
ポルシェは創業以来、ターボ技術の最先端を走り続けてきた。昨年は同社初のターボチャージャー搭載市販車である911ターボ(ポルシェの開発コードでは930型)が誕生して50周年の記念すべき年だった。1974年末に発売された930型は、それ自体が伝説となっただけでなく、後継モデルの道筋を築いた。
【画像】ポルシェの歴代ターボエンジンを味わってみると、初期のより素朴なターボチャージャーには比類なき個性が宿っていることに気づく(写真9点)
930
ポルシェが所蔵するコレクションから駆り出された初期の930型のステアリングを握るだけでも、この上ない光栄なことだ。生産初期ロットの930型は見事に保存されており、オリジナルの3リッターエンジンと4速トランスミッションを搭載している。ウィドウメーカー(未亡人製造機)という異名で知られる通り、瞬時に乗り手を威圧する。そして、雨が降り始めた…
ややちぐはぐなギアレシオ、パワーアシストのない重いステアリング、相変わらず操作方法に戸惑う曇り止めスイッチ、すべてが当時のままの姿である。市街地走行ではほとんど2速から抜け出せないが、頃合いを見計らってアクセルペダルを踏み込んでみる。ターボの効きは強烈で、ドライバーの興奮度合にもブーストがかかる。現代の電子制御システムと進化したターボ技術は、このような旧世代ターボ車の気難しさを良くも悪くも取り払っている。
930型のエンジンを常にターボのブーストが掛かる最適な回転域に保つことも、この車を楽しむ醍醐味のひとつと言えよう。もっとも、ターボが効いていない領域でもフラットシックスエンジンは極めて扱いやすい。ひとたびタコメーターが2500rpmに達した瞬間にターボチャージャーが目覚め、中毒性のある260bhpを叩き出す。これこそが、我々がターボを愛してやまない理由なのだ。
シュトゥットガルトの東へ約1時間に位置するフルークプラッツ・ドンツドルフの小さな飛行場に到着すると、956レーサーの勇姿が我々を出迎えた。ここでポルシェが誇る輝かしいターボの歴史を祝うために集まったのだ。多くの偉大なイノベーションと同様に、ポルシェのターボへの取り組みもモータースポーツから始まったのである。
多気筒化、あるいは過給か
1969年にポルシェのモータースポーツ部門に加わったエンジニアのヘルマン・ブルストは、レーシング部門の責任者ペーター・ファルクに招聘された人物である。917、917Can-Am、908-03、そして908-02ロングテールなどのエアロダイナミクスの改良を担当した。ポルシェが1970年のル・マン優勝という伝説的な快挙を成し遂げた後、初のターボ搭載レーシングマシンを開発した背景をブルスト自身が説明してくれた。
「ターボチャージャーを搭載する目的には、二つの選択肢がありました。同じ排気量で最高出力を引き上げるか、最高出力を維持したまま排気量を減らすかです。Can-Amシリーズに向けて、社内では自然吸気の16気筒エンジンとターボチャージャー付き12気筒エンジンの間で、一種の開発競争が行われていました。最終的にターボチャージャー付き12気筒エンジンが採用されましたが、それは車両の重量とサイズを抑えられたからです。このエンジンは排気量5.4リッターで、1000bhp以上を発生させることができました」と振り返る。
1972年と73年の成績は驚異的なものだった。ポルシェはほぼすべてのレースで勝利を収め、2年連続でCan-Amチャンピオンシップを制覇。ポルシェの圧倒的な強さゆえに、1974年には主催者がレギュレーションを変更したほどだ。結果、ポルシェは同カテゴリーから”締め出された”かたちになった。
ブルストのチームは、カレラRS2.7の”ダックテール”スポイラーを手掛けた後、930型のエアロダイナミクスにも関与した。巨大な”ホエールテール”スポイラーに加え、車体の浮き上がりを抑制し、高速安定性を向上させるフロントスポイラーを開発したのも、ブルストのチームである。
「開発チーム内では、ターボ技術はすぐに日常的な仕事の一部となりました。スポイラーを含めた新機能は入念なテストが必要だったので、極暑でのテストにはサハラ砂漠へ、零下30度でのテストのためにはフィンランド北部へと車両を持ち込みました。当時は過剰とも思える細部へのこだわりぶりでしたが、1974年以降に発売された車両はポルシェの品質面で大きな飛躍を遂げることができました。あの時のこだわりがあったからこそ、その後すべてのモデルが恩恵を受けることになったのです」とブルストは続けた。
