高校野球の”超強豪校”だが…プロ野球の世界で苦しんだ横浜高校出身の選手6…

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 有望選手が数多くそろう強豪校からは、プロ野球選手が数多く誕生する。神奈川県の名門、横浜高校もその一つで、松坂大輔を筆頭に多くのスター選手がプロで活躍した。しかし、プロでの活躍を期待されたものの、伸び悩んだケースも珍しくない。そこで今回は、プロ野球の世界で苦しんだ、横浜高出身の選手を取り上げる。

 

紀田彰一

・投打:右投右打

・身長/体重:178cm/85kg

・生年月日:1976年5月19日

・経歴:横浜高

・ドラフト:1994年ドラフト1位(横浜)

 

 1年時から横浜高の中軸を任された紀田彰一。プロの世界でも活躍を期待されたが、思うような成績は残せなかった。

 

 名門の横浜高において、1年生ながら4番を任されていた紀田。高校球界屈指のスラッガーとして名を馳せていた。

 

 

 1994年の夏、甲子園の初戦で那覇商高と対戦。しかし、この試合では敬遠1つを含む4四球と、勝負を避けられる形になった。

 

 結果的に試合にも敗れたが、同年のドラフトでは2球団競合の末、横浜ベイスターズ(現・DeNA)に入団した。

 

 プロ2年目の1996年に一軍デビューを果たしたものの、6試合の出場で打率.100の成績に。当時は内野手のレギュラーが固まり始めた時期でもあり、出場機会が限定されていた。

 

 それ以降の一軍出場はなく、1999年に戦力外通告。現役最後は西武ライオンズ(現・埼玉西武)でプレーするも、一軍での出場はなく1年限りで戦力外通告を受け、ユニフォームを脱いだ。

幕田賢治

・投打:右投右打

・身長/体重:185cm/85kg

・生年月日:1978年5月5日

・経歴:横浜高

・ドラフト:1996年ドラフト3位(中日)

 

 錚々たるメンバーとともにプレーした幕田賢治も、プロの世界では花開かなかった1人である。

 

 横浜高では阿部真宏(元・近鉄など)とクリーンアップを形成。力強いバッティングを武器に、チームに貢献し続けていた。

 

 

 また、高校3年時には松坂大輔(元・西武など)や後藤武敏(元・西武など)らが2つ下にいるチーム構成だった。

 

 1996年夏は甲子園に出場し、初戦の北嵯峨高相手に勝利。しかし、続く福井商高の試合で敗れ、幕田の夏は終わった。その後、1996年ドラフトで中日ドラゴンズから3位指名を受けた。

 

 入団1年目から一軍の試合を経験した幕田だが、1998〜2000年は一軍出場なし。プロの壁に苦しみ続けたが、2002年にプロ初ヒットを記録した。

 

 2004年こそ自己最多の19試合に出場するも、レギュラー定着には至らず。2005年に戦力外通告を受け、同年限りでユニフォームを脱いだ。

佐藤賢治

・投打:右投左打

・身長/体重:181cm/87kg

・生年月日:1988年8月26日

・経歴:横浜高

・ドラフト:2006年高校生ドラフト2巡目(ロッテ)

 

 プロ入り後は2球団でプレーした佐藤賢治。ブレイクの兆しを見せた時期もあったが、長く続かなかった。

 

 横浜高では2006年に選抜大会で優勝し、福田永将(元・中日)などと同学年だった佐藤。高校最後の夏は甲子園の初戦で敗れ、2006年ドラフト2巡目で千葉ロッテマリーンズに入団した。

 

 

 ロッテ時代は一軍でプレーする機会がなく、2010年のシーズン途中に北海道日本ハムファイターズにトレード移籍。移籍初年度にプロ初ヒットを記録するも、打率.111に沈んだ。

 

 それでも2013年、プロ初となる2本塁打に加え、38試合の出場で打率.242をマーク。2014年には44試合に出場し3本塁打を放ったように、長打力を光らせる場面もあった。

