美を飾った。

 

 青山学院大から1996年ドラフト1位で福岡ダイエーホークスに入団。プロ1年目から積極的に起用され、「ダイハード打線」と呼ばれる強力打線の一角として大活躍。

 

 

 2003年には135試合の出場で打率.340、27本塁打、109打点、42盗塁の好成績を残し、リーグ優勝、日本一に貢献。自身2度目の盗塁王に輝いた。

 

 2005年からはメジャーリーグのシカゴ・ホワイトソックスでプレーし、リーグ優勝、ワールドシリーズ制覇にも貢献。

 

 2009年に千葉ロッテマリーンズへ移籍し日本球界復帰。中軸打者として存在感を発揮したが、徐々に出場機会が減少し、2017年限りでの現役引退を表明した。

 

 引退試合となった9月24日の試合では、9回に劇的な同点2ランを放ち、延長戦の末に勝利。現役最後の打席は右飛に倒れたが、日米通算295本目の本塁打で有終の美を飾った。

 

 引退後はロッテの監督に就任。2022年には新人捕手の松川虎生を佐々木朗希とのバッテリーに抜擢し、完全試合達成にも繋がる手腕を見せたが、同年限りで監督を退任した。

池山隆寛

・投打:右投右打

・身長/体重:183cm/75kg

・生年月日:1965年12月17日

・経歴:市立尼崎高

・ドラフト:1983年ドラフト2位(ヤクルト)

 

 ヤクルト一筋で現役生活を貫いた池山隆寛。「ブンブン丸」の愛称の通りに、引退試合でも満身創痍のフルスイングを披露した。

 

 1983年ドラフト2位でヤクルトスワローズへ入団。プロ4年目となる1987年にレギュラーに定着すると、翌1988年には31本塁打をマークするなど長打力を発揮した。

 

 

 同年から5年連続で30本塁打以上をマークするなど安定した成績を収めていたが、1993年は骨折の影響等で108試合の出場にとどまり、シーズン30本塁打の記録が途切れた。

 

 その後は故障の影響に加えて宮本慎也、岩村明憲ら若手選手の台頭により出場機会が減少。2002年限りでの現役引退を決断した。

 

 引退試合では先発出場を果たし、8回には現役最後の安打となる二塁打を放った池山。延長10回裏の2死二塁、ホームランならサヨナラの場面でも打席が回ったが、空振り三振に倒れゲームセット。

 

 試合終了後は足を引きずるような状態でありながらも、現役最終打席までフルスイングを貫いた池山の雄姿は、ファンに強い印象を与えた。

小池正晃

[caption id="attachment_233897" align="aligncenter" width="530"] 横浜DeNAベイスターズの小池正晃(写真:産経新聞社)[/caption]

・投打:右投右打

・身長/体重:182cm/88kg

・生年月日:1980年5月15日

・経歴:横浜高

・ドラフト:1998年ドラフト6位(横浜)

 

 勝負強い打撃でチームを支えた小池正晃も、引退試合で印象的な活躍を披露した選手の一人だ。

 

 横浜高から1998年ドラフト6位で横浜ベイスターズに入団。代打などで徐々に頭角を表し、2005年には左翼手のレギュラーに定着。

 

 

 同年は129試合に出場すると、規定打席に初めて到達。打率.243、20本塁打、53打点、37犠打の成績を残し、存在感を発揮した。

 

 2008年に中日ドラゴンズへトレード移籍すると、勝負強さとパンチ力を発揮。2011年の日本シリーズでは値千金の勝ち越しホームランを放った。

 

 国内FA権を行使し、2012年から古巣のDeNAに復帰。しかし、同年は88試合に出場し、打率.192と成績が振るわず、翌2013年に現役引退を表明。

 

 引退試合ではスタメン起用されると、4回に左中間へのツーランホームランを記録。さらに8回にはこの試合2本目の本塁打となる決勝のソロホームランを放った。

 

 目に涙を浮かべながらもダイヤモンドを一周した姿は、多くの野球ファンに感動を与えた。まさに「有終の美」と言えるワンシーンだった。

三浦大輔

[caption id="attachment_233899" align="aligncenter" width="530"] 横浜DeNAベイスターズの三浦大輔(写真:産経新聞社)[/caption]

・投打:右投右打

・身長/体重:183cm/88kg

・生年月日:1973年12月25日

・経歴:高田商

・ドラフト:1991年ドラフト6位(横浜大洋)

