彼女の名前はアリッサ|8歳の少女がJ40で刻んだグッドウッドの新たな伝説

私は車が大好き。レースも大好き。いちばん憧れているレーシングドライバーはスターリング・モス――。
そう語るのは、8歳のアリッサ。『Octane』読者の多くが共感する言葉だが、8歳の女の子からこのセリフが飛び出すのは、いささか意外かもしれない。しかし彼女は、一般的な8歳とはまったく異なる存在だ。というのも、アリッサは先日、オースチンJ40のペダルカーでグッドウッド・サーキットを走破し、ラップレコードを更新したのだ。

【画像】8歳の女の子が、グッドウッドのラップレコードに挑戦!(写真7点)

もちろん、こうした記録挑戦が突発的に行われることはない。ペダルカーを持ってレースサーキットに現れたからといって、即座に走行を許されるわけではない。そこには長い準備期間と周到な段取りが存在した。きっかけは、彼女が書いた一通の手紙だった。グッドウッドらしい、実にクラシックな出発点である。

「これは、私がクリスマスの手紙をグッドウッドに送ったことから始まったの。お父さんからMission Motorsportっていうチャリティのことを聞いて、その活動にとても感動したわ。私も何かしたいと思って、ペダルカーを使って募金を集める方法をいろいろ考えたの。そしたら、グッドウッドが記録挑戦にサーキットを使ってもいいよって言ってくれたのよ」とアリッサは語る。

年齢を超えた創造力と情熱。それに呼応したグッドウッドの関係者たち――特にメーガン・カーンズ、ジョージナ・リルバーン、ジョン・スクリヴェンズの尽力によって、この構想は現実となった。


「リッチモンド公爵にも会ったの」「何を話せばいいのか分からなくてすごく緊張したけど、とても優しくて、応援してくれた」

そう語る彼女の表情には、スターに会ったような浮つきはまったくない。それどころか、すぐにサーキットを案内された彼女は、5度のル・マン優勝経験を持つデレック・ベルからレクチャーを受けるという大役まで果たす。

「セント・メアリーズの走行ラインを教えてくれて、持久走法についてもたくさんアドバイスをくれたの!」と笑顔を見せた。

この「持久走法」こそが、今回の挑戦の肝となる。
グッドウッド・リバイバルで人気を集める「セトリントン・カップ」をYouTubeで検索してみれば、この挑戦がいかに特別かがわかるはずだ。このレースは、J40に乗った子どもたちが、ル・マン式スタートで250mのスプリントを競うというもの。しかし、3.8kmに及ぶアップダウンのある本格的なコースを単独で完走することは、まったく別次元の挑戦といえる。
アリッサはこのセトリントン・カップに2度出場した経験があるものの、今回は完全に未体験の領域に踏み出した。

「私のまわりには、自分の限界まで挑戦している人たちがたくさんいるわ。レーシングドライバーだったり、お友達や学校の先生だったり」

アリッサはそう語りながら、近所の公園での練習についても教えてくれた。

「坂道や丘があるから、サーキットの感覚に少し似てるの」

そして車両の準備も万端だった。オースチン・ペダルカーズの職人たちが全面協力し、ハブ、ベアリング、アクスル、キングピンといった走行装置を一新。以前は惰性すら効かず、勾配ではまったく登れなかったJ40が、見違えるように生まれ変わったのだ。

挑戦当日、車は同社のエンジニアチームによって現地で開封され、アリッサの”エベレスト登頂”を支えるべく万全の体制で整備が行われた。

「すごく漕ぎやすくなっててびっくりした!前は止まっちゃうと再スタートするのがすごく大変だったけど、今日はずっと漕ぎ続けられるの。本当に全然ちがうの」とアリッサは話す。

朝食はアボカドトースト。そして父・グラハムが用意した秘密兵器――レモンとジンジャー入りの自家製エナジードリンクでパワーをチャージ。
だがここで思わぬ事実が発覚する。実はすでに、2020年に41分というJ40によるグッドウッド単独走行の記録が存在していたのだ。目標を50分と見込んでいたチームは、急遽、計画を修正。だが、アリッサは一切動じなかった。

そしてスタート直前、アリッサの目に強い意志が宿る。

「楽しみ。大変だと思うけど、ベストを尽くすね」

気温30℃の酷暑のなか、給水を担当するチームに支えられながら、アリッサは驚くほどのペースで走り出す。先導はグッドウッドの撮影クルー。追走車には、マーク・レイの駆るアルヴィス12/50ツアラーがついた。テレビ越しでは伝わりづらいセント・メアリーズの急勾配、そして終盤ラヴァント・ストレートにかけての長い上り。想像以上に過酷なコースだが、アリッサはペースを崩すことなく、淡々と周回をこなす。正直、取材班が徒歩で同行するには無理があった。

そして最終シケインを抜け、スタート/フィニッシュラインへ。そこには、大勢の支援者、退役軍人、グッドウッド関係者、そしてチェルシー年金受給者たちがアリッサの帰還を祝うように集まっていた。


「もう少しで見逃すところだったよ」とMission MotorsportのCEO、ジェームズ・キャメロンは笑う。

「まだ皆を集めている途中で、彼女が思った以上のスピードで戻ってきてしまったから!」

そしてアリッサは、驚異的な集中力と体力でペダルを踏み続け、見事31分51秒という新記録を樹立。ペダルカーによるグッドウッド単独走行の最速記録として、長く語り継がれるに違いない。

「この日のことは、絶対に忘れない」

そう語るアリッサは、まだまだ余力があるような表情で、もう1周できそうな雰囲気すら漂わせていた。

「一生の思い出になったし、Mission Motorsportのためにたくさん募金が集まったと思う」

アリッサの目標金額であった7600ポンドはすでに突破。寄付は今も続いている。


Words and photography: Daniel Bevis

文・写真:ダニエル・ビーヴィス