パリの歴史絵巻とヴィンテージカー|パンテオンからルクセンブルクへ

新年度を迎え、心躍るパリ。9月最初の日曜日、左岸のパンテオンを出発点に「パリの生きた歴史絵巻」が繰り広げられた。クローヴィス1世がパリを王国の首都と定めたのが508年。これを市の起源とし、パレードの物語はそこから始まる。続くのは885~887年、ヴァイキングの襲来に立ち向かい、サント=ジュヌヴィエーヴが市を守った出来事。1528年には捕囚から解放されたフランソワ1世がパリに凱旋し、ルネサンス文化と王権の威信を首都に刻む。

【画像】パリの広場がフランスの歴史絵巻と化す!ヴィンテージカーのパレードも必見(写真31点)

1594年のアンリ4世の入城は、宗教戦争の混乱を経て安定と繁栄をもたらす象徴。1624年にはリシュリューが宰相となり、国政と文化を主導し始める。1643年、若きモリエールが仲間とともに「リュストル劇団」を結成し、後に”フランス演劇の父”と呼ばれる彼の出発点を祝う場面もあった。ここではルイ14世から革命までがひとまとまりに描かれる。日本で人気のマリー=アントワネットは、フランスでは革命を引き起こし国を疲弊させた人物という負のイメージが強く、このようなパレードでは省かれることが多い。

1804年、ノートル=ダムで自らの頭に冠を載せたナポレオン。その象徴的なジェスチャーが再現され、帝政の栄光が街に甦る。1853年にはナポレオン3世とオスマン男爵による大改造で中世都市は光あふれる近代都市へと変貌し、シャンゼリゼや大通りに代表される”オスマンのパリ”が始まった。そして1875年、ガルニエ宮の落成によってパリは芸術と華やぎの都としての地位を確立する。今年はちょうどオペラ座150周年の節目にあたる。

さらに時代は進み、1925年のジョゼフィン・ベイカー、1944年8月25日のパリ解放へ。こうして15世紀にわたる歴史を、当時の衣装に身を包んだ1000人が行進した。今年はその後にヴィンテージカーが続き、パレードを盛り上げた。実はこの車列はヴァンセンヌ旧車会からの参加である。パンテオン前で撮影していると、以前取材したジャガーEタイプのJJさんが姿を見せ、「乗りなよ!」と声をかけられた。観客として眺めていた立場から、一転して参加者となった瞬間だ。

再会を喜びバカンスの話を交わした後、このパレードにどうして参加したのかを尋ねると、JJさんもまたヴァンセンヌ旧車会の会報で知っただけで、詳細は知らなかったという。歴史的な絵巻が前で繰り広げられていることすら把握しておらず、走行ルートもゴール地点も分からない。ただ「前の車について行けばいいだけ」と笑う。確かに先頭は徒歩の行列で、車はのんびり進むしかない。

驚かされたのは観客の多さだ。所々で停車すると、沿道から「この車は何!?」と声がかかる。代わりに「このパレードを知ってて見に来たの?」と返すと、「もちろん!」と即答が返ってきた。観光客が偶然通りかかったのかと思っていたが、実際は数万人規模の観客がこのイベントを目当てに集まっていたのだ。「きっとパリ解放の時もこんな感じだったんだろうね」とJJさんが呟く。なるほど、自分も歴史の一場面に入り込んだような気持ちになった。

パレードは時折ダンスや演出で止まりながら進む。この日は30度を超える暑さ。ジャガーの水温計はまだ余裕があったが、どうせ動かないのでエンジンを切って待つ。再び点火すると、図太い6気筒のエグゾーストノートに観客が歓声を上げる。おもしろくなって空ぶかしをすると大騒ぎだ。同行していたシトロエンDSは暑さにまいり、脇に停めてボンネットを開けざるを得なかった。女性からは「この車、何?」と質問攻めにあう。JJさんは「Eタイプは女性に人気なんだ。残念ながら僕のことじゃなくてね」と冗談を飛ばす。中には「臭いな!これは公害だ!」と怒る人もいたが、それもまた賑わいの一部だった。

やがてルクセンブルク公園のゴールに到着。パレードは大盛況のうちに幕を閉じた。ゴール地点にはテントが張られ、さまざまな催しが夜まで続き、歴史絵巻は最後まで華やかさを保ち続けていた。

写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKURAI