JR西日本で活躍した12系客車が大井川鐵道に譲渡された。青い車体に白い帯、車内はボックスシートが並ぶ座席車で、ブルートレイン塗装となった電気機関車E34形と組み合わせて運行するという。大井川鐵道はSL急行列車や「きかんしゃトーマス号」で旧型客車を運用していたが、今後は冷房装置付きの12系客車も連結し、サービスの向上を図る。8月に導入整備、9月に試運転し、10月からの運行開始を予定している。
大井川鐵道が譲受した12系客車は、車掌室と床下発電機を搭載したスハフ12形2両、中間車のオハ12形3両の合計5両。スハフ12形の床下発電機によって冷房装置や照明などの客室用電力を供給できる。5両編成で「大井川のブルートレイン」として運行するほか、既存の旧型客車と連結してSL急行列車の一部を冷房車両にするという。
12系客車は国鉄時代の1969~1978年にかけて約600両製造された。1970年開催の大阪万博に向けた臨時列車で使用する目的だった。その後、全国に残っていた戦前からの鋼製客車や、戦後に製造された急行用の軽量客車を置き換えるために増産された。
青い車体に白い帯は、先に登場した20系寝台客車に準じている。20系は特急用のため、白帯は3本だった。一方、12系は急行用で白帯は2本。後に普通列車用として、真っ赤な車体の50系客車が登場している。これら20系以降の客車は「新系列客車」に分類され、それ以前の客車は「旧型客車」と呼ばれる。
12系客車は北海道以外の全国に配置され、大阪万博の後も修学旅行や団体ツアー列車などで活躍した。後に夜行急行列車の座席車としても使用された。旧型客車の老朽化引退にともない、デッキ付近の座席をロングシートに改造し、普通列車で使われたこともある。しかし、夜行急行列車の廃止、普通列車の電車・気動車化で、活躍の機会は減っていく。ほとんどの車両が廃車となり、一部は観光用に改造された。改造車の代表例として、JR東日本の「SLばんえつ物語」がある。原形をとどめた車両はJR東日本の6両とJR西日本の5両だけだった。
無改造だったJR西日本の12系客車は、2019年まで運行していた「SL北びわこ号」などに使われた。しかし、「SL北びわこ号」は新型コロナウイルス感染症の影響で2020年に運休し、そのまま2021年に運行終了。使い道のなくなった12系客車だが、機関車の訓練運転用として残されていた。その後、JR西日本から大井川鐵道に譲渡したいと意向を伝えた。
大井川鐵道としては、SL列車を冷房化する絶好の機会となった。そこで親会社のエクリプス日高が、費用総額の約6,000万円を支援した。車両譲渡額は非公開だが、この費用に車両修復費用が含まれるだろう。JR西日本は宮原の車両基地に留置していた12系客車を下関総合車両所に回送し、JRマークを消して再塗装。経年劣化した箇所を修繕するなど丁寧に整えて送り出したという。西浜松まで鉄道、西浜松からトレーラーで大井川鐵道に搬入された。大井川鐵道側も、これから方向幕の新調など、車両に受入れにあたって変更する作業がある。
「きかんしゃトーマス号」など念願の冷房化
大井川鐵道のSL列車は、長きにわたって旧型客車を使用しており、もちろん冷房はない。夏は窓を全開にして風を浴び、トンネルに入るときは窓を閉めて煙の侵入を防ぐなど、工夫が必要だった。他社のSL列車がレトロ風客車を使っている中、大井川鐵道は旧型客車で昭和の列車旅を忠実に演出しているから、往時を知る鉄道ファンには人気だった。
しかし、多くの観光客にとって、旧型客車は夏の居住性に問題ありだった。鉄道好きな筆者でも、夏の旧型客車は敬遠したい。とくに「きかんしゃトーマス号」を目当てに訪れた乳幼児連れの家族にとって、夏の暑苦しい車内は厳しい。
そこで、大井川鐵道はSL列車の冷房化を模索する。その第1弾がJR北海道の14系客車だった。青森~札幌間の夜行急行列車「はまなす」として活躍した車両である。2016年に搬入され、2017年に運行開始予定だったが、現在は整備が中断されているようだ。
第2弾は、JR西日本の「SLやまぐち号」に使われていたレトロ風12系客車だった。JR西日本は「SLやまぐち号」の集客アップを狙って35系客車を新造したため、レトロ風12系客車を廃車とした。これを大井川鐵道が譲受した。かなり期待された車両だったものの、直後の新型コロナウイルス感染症の影響による旅行需要低下などで運行開始が延期された上に、車掌室からドア開閉スイッチや非常用ブザー、非常灯、方向幕が装置ごと盗まれた。修理用部品や費用のめどが立たず、レトロ風12系客車は走行不可能になってしまった。
そして第3弾として、今回の12系客車が来た。大井川鐵道が持つ旧型客車のイメージとは大きく変わってしまうものの、快適性は各段に上がる。運用方法として、客車5両を1編成として使用するだけでなく、分割した利用も想定しているという。電源車が2両あるため、3両・2両に分けて夏は「きかんしゃトーマス号」に3両、SL急行列車に2両を連結する。
