
『ブラックパンサー』を手がけたライアン・クーグラー監督によるホラー映画『罪人たち』が、6月20日(金)より劇場公開される。本国アメリカで4月18日に公開された本作は、完全オリジナル映画としては過去10年間で米国内最高のオープニング成績を記録。全米興行ランキングでは2週連続で第1位を獲得し、全世界での累計興行収入は523億円を突破した。舞台は1932年の米ミシシッピ州。ジューク・ジョイント酒場をオープンしようとする双⼦の兄弟の下に、歌の才能豊かな従弟があらわれ、ブルースを奏でるその店に、人知を超えた「招かざる者」が現れる……クーグラー監督と振付師のアーコモン・ジョーンズが語る映画の舞台裏とは?
ブルースは入口、ヒップホップは乗り物
『罪人たち』は、完全オリジナルのホラー・アクションであり、アメコミ等の既存IP(有名ブランド)に頼る映画が多い中で異彩を放つ作品だ。そんな本作は、2025年のアメリカ国内興行収入で第2位を記録。『マインクラフト/ザ・ムービー』に次ぐ大ヒットとなっており、”この夏の必見作”として評判は上々だ(2025年5月時点)。
本作の成功により、クーグラーは史上最も興行収入を上げた監督50人の一人に名を連ねることになったと報じられている。彼はこれまでにも、マーベルの『ブラックパンサー』シリーズ、ロッキー映画の世界観を引き継いだ『クリード』三部作、そして警察による暴力の犠牲となったオスカー・グラントの人生を描いた初監督作品『フルートベール駅で』など、話題作を手がけてきた。
クーグラーは『罪人たち』を通じて、ブラック・アメリカンの過去・現在・未来を結ぶ線を描くにあたり、古の悪魔の伝承と、敬愛する大叔父が熱中していたデルタ・ブルース音楽への想いを出発点とした。舞台は1932年、蒸し暑い夏のミシシッピ州クラークスデール、たった一日の出来事だ。
マイケル・B・ジョーダンとライアン・クーグラー監督
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亡き大叔父ジェームズ・エドモンソンがアルバート・キングやバディ・ガイといったアーティストを深く愛していたことを、クーグラーは心から尊敬していた。しかし、彼自身は人生をラップと共に歩んできたため、ブルースというジャンルを理解するには、入念な学びが必要だったという。それでも、『罪人たち』において、ブルースはヒップホップと同様に──より広義の意味で──反抗、痛み、喜び、連帯のサウンドトラックとなっている。極度の人種差別という現実の恐怖に晒されたブラック・コミュニティにとって、それは魂の表現でもある。「これは”反響(エコー)”の物語なんだ。そして、その”反響”がぶつかり合う話でもある」とクーグラーは自身の作品について語っている。
「僕にとってブルースはこの映画への入口だった。でも、もしブルースが入口だとしたら、ヒップホップはそのとき僕が乗っていた車なんだ」とクーグラーは語る。Zoomでのインタビュー中、彼はオークランドの自宅オフィスから落ち着いた様子でRolling Stone誌にそう話した。クーグラーが生まれたのは1986年、地元の伝説的ラッパーMCハマーが一世を風靡し、ギャングスタ・ラップが全米で関心と物議を巻き起こし、オークランドを拠点とした2パックが時代を代表するアーティストへと成長していく最中のことだった。「僕の人生で出会ってきた音楽すべてにおいて、ヒップホップだけは”自分のもの”として感じられる。僕にとっての母語なんだ。だからこそ、この映画を本当に自分のものとして作り上げるには、ブルースがヒップホップの祖先だということを、心から理解する必要があったんだよ」
