写真:産経新聞社

11回を一人でリード

 オホーツク海高気圧(やませ)のおかげで猛暑はいったんおさまったが、7/8、9の首都圏は熱中症警戒アラートが出される「危険な暑さ」だった。ファイターズは敵地ZOZOマリンでロッテ2連戦だ。北海道のチームには宿命があって、暑さと移動で夏バテしがちだ。今年の交流戦の最後、東京ドーム→バンテリンドームは「セ・リーグって移動楽だなぁ」と実感させられた。基本、新幹線移動なのだ。飛行機移動が常のパとはだいぶ違う。

 

 猛暑の只中、田宮裕涼の「涼」という字のありがたさを考えた。ものすごい名前だ。余裕で涼しい「裕涼」。夏場のペナントレース、ベンチに「田宮裕涼」と書いて貼っておきたい。7/8、9のロッテ戦は田宮がスタメンマスクをかぶり、幕張の海風とともにファイターズファンの心に「涼」を運んでくれた。

 

 僕はこのロッテ2連戦は田宮にとって大きなものだったんじゃないかなと思っている。2試合ともに打点を稼いだ(特に9日の4号2ランは見事!)けれど、僕の言いたいのはバッターとしてじゃない。あくまで捕手としてだ。田宮裕涼は捕手として一段成長するきっかけを掴んだと思っている。

 

 まず延長11回の死闘となった8日のロッテ11回戦から見てみよう。ファイターズは4対1とリードしたものの、同点に追いつかれ、苦しみ抜いて辛勝した。この試合はもちろん殊勲の勝ち越しタイムリーを放った代打マルティネスがヒーローだけど、実際はディフェンスの勝利だったと思う。先発の北山亘基が5回2/3(4失点)で降板し、そこから齋藤友貴哉、上原健太、田中正義、柳川大晟、玉井大翔、宮西尚生、山本拓実と7人の継投で勝利を掴み取ったのだ。4時間13分の長いゲームだった。その長丁場を捕手は田宮ひとりで戦い抜いた。これはものすごく力のつく実戦だ。高い集中力が要る。敵の打席数が多いから配球にストーリーが要る。北山を含めた8人の投手の良さを引き出し、勝負しなきゃならない。そのために全幅の信頼をしてもらう。伏見寅威をはじめ、ベンチに捕手(&捕手登録)は多いけれど、「田宮だから勝てた」と皆に言わせたい。

 

 僕は試合に勝つのが捕手にとっていちばん大事なことだと思う。勝つのが仕事、勝たせるのが仕事だ。だから、(ファイターズでは歴史的によくあるけれど)「抑え捕手」はあまり好きじゃない。苦労して試合をつくった主戦捕手に勝ちの喜びを味わってほしい。この試合の田宮は知恵をしぼり、常に状況判断し、あるいは身体を張り、全力で戦い続けた。絶対、力がつくのだ。ゾーンに入っていた。僕は田宮はこの晩、眠れなかったと思う。あれだけの働きをして、寝れるわけがない。神経が興奮して、静めるのが大変だったろう。

 

 圧巻だったのは11回のピンチだ。1点勝ち越したものの、宮西がヒットと四球で逆にサヨナラのピンチを招いてしまった。1死1、2塁でピッチャーが山本拓実に代わり、ロッテは代打、岡大海を出してくる。このとき、ファイターズ森本稀哲守備走塁コーチは(バックホーム態勢の浅めでなく)外野を深く守らせた。山本拓実はていねいに低めを突き、岡をセンター大飛球に仕留める。深く守らせて正解だった。が、2塁走者は3塁にタッチアップで進む。シチュエーションを整理しよう。2死1、3塁。リードはたった1点。ロッテは切り札、代打角中勝也。ファイターズは加藤武治投手コーチがマウンドに走る。角中勝負か、満塁にして次の宮崎竜成勝負か。

 

 それが角中勝負だった。ファイターズファンの寿命が縮む。初球インサイド速球ボール。2球目、角中の足元に叩きつけるワンバウンドの速球、これを田宮が飛びついて止める。フォークやシンカーじゃなく、ストレートのワンバウンドだ。低めを意識するあまり引っかけてしまった。もちろん逸らしていたらバッテリーエラーで同点だ。田宮裕涼の大ファインプレー。これを止めただけでホームラン1本の値打ちがある。そこからシンカー2球で2ストライク。2-2からの5球目、またワンバウンドを田宮が止める。見てるこっちは生きた心地がしないんだけど、田宮が落ち着いてるんだよ。フルカウントから角中は落ち球を引っ掛けてファーストゴロ、試合終了。むちゃくちゃしびれたよね。僕は田宮裕涼の成長ぶりに感心した。

まだまだ成長の余地がある

 思えば昨シーズン初めて、開幕スタメンを勝ち取り、1軍の戦力として稼働した田宮だ。今年は「(実質)2年目のジンクス」に悩み、自らを見つめ直してきた。その週、ファイターズは(2030年をメドとした)2軍施設の北海道移転を正式に発表、鎌ケ谷のファイナルカウントダウンが始まったのだが、開業から28年の間、鎌スタを彩った数々の名選手、スター選手の系譜に名を連ねるとしたら田宮裕涼に違いない。高卒ルーキー、鎌ケ谷育ち。同期の野村佑希、万波中正が注目され、一種エリートコースを歩んだのに対し、田宮は実力で這い上がった。僕は鎌ケ谷の「最後の代表作」だと思っている。鎌スタの外壁に写真入りで掲示されるクラスだ。

 

※もっとも2030年までまだ5年あるから、田宮以降の「最後の代表作」が出てくる可能性は高い。有薗直輝はいつブレークしても不思議はないし、5年もあったら柴田獅子は1軍の戦力だろう。

 

 ところで翌7/9のロッテ12回戦、これは13対1で勝った試合だが、田宮はホームランを打った次の打席で伏見に代えられている。この試合、田宮は4/30以来、久々に山﨑福也とバッテリーを組ませてもらった。試合は初回、レイエスの満塁弾で始まるワンサイドの展開だった。福也がつかまったわけでもなく、フツーに考えれば捕手を代える理由がない。が、新庄剛志監督は試合後、交代の理由を明かした。「田宮君は2ストライクから、ちょっと際どいところに行くでしょ。それで球数が増えるんで。伏見君は追い込んでもポーンとインコースで詰まらせたり、そういうリードをしてくれるから」。

 

 ファイターズは可能なら先発投手を完投させようというチーム方針だ。ましてワンサイドゲームなら、なるべく福也を最後まで行かせたい。田宮は大活躍の翌日、不本意な交代を味わったのかもしれないが、ここには飛躍のバネが隠されている。(特に勝ち試合で)スイスイ行かせたいときのリードの要諦が監督の試合後コメントに詰まっている。僕は田宮、いい宿題もらったなぁと思った。この2日間、伸びしろしか感じなかった。現時点、鎌ケ谷の「最後の代表作」だ。頑張れよ。