 

 今シーズン限りでの監督退任となった三浦大輔も、選手時代の引退試合では「ハマの番長」の名に恥じぬインパクトを残した。

 

 1991年ドラフト会議で横浜大洋ホエールズから6位指名を受け入団。1995年から先発ローテーションの一角として起用され、登板機会を増やした。

 

 

 1997年には自身初の2桁勝利(10勝)をマーク。翌1998年には自己最多となる12勝を挙げ、チームのリーグ優勝、日本一に大きく貢献した。

 

 その後もチームが低迷する中でエースとして腕を振り続け、2015年には23年連続勝利を記録。しかし年齢による衰えもあり、翌2016年に現役引退を表明。

 

 引退試合となったヤクルト戦では、プロ1年目の廣岡大志に初打席初本塁打となる3点本塁打を打たれるなど苦しい投球内容になったが、8三振を奪う力投を披露した。

 

 最終的に6.1回を投げ12被安打、10失点で負け投手となり、綺麗な終わりとはならなかったが、マウンド上で最後まで腕を振り続ける姿は、多くの野球ファンを魅了した。

石井琢朗

[caption id="attachment_233898" align="aligncenter" width="530"] 広島東洋カープの石井琢朗(写真:産経新聞社)[/caption]

・投打:右投左打

・身長/体重:174cm/78kg

・生年月日:1970年8月25日

・経歴:足利工

・ドラフト:1988年ドラフト外(大洋)

 

 横浜ベイスターズ、広島東洋カープの2球団で功績を残した石井琢朗。最後はその両球団のファンから見守られ、ユニフォームを脱いだ。

 

 1988年ドラフト外で横浜大洋ホエールズに投手として入団。ルーキーイヤーから初先発初勝利を挙げたが、その後は一軍で結果を残せず、1992年から野手へ転向。

 

 

 すると才能が開花し、1993年に24盗塁をマーク。同年の盗塁王、三塁手部門のゴールデングラブ賞に輝いた。

 

 翌年以降は上位打線に欠かせない存在として躍動。1998年にはマシンガン打線と呼ばれる強力打線の1番バッターとして躍動し、28年ぶりのリーグ優勝、日本一に貢献した。

 

 その後も安打製造機としてヒットを積み重ね、2006年には通算2000本安打を達成したが、以降は怪我に悩むシーズンが続き、2008年限りで横浜を退団。広島に活躍の場を移した。

 

 広島でも規定未到達ながら3割を越える打率をマークするなど、巧打者ぶりを発揮。しかし年齢による衰えや故障の影響もあり、2012年限りでの現役引退を決断した。

 

 引退試合はマツダスタジアムで行われ、現役最後となる安打を記録。引退セレモニーが行われた横浜スタジアムでの古巣・DeNA戦でもスタメン出場し、両チームのファンによる応援歌の合唱が行われた。

小久保裕紀

[caption id="attachment_233900" align="aligncenter" width="530"] 福岡ソフトバンクホークスの小久保裕紀(写真:産経新聞社)[/caption]

・投打:右投右打

・身長/体重:182cm/87kg

・生年月日:1971年10月8日

・経歴:星林高 - 青山学院大

・ドラフト:1993年ドラフト2位(ダイエー)

 

 球界屈指の強打者として名を馳せた小久保裕紀。その引退試合ではまさかの結末が待っていた。

 

 青山学院大から1993年ドラフト2位で福岡ダイエーホークスに入団。ルーキーイヤーこそ苦しんだが、プロ2年目にはレギュラーに定着。

 

 

 同年は全試合出場を果たし、28本塁打を記録。同年の本塁打王に輝いた。1997年にも114打点をマークし打点王に輝くなど、チームの主軸打者として長きにわたり活躍した。

 

 2003年オフに読売ジャイアンツへトレードされると、移籍1年目の2004年には41本塁打を放つなど4番打者としての役割を果たした。

 

 FA権を行使し2007年から古巣のソフトバンクに復帰。欠かせない戦力として躍動していたが、故障での欠場が徐々に増え、2012年限りでの現役引退を表明。

 

 引退試合となったシーズン最終戦のオリックス戦にスタメン出場したが、オリックス先発、西勇輝の前にチーム全体で安打を放てず、ノーヒットノーランを達成される結果に。

 

 この試合で小久保が躍動する姿は見られなかったが、違った意味で記憶に残る印象的な引退試合となった。

 

 

【了】