 

 しかし、2015年は成績が振るわず、同年10月に戦力外通告。12球団合同トライアウトを受けるも、NPBとの契約は実現せず、9年間のプロ生活に別れを告げた。

土屋健二

・投打:左投左打

・身長/体重:181cm/86kg

・生年月日:1990年10月4日

・経歴:横浜高

・ドラフト:2008年ドラフト4位(日本ハム)

 

 2008年の甲子園で横浜高のエースピッチャーとして活躍したのが、後にプロ入りした土屋健二だ。

 

 横浜高では3年春、選抜大会に出場するも初戦敗退。その悔しさを晴らすべく、3年夏も甲子園に帰ってきた土屋。浦和学院高や広陵高など、強豪校相手に堂々としたピッチングを見せ、チームも勝ち上がっていった。

 

 

 準決勝の大阪桐蔭高戦で敗れたが、プロ志望届を提出し、北海道日本ハムファイターズに入団。プロ2年目で一軍初登板を果たすも、3試合登板で防御率16.88と高い壁に跳ね返された。

 

 結果的に日本ハムでプロ初勝利をマークできず、2012年にトレードで横浜DeNAベイスターズに移籍。2013年、プロ初勝利を含む2勝を記録した。

 

 しかし、防御率6.52と高い数字に終わり、一軍定着には程遠い状況に。翌年も7試合の登板にとどまるなど、主力と言える存在になれず、2015年に現役引退を発表した。

高濱卓也

・投打:右投左打

・身長/体重:184cm/84kg

・生年月日:1989年7月6日

・経歴:横浜高

・ドラフト:2007年高校生ドラフト1巡目(阪神)

 

 ファームでは好成績を残し続けた高濱卓也。しかし、一軍では苦しいシーズンの連続だった。

 

 横浜高に入学し、1年春の関東大会でデビュー。筒香嘉智(現・DeNA)以来となる1年生での4番に座り、高校通算で27本塁打を放った。

 

 

 2007年の高校生ドラフトでは、阪神タイガースから1巡目指名を受け入団。しかし、プロ入り後は故障に悩まされ、ファームが主戦場となるシーズンが続いた。

 

 阪神で結果を出せなかった中、2011年のオープン戦で好アピールを連発。覚醒を予感させていたが、小林宏之のFA(フリーエージェント)移籍の人的補償にともない、千葉ロッテマリーンズに移籍となった。

 

 惜しまれながらも移籍した高濱は、ファームでは3割近い打率をマーク。2014年は打率.355と驚異的な成績を残した一方、一軍では36試合の出場で打率.232と振るわなかった。

 

 その後も覚醒を期待されながら、2017年を境に一軍での出場機会が減少。怪我の影響もあり本領を発揮できないまま、2021年に引退した。

田原啓吾

・投打:左投左打

・身長/体重:182cm/86kg

・生年月日:1994年6月12日

・経歴:横浜高

・ドラフト:2012年育成ドラフト1位(巨人)

 

 野手・投手の両面で奮闘した田原啓吾も、横浜高からプロ入りした選手だ。

 

 横浜高では2年夏、智辯学園高との試合に救援投手として登板。チームは逆転負けを喫したものの、近藤健介(現・ソフトバンク)とのバッテリーで甲子園のマウンドを経験した。

 

 

 高校3年夏は甲子園にたどり着けず、プロ志望届を提出した田原。2012年のドラフト会議で育成1位で読売ジャイアンツから指名を受け、プロ野球選手の仲間入りを果たした。

 

 支配下を目指して奮闘した田原だが、思うような成績が残せず。プロ4年目にはファームで15試合に登板し防御率1.82と十分な数字を残したが、非情な戦力外通告を受けた。

 

 最後の望みをかけ、同年の12球団合同トライアウトを受験。しかし、吉報が届くことはなく、4年間のプロ生活をもってユニフォームを脱いだ。

 

 

【了】