”公立の星”に…夏の甲子園で躍進した公立高校6校。高校野球史の残る快進撃に

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 近年は公立高校の甲子園出場が減少している中、県立岐阜商業高校が躍進を見せる第107回全国高校野球選手権大会。かつては県岐阜商と同じように、公立高校が一世を風靡し、甲子園に旋風を巻き起こしたこともあった。そこで今回は、夏の甲子園で躍進した公立高校をピックアップしたい。

大社(2024年)

 

 昨年夏、甲子園を興奮の渦に巻き込んだのが、島根の大社高だ。

 

 1898年に創立された伝統校で、1917年の全国中等学校優勝野球大会に出場。当時は「杵築中」という名前のもと、準決勝まで勝ち上がった。

 

 

 その後は夏の甲子園での勝利は遠ざかっていたが、2024年の夏、開星高や石見智翠館高を破り、32年ぶりの甲子園出場を果たした。

 

 エースの馬庭優太(現・東洋大)が奮闘し、初戦で同年の春準優勝校、報徳学園高に勝利する大金星。ここから快進撃が始まった。

 

 その後も長崎・創成館高に延長タイブレークの末に勝利すると、早稲田実相手には劇的なサヨナラ勝利。まさに甲子園に「大社旋風」を巻き起こした。

 

 準々決勝で神村学園高に敗れたものの、チームは93年ぶりのベスト8入りを達成。甲子園で躍動した大社高の戦いぶりは、高校野球ファンの脳裏から離れることはないだろう。

明石商業(2019年)

 

 公立校の甲子園出場も珍しくない兵庫において、2019年に躍進したのが明石商である。

 

 2016年の選抜大会で甲子園初出場ながら準々決勝に進出。2018年には夏の甲子園初出場を果たしたが、学院光星高(現・八戸学院光星)の前に屈する形となった。

 

 

 リベンジを果たすべく迎えた2019年の夏は、中森俊介(現・ロッテ)と来田涼斗(現・オリックス)の2人を中心に甲子園に出場。

 

 2017年の夏に優勝した花咲徳栄高を初戦で破り、1年前に敗れた学院光星高にも勝利した。

 

 準決勝では履正社高と対戦。中森が先発するも、先制点を許すなど本来のピッチングを発揮できず。来田が先頭打者アーチを放ち、桁外れのパワーを発揮したが、試合は1-7で敗れた。

 

 それでも、兵庫の公立校では67年ぶりとなる、夏ベスト4入りの快挙を成し遂げた明石商。2019年以降は春夏含めて甲子園出場がなく、復活が期待されている学校の一つだ。

金足農業(2018年)

 

 2018年の夏の甲子園で中心にいた金足農。中でも吉田輝星(現・オリックス)は、甲子園を沸かせた選手だった。

 

 金足農が初めて夏の甲子園に出場したのは、1984年。この年は準決勝まで駒を進めたが、PL学園高に惜しくも敗れた。

 

 

 11年ぶりの出場を果たした2018年は、エースの吉田がフル回転。決勝戦までマウンドを途中で降りることはなかった。

 

 また、横浜高には終盤で逆転勝ち、近江高には2ランスクイズでサヨナラ勝利など、強豪校を次々と撃破していった。

 

 決勝の相手は大阪桐蔭高。好投を続けていた吉田も捕まり、2-13で敗れ、準優勝で大会を終えた。

 

 2025年の夏も吉田輝星の弟、吉田大輝を擁して甲子園に出場したが、強豪の沖縄尚学高の前に1回戦敗戦。それでも、その果敢な戦いぶりは見る者を魅了した。

佐賀北(2007年)

 

 2007年の甲子園、奇跡的な勝ち上がりで躍進した佐賀北高。18年前の出来事だが、記憶に残るファンも数多くいるはずだ。

 

 県内で進学校として知られる佐賀北は、2000年夏に甲子園初出場。しかし、初戦の横浜高に1-12と大差で敗れ、初勝利を挙げることはできなかった。

 

 

 それでも、7年ぶりの出場を果たした2007年は、開幕戦で福井商に勝利。特別な試合で勝利を飾った。

 

 宇治山田商との2回戦では、延長15回の引き分け再試合を経て3回戦、準々決勝に進出。強豪、帝京相手にサヨナラ勝利を収めるなど、快進撃は止まらなかった。

 

 迎えた広陵高との決勝戦、8回表を終えて0-4とリードを許すも、8回裏に押し出し、逆転満塁ホームランが飛び出して4-5。そのまま逃げ切り、全国の頂点に立った。

 

 当時「がばい旋風」と呼ばれたほど、強烈なインパクトを残した佐賀北高。2025年の夏は2回戦で敗れたが、1回戦で2007年以来、18年ぶりの甲子園勝利を手にした。

横浜商業(1983年)

 

 「Y校」の愛称で知られている横浜商。近年は甲子園から遠ざかっているが、1983年の躍進は見事だった。

 

 1882年の創立で、1924年の第1回選抜大会に出場した伝統校。1979年の夏はベスト8入りしたように、力のある学校だった。

 

 

 1983年は選抜大会の決勝まで勝ち上がるも、前年夏を制した徳島の池田高に敗戦。リベンジを晴らすべく同年夏の甲子園に出場すると、強力打線を武器に決勝に進んだ。

 

 決勝の相手は、清原和博(元・西武など)と桑田真澄(元・巨人など)が1年生ながら活躍したPL学園高。

 

 強敵相手に立ち向かったが、先発の桑田の前に得点を奪えず、清原にはホームランを浴び、最終的に0-3で敗戦した。

 

 それでも春、夏連続で準優勝という快挙を見せた横浜商。強豪ひしめく神奈川だけに、県大会を勝ち上がるのも簡単ではないが、「Y」のユニフォームを待ち望む高校野球ファンは多い。

池田(1982年)

 

 「やまびこ打線」で頂点を極めた池田高も、公立校で躍進した学校だ。

 

 池田高は1971年夏、甲子園初出場を果たした。そして1974年は選抜大会に出場し、準優勝を達成。

 

 

 1979年夏も甲子園で準優勝を成し遂げるなど、甲子園に出場した年は一定の結果を残していた。

 

 迎えた1982年夏、早稲田実の荒木大輔(元・ヤクルトなど)を相手に打線が爆発。後に巨人でプレーする水野雄仁が2本塁打を放つなど、終わってみれば14-2と圧勝を見せた。

 

 決勝の広島商との試合では、1回表に6点を先取。この試合でも二桁得点(12点)と打線が機能し、悲願の優勝を達成した。

 

 その後も甲子園にたどり着くことはあったが、夏の出場は1992年が最後。もう一度勢いを取り戻し、夏の甲子園で池田高のユニフォームを見ることはできるだろうか。

 

 

【了】