クーグラーは、ブルースを「その時代のギャングスタ・ラップ」と見なすようになったと語る。そこには死と生存の物語が詰まっている。典型的なギャングスタ・ラッパーが持つ苛烈なハッスル精神は、『罪人たち』の主人公たち──スモークとスタックの双子──にも脈打っている。ふたりはどちらもマイケル・B・ジョーダンが一人二役で演じている。双子は音楽家ではないが、第一次世界大戦を生き延び、ギャングが跋扈するシカゴでアル・カポネをうまく欺いてきた。そして故郷クラークスデールに戻り、小作農として暮らす地域の人々が生演奏のブルースを楽しめるジューク・ジョイントを開くのだ。だが、双子の原動力は金だ。彼らはそのためなら、値段交渉も、脅しも、時には暴力さえもいとわない。目的を邪魔する者には容赦がない。
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映画の中でクーグラーがブルース、ヒップホップ、そしてその両者の源流であるアフリカ音楽との繋がりを最も明確に描き出しているのは、ジューク・ジョイントでの超自然的なダンス・モンタージュの場面だ。このシーンの振付を担当したアーコモン・ジョーンズも、同じZoom通話に参加している。「多くの人がブルースを知ったのはヒップホップを通じてなんだ」とジョーンズは語る。「ファンクも、ジャズも、ロックンロールも。そうした音楽をたどっていくと、すべての起点にはアフリカン・ディアスポラがある」
モンタージュの中で、もう一人の主人公サミー”プリーチャー・ボーイ”ムーア(演じるのは新人マイルズ・ケイトン)は、西アフリカのグリオ(語り部)伝統を受け継ぐ者としての卓越した音楽的才能によって、その場にいる人々すべての祖先と子孫を呼び覚ます。彼はギターを手にとり、「I Lied to You(君に嘘をついた)」を歌う──牧師である父に逆らいブルースを演奏したことを悔いるこの曲には、霊的な伴奏者として年配のアフリカ人男性が登場し、リュートのような弦楽器をつま弾く。
『罪人たち』スコアを手がけたルドウィグ・ゴランソンと一緒に、「I Lied to You」を歌うマイルズ・ケイトン。元H.E.R.のバックシンガーである彼は本作で俳優デビュー
さらに、カウリ貝をまとった踊り子、華やかな仮面舞踏(マスカレード)、ドラマーたちが次々と現れる。そして、スペーシーなパーラメント=ファンカデリック風のエレキギタリストがサミーの隣に立ち現れる。カメラがフロアをパンすると、ブルースに身を委ねるダンスフロアは未来から来たブラック・ピープルで満ちていく──ブレイクダンサー(b-boys)、テニススカートでトゥワークする女性たち、そしてウェストコースト風のギャングたちがビートに合わせて揺れている。Gファンクのシンセとトラップのベースがサミーの歌に重なり合う。「この儀式によって、我らは人々を癒し、自由になるのだ」と、サミーの師である老ブルースマン、デルタ・スリムが語りかける。
「僕にとってあのシーンは、まさに自分の人生そのものなんだ」とクーグラーは語りながら、iPhoneをパソコンのカメラにかざして、妻ジンジの最近の誕生日パーティーの映像を見せてくれた。『罪人たち』のプロデューサーのひとりでもあるジンジ・クーグラーは、4月に映画が初公開された前日に40歳を迎え、晴れやかな屋外パーティーでその節目を祝ったという。彼が見せてくれたのは、自身と妊娠中のジンジがスタイリッシュに、地面すれすれでキャスパー・スライド(Casper Slide)を踊る写真。背後にはクーグラーの母親と叔母の姿も写っていた。別の写真では、彼が96歳の祖母の背後で踊っており、祖母は車椅子に座ったまま笑顔で家族と手を取り合っている。さらに別の一枚には、叔父ジェームズの娘が赤ん坊の親戚を抱いている姿も。
彼は続いて、カメラを手にした幼い息子の写真を見せてくれた。クーグラーによれば、息子は自分の意思でカメラを取り出し、写真を撮り始めたのだという。娘がその弟を優しく抱きしめている写真もあった。「90年代には、僕らは毎週末、ああやって過ごしてた。ジューク・ジョイントで起きていたこととまったく同じだったんだよ」とクーグラーは振り返る。