ターボラグの克服
ポルシェは初期の勝利以来、一貫してターボ技術への忠誠を誓ったかのごとく数多くのレーシングマシンにターボチャージャーを搭載し、やがて市販車へと展開していった。初めてのターボチャージャー付きエンジンを搭載した930型がデビューしたのは、1974年のことだた。1976年にル・マンを制した936ターボのようなレーシングマシンの継続的な開発が、930型の後期モデルにおけるインタークーラーの改良へとつながっている。
レースでのポルシェの勝利は印象的なものだったが、ターボ技術は課題も抱えていた。市販車でもターボラグを経験した人は多いだろうが、サーキットではまったく次元の異なる問題だった。
「ターボチャージャーのブーストを保つために、ドライバーはエンジンの回転数を落とせませんでした。コーナーはスローイン・ファーストアウトという鉄則がありますが、ドライバーはブレーキペダル踏んで減速しながらも、アクセルペダルを踏み込んでエンジンの回転数を維持する必要がありました」とブルストは回想した。
ターボラグに対処するため1980年代初頭までには、左足ブレーキはほとんどのレーシングドライバーやラリードライバーにとって必須のスキルとなっていた。そして市販車においては、エンジニアたちは長年にわたってターボラグの解消に努めてきた。
「930型には大型インタークーラーを搭載し、993型ではツインターボ技術を採用、そして996型では可変吸気システムを導入するなどして、常に市販車のターボを最適化してきました」
1990年、空冷フラットシックス生みの親として知られるハンス・メッツガー率いるレースエンジン開発・研究部門に加わったのが、トーマス・クリッケルベルグだ。
「世代を超えたエンジニアたちが出力向上、燃費改善、排出ガス規制への適合とともに、ターボラグの解消に取り組み続けてきました。ターボラグ低減における最大の進歩は、997型で導入した可変タービンジオメトリーによってもたらされました」
簡単に聞こえるかもしれないが、タービンの周りには気流を制御するための小さなフラップやベーンが複数配置されており、1000℃以上の高温下で正確に調整・作動しなければならない。そのため、さまざまな材料を用いて多くのテストとシミュレーションを重ね、開発は難しいものだったという。ポルシェにおける開発スピードは常に重要な強みであり、その多くはハンス・メッツガーの功績だったとブルストは説明する。
「TAGのF1エンジンはメッツガーの傑作でした。排気量1.5リッターで1000bhpを発生させることができたのです。つまり、Can-Amマシンが5.3リッターエンジンと同じ最高出力です。10年~12年の間に、ターボ技術がいかに大きな進歩を遂げたかを如実に示しています」
ターボはポルシェのアイコンへ
現在では、ポルシェ車のほぼすべてのエンジンがターボチャージャーを搭載している。そして、もはやターボラグは問題にならないところまで進化を遂げた。ポルシェではターボ技術を20年以上にわたって磨き上げてきた。レースから市販車への技術移転だけでなく、実はその逆も行われている。なんとル・マンで優勝した919ハイブリッドが採用していた排熱回収システムは、市販車で培ったターボ技術のフィードバックであったのだ。
ポルシェ956のデモンストレーション走行でアフターファイアーを満喫した後、ほかのターボモデルを運転する時が来た。フロントに4気筒エンジンを搭載し、トランスアクスルを採用した924は1976年に発売され、1978年にはターボモデルが追加された。アメリカで一時期取り沙汰されたRR規制への対策であったとも言われている。前後重量配分が理想的な924は優れた走行性能を証明し、924カレラGTRはサーキットで好成績を収めた。後継モデルである944は1982年に登場し、ターボモデルも投入された。
4気筒ターボエンジンのサウンドは、フラットシックスの快音とは比べ物にならないが、別な部分で911に勝っていた。キャビンはモダンでスタイリッシュに感じられ、ドライビングポジションも優れている。そして、絶妙な手応えにセッティングされたパワーステアリングの操舵感の心地よさは特筆に値する。当時、944は市販車のなかで最も優れたハンドリング性能を誇る一台であった。
