ルーフ家の末っ子、アロイサ・ルーフが描くRUFのクリエイティブな未来

ハイパフォーマンスカーの名門、ルーフ家の末っ子は、芸術的才能とレストアの経験を融合して、RUFの刺激的な未来を思い描く。

【画像】クリエイティブな次世代に期待!ルーフ家の末娘、アロイサ・ルーフ(写真8点)

R・U・F。ポルシェの世界で伝説的な存在であるこの3文字は、アロイサ・ルーフの姓でもある。バイエルン州プファッフェンハウゼンの小さな整備工場から始まり、世界的に名高いパフォーマンスカーメーカーへと変貌を遂げたRUFを創業した家の新世代だ。今、アロイサは、名声ある一家のレガシーに新たな章を書き加えている。

「私にとってファクトリーは、ずっと第二の家のような場所でした…」

アロイサはオンライン・インタビューで微笑みながらそう語った。温かく親しみやすい人柄の、熱い思いを雄弁に語る23歳だ。車への生来の情熱がすぐに伝わってきた。彼女の名前を考えれば意外ではないのかもしれない。

「自分では気づいていませんでしたが、子どもの頃の私は会社のマスコット的な存在でした。サプライヤーや顧客の全員と友達だったんです」

エンスージアストなら誰でも、プファッフェンハウゼンで幼少期をすごすと考えただけで陶然とするだろう。RUFは、1939年にアロイス・ルーフ・シニアが整備工場として設立し、1949年にガソリンスタンド経営にも進出した。その頃には、アロイス・シニアは車の設計にも手を広げ、1955年に観光バスを造りはじめると、そこから別会社へと発展した。

1974年にアロイス・シニアが亡くなると、会社は息子のアロイス・ジュニアが引き継いだ。スポーツカー、とりわけポルシェに夢中だったアロイス・ジュニアは、911のアップグレード仕様を造ろうと考えた。RUFが手を入れた最初の911は1975年に登場。77年には、3.3リッターに拡大したフラットシックスを搭載した初の独自モデル、ポルシェ930ターボを発売した。

1981年にはドイツ政府から正式に自動車メーカーとして認可された。その後まもなく、RUFはCTR(カレラターボRUF)、通称”イエローバード”で国際的な称賛を浴びる。CTRは最高速211mph(約340km/h)を記録して世界最速のロードカーとなり、シュテファン・ローザーの圧巻の走行を収めた伝説のVHSビデオ、『Faszination on the Nurburgring』によって不朽の名声を獲得したのである。

偉大なパフォーマンスカーメーカーがすべてそうであるように、RUFの成功も、その土台には情熱と革新があった。これほどの情熱も、アロイサにとっては単なる社風ではない。自身の子ども時代の一部なのである。

「私がいかに車に夢中だったかを物語る子ども時代のエピソードは山ほどあります。たぶん初恋の相手は父の”バリ・ブルー”のポルシェ901でした。本当に美しい車なんです。父は毎年、春になるとそれを自分のコレクションの中から持ち出して、一緒に日曜日のドライブに出掛けました。私はたいてい後部座席で寝てしまいましたが…」

そんなアロイサが自動車界での父親の名声について本当に実感したのは、10代になってからだった。

「私が12歳か13歳ぐらいのときで、ペブルビーチからの帰途でした。空港でひとりの紳士が父に歩み寄り、『ルーフさんではありませんか。あのイエローバードを造った方ですよね?』と聞いたんです。父が『ええ、まあ』と答えると、紳士は写真を求めました。そしてキャリーバッグを開けると、RUFのTシャツを引っ張り出して、それを身につけて一緒に写真を撮ったんです。ピンときたのはそのときでした」