「この国は、ある人たちにとって都合がいい時代に、僕の祖先たちを引き裂くことを”生業”としてやってきたんだ」と、クーグラーは”反響”をたどることの重要性について語る。「でも僕の家族は、奴隷制度が廃止されてからずっと、世代を超えてつながってきた。ジム・クロウ法が支配する南部を逃れた人たちだ。だからこそ、僕らは互いにそばにいることを自分たちの”生業”として大事にしている。ヴァンパイアが人の首筋に噛みつくような映画を作ることを正当化するには、どうしてもこの”自分の一部”を描かずにはいられなかった。つまり、人生のすべてが小作農制度、異人種間結婚禁止法、そして骨を折るような非人道的で人種差別的な政策に縛られた時代に生き、死んでいった人々──その子孫たちが、音楽を通してただ楽しい時間を過ごしている姿を見せること。音楽には魔法がある。それは、他のすべての”B面”に対する”A面”なんだ。ヒップホップにも、その魔法の一部としての居場所がある」
ブルースとラップ、自由と”悪魔化”の共通点
上述の超自然的なモンタージュ・シーンは、セット全体を駆け抜けるように撮られた、流れるようなワンカットで構成されている。『罪人たち』はもともとスリリングなホラー映画として設計されており、「初デートにちょうどいいような映画だよ」とクーグラーは語るが、その一方で彼は、過去と現在を呼び起こすような細部の積み重ねにも細心の注意を払ったという。
「ブルースの名盤に、できる限り近づけたかったんだ」と彼は語る。「ブルースの名盤ってさ、勉強していく中でわかったことなんだけど、本当に古びないんだよ。何度聴いても、そのたびに新しい発見がある」クーグラーは、ブラック・アートにおけるこうした技術的な完成度が、しばしば過小評価されていると指摘する。「だからこそ、アーコモンと一緒にやるのが好きなんだ。彼の動きの分解の仕方を見ていると、本当にすごい。例えばムーンウォークって、うまくやると簡単そうに見えるけど、実際にやってみると”これはものすごく科学的で芸術的なんだ”って気づく。西洋的なヒエラルキー思考に染まった目には、ああいう動きって簡単で取るに足らないものに見えたりする。でも、実はとても奥深いんだよ」
クーグラーは、最初の脚本の段階からずっと、ヒップホップへの言及を脚本に織り込んでいたという。振付師のジョーンズは、監督のクーグラーが本作への参加を打診してきた最初の会話を、今でもはっきりと覚えているという。「彼はできるだけ描写的でありながらも、同時に謎めいていて、あまり多くを語らないようにもしていた。でも、考え始めるために必要な情報はちゃんとくれたんだ」とジョーンズは語る。「彼はこう言ったよ──『これはミュージカルじゃない。ただ、この物語が展開する環境のなかでは、自然なかたちで音楽とダンスがたくさん起こる。そしてそこにはSF的な要素があって、音楽とダンスを通じて、人々が世代を超えて繋がっていくんだ』って。それを聞いた瞬間、僕は”なんだそれ?……オーケー、もう完全にやられたわ。いつ始める?”ってなったよ」
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このモンタージュ・シーンに向けて、クーグラーとジョーンズのふたりは、過去何十年にもわたるダンスの歴史をたどりながら、それらがいかにしてより伝統的なアフリカの身体表現にまで遡れるかを徹底的に考え抜いた。「西アフリカのグリオの舞いや、コートジボワールのザウリ・ダンスに触れることができたし、メンフィスのジューキンも取り入れられた。西海岸の文化を象徴する旗や色を表現することもできた。気づけば、あらゆるカルチャー的リファレンスを同じ屋根の下に集約できる”ポータル”が開いていたんだよ」と、ジョーンズは語る。