944ターボSの最高出力は、同時期の911よりもややパワフルな250bhpを誇る。5速MTと2000rpmから利き始めるターボは、暴力的ではなく扱いやすい。それでもポルシェが公表していた0-62mph(約100㎞/h)加速は6秒以下で、当時の数値としては目を見張るものだった。そして褒めるべきはエンジンよりも、至高のバランスを実現させたシャシーであるのかもしれない。もう一歩踏み込んで記すと、同時期の911ターボほどエンジンに感情的な魅力は覚えない。
リファインされた944から、カイエン・ターボSへと乗り移った。カイエンはポルシェに大きな富をもたらし、今やラインナップに加わってから20年以上の歴史を持つ。デビュー当初、ポルシェ愛好家たちにとってはある種のカルチャーショックだったかもしれないが、自動車業界に十分に開拓されていないセグメントが存在することを知らしめた。2006年式のカイエンターボ Sは、カレラGTに次ぐ、当時2番目にパワフルなポルシェの市販車であり、最高出力514bhpを誇っていた。
ドライビングポジションはまごうことなきSUVだが、キャビンはポルシェそのもの。アイドリング状態でもツインターボV8エンジンは肉厚なサウンドを轟かせ、ひとたび走り出せばターボ技術の進歩に驚かされる。オートマチック・トランスミッションによるドライビングはいとも容易く、ターボの効きは強烈ながらごくナチュラル。2355㎏という車両重量を微塵にも感じさせない加速力は、素晴らしい仕上がりのパワーユニットのおかげである。そして、車高調整機能付きのエアサスペンションのおかげで、予想よりも遥かに少ないボディロールでコーナーを駆け抜ける。罪深い悦びをもたらす車と表現したくなるほどだ。
2009年、ポルシェはパナメーラという形でセダンをラインナップに追加した。私がステアリングを握った車は、ドイツの歌手ウド・リンデンベルグが新車で購入した2010年式パナメーラ・ターボだ。洗練度はもはや最高レベルに達しており、4.8リッターツインターボV8はドラマチックな変化を感じさせることなく、極めてレスポンシブに493bhpを発生させる。ターボラグの問題は、もはや存在しない。ボディは一見、大きく感じられるものの見事なシャシーダイナミクスにより、走らせると一体感がありボディが”小さく”感じられる。そういう意味では印象的ではあるのだが、どこか心に訴えかけるものが少なくもある。
そして、最後の楽しみが待っていた。この日の締めくくりとして、最新の992型ターボで空港に戻る時が来た。近年911ターボは(GTモデルは別として)カタログモデルのトップに君臨し続けている。ただ、2015年以降、カレラモデルもターボ化されたため、ポルシェは911ターボを際立たせるべく持てる知識と技術のすべてを注ぎ込んでいる。トルクベクタリング機能付き4輪駆動システム、4輪操舵システム、そして8速PDKトランスミッションが、最高出力572bhpを扱うために必要なツールとして用意されている。0-60mph(約97km/h)加速は2.7秒、最高速度は時速198mph(約319km/h)を誇る。992ターボは歴代911ターボのなかで最も容易に、圧倒的な性能を体感することができるだけでなく、市販車で体験できる最も驚異的なドライビングエクスペリエンスの一つとなっている。
ポルシェのような先駆者たちの功績によりターボ技術は目覚ましい進化を遂げ、今日の自動車はかつてないほどのスピードと効率性を手に入れている。しかし、歴代ターボエンジンを味わってみると、初期のより素朴なターボチャージャーには比類なき個性が宿っていることにも気づかされる。扱いが難しいからこそ納得いく運転ができた際の満足感を得られるからなのか、単にノスタルジックな気分に浸れるからなのかは定かではない。
最新の911ターボは50年の歳月をかけて進化してきた。絶対性能では最新型が最良ではあっても、一部の人々にはオリジナルが常に最高のモデルとして君臨し続けても不思議ではない。
編集翻訳:古賀貴司(自動車王国) Transcreation:Takashi KOGA (carkingdom)Words:Matthew Hayward Photography:Porsche