しかし、RUFでのキャリアが最初から決まっていたわけではない。アロイサは一時ほかの情熱を追い求めたが、フラットシックスのエンジン音やガソリンの匂いの魅力には抗えなかった。「高校生のときに、反抗期もやってみたんですよ」とアロイサは笑顔で話す。「反抗というより、実験といったところですね。そういう気持ちが後押しになって、アートや写真の世界を探り始めたんです」

とはいえ、ほとんどの人がその年頃にやる以上に、車いじりの経験はあった。「私は17歳のときに自分のポルシェ912をレストアしました」と、さらりという。「きっかけは、父に『私の最初の車は何になる?』と聞いたことでした。すると、自分で直せるなら何でもドライブしていいというんです。『走行できる状態にできたらお前のものだ』と父はいいました」

アロイサにはその言葉だけで十分だった。すぐに、プファッフェンハウゼンのレストア部門で、錆びついたアイボリーのポルシェ912のレストアに取り掛かった。アロイサはこの車に”ベルタ”のニックネームをつけた。夫が発明した車で世界初の長距離ドライブを敢行したベルタ・ベンツに因んだのだ。「私は、会社で働いていた従兄弟と一緒に作業を始めました。その頃は、ほかの車をいじったり、エンジンのレストアをいくつか手伝ったりしていたんです。手を汚して作業するのは、いつだって楽しいものですよね」

アートに親しむ

だが、まだこの時点では、車は間違いなく将来進む道というより、趣味にすぎなかった。高校を卒業すると、アロイサは写真とアートへの情熱を真剣に追求し始める。これが将来、RUFで役立つことになった。「個人が所蔵するイヴ・クラインの美しい彫刻を見たときのことを覚えています。『わあ、私もこんなふうにインパクトのあるアートを作りたい。この作品に私が感じるような感動を人に与えたい』と思いました。クラインの彫刻は全部ブルーなんですよ。私の901と同じです」

刺激を受けたアロイサは、友人の写真を撮り始めた。その情熱がインターンシップにつながり、パリ・ファッションウィークでも働いた。しかし、運命には逆らえず、新型コロナウイルスのパンデミックが始まると、車の世界に引き戻されるまでに長い時間はかからなかった。

「パリ・ファッションウィークで働いたときは、華やかできれいな人々にすっかり夢中になりました。けれど、コロナ禍で被写体になる人がいなくなってしまったので、実家に戻って、またレストア部門で働き始めたんです。車の写真を撮り始めたのはそのときでした。車は人より美しいくらいだと気がついたんです」

「私の中でファッション、アート、車への情熱が膨らんで重なり始め、ひとつにまとめたいと思うようになりました。そこで2020年に、自分の作品をアートプリントして販売する事業を立ち上げたのです。それが急成長を始めました。車は最初からテーマのひとつです。ロサンゼルスやマイアミ、ミュンヘン、バーレーンで個展を開催しましたし、今年も計画しています」

アロイサの芸術的センスによって、ラルフローレンやハイスノバイエティ、ピリオドコレクトといった有名ブランドとのコラボレーションが実現した。また、ロデオやCTRアニバーサリーなど、RUFの最近のモデルにも彼女の能力は生かされ、クリエイティブな面で父親のエンジニアリングビジョンを支えている。

「父はエンジニアなので、父の視点はエンジニアリング指向が強いんです。一緒に仕事をするとき、私はクリエイティブな面のフィードバックをします。2年前に造ったRUF CTRアニバーサリーでは、トリムやペイントカラーの意思決定に大きく関わりましたし、昨年発表したオフロードモデルのRUFロデオにも関与しました。ロデオでは、ラルフローレンと、母のエストニアがアメリカですごした学生時代がインスピレーションになりました」

アロイサは現在、アートビジネスの修士課程で学んでいる。「両親が信頼してくれて、本当にうれしく思います。今も頭の中はアイデアで溢れています。まだお話しできませんが、今年のモントレー・カーウィークのクエイル・ア・モータースポーツ・ギャザリングで見ていただけると思います」

