
1978年に、人生で初めてF1モナコグランプリを見に行った。ビルの谷間に木霊するF1サウンドに痺れたものである。この年は3種類の12気筒エンジンが競演した。それはフェラーリのフラット12、マトラのV12、そしてアルファロメオのフラット12であった。この時ばかりは、単独で聞けば素晴らしいサウンドだと思っていたDFVのV8エンジンのサウンドが、みすぼらしく聞こえたものである。
【画像】当時の革新的な技術をもって作られ、圧倒的な強さを見せたアルファロメオのTT12とSC12(写真8点)
いずれの12気筒もまったく異なるサウンドを奏でていたから、マシンが見えなくてもどの車かはすぐに分かった。アルファロメオのそれは最も低くドスの効いたサウンドで、甲高い咆哮のフェラーリやマトラとは明白に異なっていた。このエンジンこそ、アルファに貴重なスポーツカー部門でのチャンピオンをもたらしたユニットと同型のものである。
カルロ・キティによるデザインのこのエンジンは、ティーポ105-12のコードネームを持ち、アルミニウム製クランクケースにクロームメッキのライナー。ボアxストロークは77 x 53.6mmで、排気量は2995ccであった。メインベアリングは4個、コンロッドはチタン製。潤滑システムは4つのリカバリーポンプを持つなど、当時としては最も革新的といえる設計を持っていたのである。
また、シリンダーヘッドもアルミ製で、気筒当たり4バルブ。ダブルスプリングとカムを2軸制御するためのカップが、ギア列によって動かされていた。初期の重量は181kgであったという。そして最高出力は500ps/11500rpmである。
このエンジンを搭載したTT12は、1975年のスポーツカーチャンピオンシップ全8戦中、7戦で勝利する圧倒的な強さを発揮して、この年のチャンピオンとなった。そして、この翌年、アルファでは初めてとなるツインターボエンジンを搭載したマシンが誕生する。ターボ係数を考慮した排気量は、ボアは同じながら、ストロークを38.mmに短縮し、異様なショートストロークの2134ccとされ、KKK製のツインターボで武装したそれは、NAの500psから640ps/11000rpmへと引き上げられていたのである。このエンジンを搭載したマシンこそ、今回の主役、アルファロメオ ティーポ33SC12である。
このTT12からSC12への転換は、単にフラット12気筒エンジンがNAからツインターボに変わっただけではなく、TTはそもそもイタリア語のTubolare Telaio、チューブラーフレームを意味し、一方のSCの方はScatolatoのSCを取ったもので、これはイタリア語では箱を意味し、要はモノコックフレームとなったという大きな違いがあった。
ティーポ105-12ユニットは、76年以降F1チームのブラバムが採用し、アルファロメオも74年以降、本体は基本的にレースから撤退し、75年シーズンはその活動をドイツ人ウィリー・カウーゼンの組織にある意味丸投げの形で勝利を挙げていたため、チャンピオンも手中に収めたことから、ターボユニットを開発し、モノコックの新たなシャシーを製作したものの、スポーツカーレースへの関与はどうやら限定的だったようである。
というわけで76年シーズンには目立った戦績は収めなかったものの、これが77年シーズンになると、組織が75年のウィリーカウーゼン・レーシングチームから本来のアウトデルタSpAに移行したこともあってなのか、全8戦で開催されたシリーズを何と全勝で再度チャンピオンに輝くのである。
外観上、TT12とSC12を見分けるのは極めて困難で、ほぼ同じカウルを纏っていると言って過言ではない。TT12に関してその生産台数は正確には解っていないが、アルファロメオの権威、ルイジ・フーシの書籍によれば、それは6台とされ、いずれのシャシーナンバーも現存が確認されている。だが、AIに生成させた記述では、10台ほどとなっており、他の信頼できるWEBサイトでも6台から12台が生産されたとされている。不明の根拠は、現存するシャシーナンバーが006から始まっていることや、012で終わるうち、009は飛んでいることなどがある。因みにレーシングヒストリーのない AR 11512-011は、一時日本人オーナーが所有していた。
一方のSC12は僅か2台しか作られなかった。このうち1台は今もアルファロメオのミュージアムにある。そして残りの1台がロッソビアンコ博物館に所蔵されていたモデルで、現在はオランダのローマン博物館が所有している。ティーポ33という名のモデルは60年代に2㍑V8を搭載して登場し、このフラット12エンジンを積んだSC12で終了する。これ以降、アルファロメオではスポーツプロトタイプのレーシングカーを開発していないので、まさにアルファ最後のレーシングスポーツがこのティーポ33SC12、ということになる。
文:中村孝仁 写真:T. Etoh