だがクーグラーは、このシーンが一部の観客にとっては”最初は居心地の悪いもの”であってほしいとも考えていた。「ブラック・カルチャーに関するアカデミックな知識がある人たちは、この映画を観て『もう知ってることをなぜ語る?』という反応をするかもしれないし、あるいは『こうして映してくれて嬉しい』と思ってくれるかもしれない」と彼は語る。「たとえば、女性がトゥワークしている姿なんかは、ある種の生理的反応を引き起こすかもしれない。ある人たちにはそれが露骨に見えるし、それを問題だと感じる人と、まったくそう思わない人で分かれるんだ」そう語るクーグラーは、まるで「尻を振る」ことが下品だと見なされる文脈をあえて利用しているかのようにも見える。「でも、僕にとっては、そういう”普通なら隣り合うべきでない”と思われるもの同士を、映画という空間の中で”当然隣り合っているべきもの”として並べて見せることに、ものすごくワクワクしたんだ」
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この映画における「ブルースからヒップホップへの最も強い”反響”」のひとつは、ジューク・ジョイントが、サミーの父によって否定され、やがて本当の”悪魔”の登場を予感させる存在として描かれる点にある。夜に出かけようとするサミーに対し、父親である牧師(演じるのはソウル・ウィリアムズ)は、ブルースを「悪魔の音楽」と糾弾し、ジューク・ジョイントを「酒に溺れ、浮気に走り、家族という責任を放棄してまで互いの汗を擦りつけ合う場所だ」と強く非難する。その言葉がまったくの的外れというわけではない。この場所には酒が溢れ、賭博も行われ、ダンスフロアでは情熱的な恋人たちが絡み合い、物置ではいちゃつくカップルの姿も見られる。牧師の目には、それがキリスト教的な正しさから外れた堕落の道に映っているのだ。そしてそれこそが、登場人物たちが渇望する「自由」へと至る”近道”なのかもしれない。しかし、サミーや彼の仲間たちは、そうした堕落の場でこそ、ブルースを通じて一瞬の自由を見出しているのだった。
同様に、ヒップホップもまた「自由の場」として現れた──とりわけ1970年代のブロンクスではそれが顕著だった。当時のブロンクスは、失業率の急増、社会保障制度の縮小、放火事件や犯罪の多発といった過酷な状況にあった。市中心部のディスコに入ることを拒まれていた地域の若者たちは、自らの手で集まれる場所を作り、踊り、解放される場を築いたのだ──と、チャック・Dのドキュメンタリー『Fight the Power: How Hip Hop Changed the World』で専門家たちが語っている。だが、ヒップホップが〈イド=本能的欲望〉の自由な解放区を築いてきた一方で、それは常に〈モラル・パニック=道徳的混乱〉をも引き起こしてきた。たとえばN.W.A「Fuck Tha Police」やカーディ・B「W.A.P.」のような楽曲は、その代表例だ。クーグラー自身も、子どもの頃に親から「ある種のレコードは買っちゃダメ」と言われた経験があるという。レーガン政権下では、ロック音楽が上院の激しい公聴会を巻き起こしていたが、最終的にペアレンタル・アドバイザリー(保護者への警告)のラベルを貼られることになったのは、むしろヒップホップのレコードのほうが多かった。クーグラーが少年時代に憧れたN.W.Aやアイス・T、2ライブ・クルー、トゥー・ショートといったヒップホップスターたちは、わいせつ性や暴力性を理由に政府から追及され、弾圧の対象となった。そうした批判の多くは、白人主導の「品行方正」的な価値観に基づいていたようにも見えるが、一方で公民権運動の活動家C・ドロレス・タッカーは、ギャングスタ・ラップの女性蔑視や暴力性に対して明確に異を唱え、ラップの歌詞を巡る連邦議会の公聴会を牽引する存在となった。その場でジャーナリストのネルソン・ジョージは、ヒップホップを擁護しながらこう述べた。「仮に”きわどいラップ”を全部取り除いたとしても、そこに描かれていた過酷な現実は、決してなくなることはない」