たとえば「きかんしゃトーマス号」の場合、トーマスのすぐ後ろにオレンジ色の客車「アニー」「クララベル」を2両連結し、雰囲気を維持した上で、その後ろに12系客車を連結する。補機としてブルートレイン塗装のE34形を連結すれば、下りは「きかんしゃトーマス号」、上りはブルートレイン風の列車として走行でき、2種類の姿を楽しめる。
冷房が不要な季節になれば、「きかんしゃトーマス号」とSL急行列車は旧型客車で運行し、12系客車5両はE34形とともにブルートレインとして運行できるだろう。
客車17両、観光列車3種類の体制に
大井川鐵道の代表取締役社長、鳥塚亮氏によると、同社は今後、客車を17両体制にするという。おもに使用する客車は旧型客車8両、今回譲受した12系客車5両、日本ナショナルトラスト保有の旧型客車3両、プラス1両とのこと。プラス1両が何かは明らかにしなかった。
前出の14系客車について、鳥塚社長は「順次、整備したいとは考えています。ただし、即戦力としてすぐ使えるかというと、やっぱり大井川の川沿いを走る時には、季節によって窓が開く車両が一番いいんじゃないか」と語り、窓が開かない14系より、窓が開く12系を優先したい考えを示した。14系客車は特急列車用で簡易リクライニングシートを装備し、すべての座席を進行方向に向けて使用できる。一方、12系はボックスシートのため、テーブルを設置すれば食堂車としても運行できる。12系客車のほうが観光列車として使いやすい。
12系客車によって観光列車が増えて、客車が足りなくなったときに14系客車の本格稼働を検討することになりそうだ。14系客車のうち2両は発電機を搭載しており、12系客車の発電機車両が故障した場合に代用できる。14系客車のうち発電機付きの車両を先に復活させることも考えられる。いずれにしても、12系客車の稼働次第だろう。
運輸局から「使わない車両を処分せよ」という指導があったとのことで、「SLやまぐち号」に使われていたレトロ風12系客車のうち、展望車を除く4両は売却する方針となった。走行に必要な部品がないために静態保存向けとなり、店舗や展示での使用を想定している。いまのところ引き合いはあるものの、引取り手が決まらなければ解体するとのこと。解体した場合は、部品の一部を12系客車の部品取りに使うとしている。
大井川鐵道が保有する旧型客車は13両あるが、そのうち8両を稼働させるということは、残り5両を休車とし、部品取りに使うことになりそうだ。「プラス1両」はレトロ風12系客車の展望車かもしれないし、旧型客車の延命かもしれない。あるいは「隠し玉」として、他に譲受したい車両があるかもしれない。
これらの客車を使った観光列車は、おもに「SL急行(黒いSL)」「きかんしゃトーマス号」「E34形+ブルートレイン」の3種類となる。蒸気機関車は「黒いSL」と「きかんしゃトーマス号」で稼働しており、それぞれ1年に1度、約4カ間の検査整備が必要になる。つまり、大井川鐵道はつねに2種類、最大3種類の観光列車を運行する体制になる。
兵庫県の播磨中央公園で静態保存され、大井川鐵道が譲受したC56形135号機も、クラウドファンディングを実施した上で、復活に向けて整備中となっている。この蒸気機関車が稼働した場合、「黒いSL」を交替で通年運用できるようになる。蒸気機関車C56形と12系客車の組み合わせは「SL北びわこ号」の再現となる。
大井川鐵道はこれら主力観光列車に加え、夜行列車や食堂車も運行してきた。しかし、夜になると虫が入ってくる。食堂車は窓を開けると煙が入るし、メニューなどが飛ばされてしまう。この夏の夜行列車は電車を使って運行するが、冷房付きの12系客車が稼働すれば窓を閉めて運行できる。来年以降、書入れ時の夏休みに夜行列車やイベント列車を増発できる。
ここまで観光列車に力を入れる理由は、「全線開通を待たないで来てもらいたいから」だという。大井川本線は2022年9月の台風15号で被災し、川根温泉笹間渡~千頭間(19.5km)が現在も不通になっている。今年4月に沿線自治体との協議がまとまり、2029年度に全線復旧する見通しとなった。大井川鐵道としては、それまでの4年間で集客するしかけを作りたい。「全線開通してから行こう」と言う人に、「いますぐ行きたい」と思ってほしい。それは大井川鐵道が沿線に観光客を送り込む重要な使命を担っているからでもある。
「黒いSL」「きかんしゃトーマス号」「ブルートレイン」のどれかひとつでも興味を持って、観光列車に乗ってほしい。沿線を訪れてほしい。そのしかけのひとつが、今回の12系客車である。こうなると、寝台車を連結した本物のブルートレインも夢ではなさそうな気がする。どこかに譲ってもらえそうな寝台車は……、いや、このくらいにしておこう。まずは12系客車の成果、続いて14系客車の復活に期待したい。