アメリカでのアート活動

2023年のモントレー・カーウィークで、アロイサと両親は特別な瞬間を経験した。RUFがレストアした1963年ポルシェ901プロトタイプが、ペブルビーチ・コンクール・デレガンスでクラス最優秀賞とアートセンター賞を獲得したのだ。この901は、生産6台目の911で、現存する最古の1台であるだけでなく、かつて故フェルディナント・ピエヒが所有していたというヒストリーを持つ。

「あれは兄にとっての最初の車でした。それをペブルビーチに出品できて、兄にとって大きな節目になりました。シャシーが傷んでいたので、兄は何年も前からレストアを完成させたいと熱望していたんです。あの車がアメリカで披露されるのはペブルビーチが初めてでしたし、そこで、あんなに名高い美しい車に囲まれて受賞できるなんて、信じられないくらい特別な瞬間になりました」

ペブルビーチとモントレー・カーウィークで、アロイサは自動車文化の別の側面に触れた。また、ピーターセン自動車博物館のマーケティングチームで働いたことで、さらに豊かな経験ができた。「自動車文化のほかの様々な側面を発見するのは素晴らしい経験です。コンセプトカーの芸術的側面には前から惹かれていました。とくに、業界の未来を予測しようとした作品です。しかし、ロサンゼルスに住んだことで、ローライダー(車高を下げたカスタムカー)への興味に火が付きました。独創的なところが大好きですし、あの芸術性には目を見張ります。文化的にも、カリフォルニアをよく体現していますし。とはいえ、ポルシェの世界に一度足を踏み入れたら、離れられなくなります」。こういったアメリカ文化の影響が、クエイルで発表されるRUFの車に反映されるのか否か、興味深いところだ。

将来

父親と同じように、アロイサのポルシェへの愛も、ドライブした経験に根差している。「まだRUFは所有していないんです。私はまだ少し若すぎます。でも、5年後か10年後の目標に据えて、努力しています。お気に入りを選ぶのはとても難しいですね。全部好きなので。そのときの気分によります。今日のところはCTRアニバーサリーにしておきます。理由はパワーウェイトレシオ。最高出力は710bhpで、車重はたったの1200kgなので、飛んでいるような気分になるんです」とアロイサは笑う。「本気で運転しなければならない車ですよ。電子制御アシストはありませんから。911の魅力と共に、大きなパフォーマンスとモダンさも兼ね備えています」

現在、アロイサが力を注いでいるのは、RUFの発展を近い将来も続けるために、自分がどう貢献できるかだ。「ほかにも進行中のプロジェクトがたくさんありますし、生産数を年間30台強に増やすかもしれません。私の頭の中には、事業のうちカスタマーリレーションの側面を成長させて、RUFをもっとポップカルチャーの一部にするためのアイデアがあります。次世代にとってのRUFは、あなたの世代にとってのゲーム『グランツーリスモ』のような存在になる必要があるんです」とアロイサは私にいう。「ふだんは『車には詳しくないけど、わりとカッコいいと思うよ』といっているような人たちを刺激したいと思っています。ひとつの例が、私がやったハイスノバイエティとのコラボレーションです。ファッションウィークでRUFの服を着た人たちを見て、本当に胸が躍りました。誰もRUFが何なのか知らなかったけれど、その服をすごく気に入ってくれたんです」

ルーフ家の末っ子としてRUFのビジネスに関わる中で、アロイサはレガシーを大切にしながら、彼女ならではのクリエイティブな将来ビジョンを浸透させつつある。これからもRUFの魅力がパフォーマンスとエンジニアリングの卓越性に根差す点は変わらないが、新世代にとってのブランドイメージを形作る上で、アロイサの影響力は大きい。彼女が関わるRUFの未来は、その過去と同じように、大胆でひと味違うものになりそうだ。

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下恵

Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) Translation:Megumi KINOSHITA

Words:Elliott Hughes Photography:Ruf