「若者がやっていることは、いつだって悪者にされるんだよ」と、クーグラーはブルースとラップの”悪魔化”の共通点について語る。「それは人間の性(さが)なんだ。ブラック・カルチャーに限った話じゃない」そして彼はこう続ける──サミーの父の警告も、まったくの誤りではなかったのだと。「いいかい、悪魔がいなかったとしても、あのジューク・ジョイントにいた人たちはみんな”運命づけられてた”んだよ」と彼は言い添える。映画の中では、実はクー・クラックス・クラン(KKK)が、ヴァンパイアが現れる前に参加者全員を虐殺しようとしていた、という衝撃の事実が明かされる。「この映画の中に、はっきり”正しい”とか”間違ってる”とか言える人間はいないんだ。あらゆる音楽表現にとって、危機は常に存在しているんだよ」
「悪魔」が想起させる、音楽業界のレイシズムと搾取構造
クーグラーは、歴史的にアーティストたちが直面してきた「搾取」についても、それが非常に危険なものであると考えている。ヒップホップが巨大な商業勢力となるなかで、わずかなラッパーたちには富や権力、影響力といったものが提示された──それはある種「ファウスト的契約(悪魔との取引)」ともいえるものだった。ケンドリック・ラマーは、最も政治的な作品のひとつである『To Pimp a Butterfly』の中で、自らの音楽業界での経験を”ルシファーとのダンス”として暗示しているが、それはブルースの伝説的ギタリスト、ロバート・ジョンソンの逸話──「悪魔に魂を売り渡して超絶技巧を手に入れた」という神話──を想起させる。こうした「ファウスト的取引」の構図こそ、クーグラーが『罪人たち』で強く執着したテーマのひとつであり、それは映画の中では、悪役レミックがジューク・ジョイントの人々に「もし仲間になれば、ポスト人種的ユートピアを与えよう」と持ちかける場面で最も明確に表れている。
「どんなことがあっても──音楽が十分にうまければ、誰かが必ず搾取しにくる。あるいはもっとひどいことになる」とクーグラーは語る。「それは音楽に限った話じゃない。何かに秀でていたら、必ずそうなる」彼は隣にいるジョーンズに視線を向けて言う。「アーコモン、君は才能あるダンサーであり振付師だ。今まで何回、”ふざけた連中”に絡まれたり、搾取されたり、危険な目にさらされたことがある?」ジョーンズは即座にこう答える。「もちろん、何度でもあるさ」
『罪人たち』のためにブルースを研究するなかで、クーグラーは音楽業界の歴史と、自らが属する映画業界とのあいだに「ジャンルの人種差別的起源(the racist origins of genre)」と呼ぶ共通項を見出したという。「時間をグッと巻き戻していくとわかるんだけど、かつてブラック・ミュージックはすべて”レース・レコード”って呼ばれてたんだよ。黒人が歌った曲と白人が歌った曲──歌詞も、音楽も、構成も、すべて同じでも──黒人の曲は”レース・レコード”として扱われてしまった」と彼は語る。実際には、ブルースを起点に、ブラック・アメリカンたちはロックンロールやカントリーの源流を生み出してきたのだが、その音楽的発明の恩恵やジャンルの正当な評価は、白人アーティストのもとに集中するように制度が設計されていた。「誰がいくらもらえる?」「誰がどのツアーに出られる?」「どの曲がどのラジオで流される?」──クーグラーはそう問いかけながら、こう続ける。「映画業界も、音楽ビジネスと関係がある。こっちはより新しい産業だけど、作られたとき、その設計者たちは音楽業界を参考にしていた。”なるほど、あれと同じような仕組みをどうやって作れるか?”ってね」
『罪人たち』サウンドトラックはブルースの伝統を取り入れた楽曲で構成。映画のキャスト陣に加えて、ブリタニー・ハワード、ジェイムス・ブレイク、ロッド・ウェーブ、リアノン・ギデンズといった実力派アーティストが名を連ねている
『罪人たち』のスコアを手がけたのは、スウェーデン出身の作曲家ルドウィグ・ゴランソン。彼はライアン・クーグラーが監督した全長編作品のスコアを一貫して担当しており、『ブラックパンサー』ではアカデミー賞・作曲賞を受賞した。今作では重厚なオーケストレーションとブルースの伝統を巧みに融合。ブルース・ギタリストのクリストン ”キングフィッシュ” イングラム、メタリカのドラマーであるラーズ・ウルリッヒらが参加
表面的に見れば、この映画におけるヴァンパイア的な要素──とくに白人アイルランド人のレミックがそのリーダーであり、サミーの”魔法のような音楽的才能”を強く欲しているという設定──は、音楽業界においてブラック・アーティストやその音楽が、白人の重役たちによって白人の観客と彼ら自身の利益のために搾取されてきた歴史を想起させる。この点をクーグラーに指摘すると、彼はとりわけヒップホップに関して、その構造に思いを馳せる。ラッパーたちは時に破滅的な契約に縛られ、過激な政治的ラップからは手を引くよう誘導され、そして非ブラックのアーティストたちだけが手の届かない成功を収めていく──そんな構造的な不平等が横たわっているのだ。
それでもクーグラーは、自身が意図したのはもっと広い視野での描写だったと語る。「今回の映画では、特定の寓意やアレゴリーに深入りしすぎないと自分に言い聞かせてたんだ」と彼は話す。「僕が伝えたかったのは、特定の比喩じゃなく、”感情”そのものだった。この映画の本質は、”ある感情”が商品化されていくことについてなんだ」そう語りながら、彼はジューク・ジョイントという場所の前提に言及する。そこはスモークとスタックの双子が、コミュニティの「発散」や「癒し」への欲求を利用して富を築く場だ。「それをやってるのはヴァンパイアじゃない。ヴァンパイアは誰からも”感情に対する料金”を取ってない」と彼は言う。「僕がとても興味を持っていたのは、双子の方なんだ。もしヴァンパイアが一切出てこなかったとして、この映画の”悪魔”は誰だったのか? サミーの才能を最初に見抜いて、それを”金になる”と思ったのは誰か? 誰が本当に恐ろしい存在なのか? 誰にみんなが怯えているのか? この作品はヴァンパイアだけではなく、彼らも含めた全体の”織物(タペストリー)”なんだよ」
一方で『罪人たち』は、双子が世界中を渡り歩いて金を追い求めるその行動の裏には、実のところ「彼ら自身の自由を求める旅」が隠されていることを、明確に描いている。同様のことは、悪役レミックにも当てはまる。彼はアイルランドからの移民であり、かつて自らの民族や伝統、そして自己決定権を過酷な植民地主義によって奪われた人物だ。「彼は、自分と同じような経験を持つ人々を探していたんだ」とクーグラーは語る。”反響”するのは音楽だけじゃない。あらゆるものが反響するんだ。人々が体系的に搾取されたとき、その搾取は反響を生む。過去に多くの人が騙された場所では、今もまた誰かが騙されやすくなっている。その場所にいる人々は、〈取引の向こう側〉に立たされたときの感覚を、よく知ってるんだよ」
From Rolling Stone US.
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『罪人たち』
2025年6月20日(金)IMAX、2D字幕、Dolby Cinemaで劇場公開
出演:マイケル・B・ジョーダン、ヘイリー・スタインフェルド、マイルズ・ケイトン、ジャック・オコンネル、ウンミ・モサク、ジェイミー・ローソン、オマー・ベンソン・ミラー、デルロイ・リンドー
監督・脚本・製作:ライアン・クーグラー
配給:ワーナー・ブラザース映画
原題:Sinners/137分/PG12
©2025 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. IMAX® is a registered trademark of IMAX Corporation. Dolby Cinema® is a registered trademark of Dolby Laboratories
公式サイト:https://www.warnerbros.co.jp/movie/o596j9bjp/
『罪人たち』オリジナル・サウンドトラック
配信:https://SonyMusicJapan.lnk.to/Sinners_OSTFY
『罪人たち』スコア
ルドウィグ・ゴランソン