
ル・マン クラシックは文字通り、ル・マンが始まった年から近年までの車両が、現代の公道を含んだサルト・サーキットを走行する大イベントだ。見所はそれぞれ人によって違うと思う。自分の好きな、あるいは愛車の年代、実際には見たことのないその姿を実際に見ることができる魅力がある。僕はそれぞれに興味はもちろんあるけれど、リアルタイムで見ていたグループCにはノスタルジーも相まって特に心が動く。ポルシェ帝国に日本車が本気で挑んでいた時代であり、それが可能だった日本のバブル期と重なり、特別な輝きを放っていた。
このグループCカテゴリーは単なるル・マン クラシック限定のカテゴリーではなく、ピーター・オートがオーガナイズするヒストリックレース・シリーズのひとつで、今年は年間全4戦で争われている。その中の一戦としてル・マン クラシックにも組み込まれ、本気のレースが展開された。
会場のグループCパドックに足を運ぶと、そこには往年のマシンたちが所狭しと並んでいた。多くの車両が当時のスポンサーグラフィックをそのまま維持しているため、NISSEKI、FROM A、UNISIA JECSといった日本企業のロゴが鮮烈な印象を放っている。思わず80~90年代のル・マンの映像が頭に蘇る。なお、どうでもいいことだが、このグループCのパドックはいつもメインスタンドから最も遠い位置に設置されており、今年のような熱波の中では、たどり着くだけで汗だくになるのも恒例だ。
ただし、今年はその華やかな中にもやや寂しさがある。ポルシェに対抗していたシルクカット・ジャガー、未来を見据えたメルセデス・シルバーアロー、そしてカウルを被ったF1的アプローチのXJR-14といった車両の姿が見られなかった。特にXJR-14については、ICONIC Racingのオーナーであるフローランが愛車として毎回出場していたが、身長の関係でコクピットに収まるのが苦しくなり、ついに手放してしまったのだという。彼は今年、お気に入りのChrysler Viper GTS-R(2003年型)で参戦していた。
その一方で、今年も見応えあるマシンたちが並んだ。伊太利屋カラーのピンクのPorsche 962Cは、エンジンや足回りが丁寧に整備され、ターボ周りの配管も手が加えられていた。同じ962Cでも、”HEURES DU MANS”のロゴをまとった#121号車は、1990年代にJürgen Oppermannらが操ったドイツチームのカラーリングを維持し、歴史的な存在感を放っていた。また、Peugeot 905 Evo 1 Bisは、V10エンジンのメンテナンスに加え、ラップトップを接続しての電子制御調整も行われ、グループC末期の技術的進化を垣間見ることができた。
グループCのレースは今年も2ヒート制で開催され、スプリントと耐久の混合という特異な形式で展開。ポルシェ962CやニッサンR90C、ローラT92/10などが出走した。グループC車両の多くが今なお高い走行性能を発揮しており、その存在は単なるヒストリックカーにとどまらない。
なお今年のル・マン クラシックは、これまでの隔年開催から転換し、今後は毎年開催されることが正式にアナウンスされた。これまで偶数年開催だったこのイベントが、ついに年次スケジュールに組み込まれることになったのは大きなトピックだ。来年2026年はル・マン100周年+1年という区切りでもあり、さらなる盛り上がりが期待される。
こうしてル・マン クラシックの2025年版は、灼熱の中にも確かな熱気を残して幕を閉じた。次なる”再会”は、もう2年も待つ必要はない。
写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKURAI