
去る4月、グッドウッドにてボナムスのオークションが開催された。出品車両の中で目に留まったのは1975年のフェラーリ365GT4BB。387台しか生産されなかった365GT4BBのうち、58台しか存在しない右ハンドル仕様であったのだ。しかも、初代オーナーはエリック・クラプトンで、1977年にリリースされたクラプトンのアルバム『スローハンド』のジャケット中身に写真当該車両が掲載されている、というではないか。
【画像】エリック・クラプトンが所有し、アルバム『スローハンド』に”出演”したフェラーリ365GT4BB(写真21点)
音楽活動と並んで、クラプトンはフェラーリ・エンスージアストとしても有名だ。2010年にはフェラーリのスペシャルプロジェクト部門がクラプトンのために製作したカスタム車両「SP12EC」(458イタリアをベースに512BBを彷彿とさせるスタイリングを採用)が納車されたことが話題になった。現在、クラプトンは250GTショートホイールベース、275GTSも所有している。
ビートルズのジョージ・ハリスンが365GT4BBに乗っている姿を見て一目惚れし、イギリスにおけるフェラーリ・ディーラーのひとつ「マラネロ・コンセッショネアーズ」を通じて発注した。ジョージ・ハリスンが乗る365GT4BBに惚れ、ジョージ・ハリスンの妻であったパティ・ボイドに恋をし(後に結婚)、…クラプトンはジョージ・ハリスンに憧れていたのではないか、という疑いを持ってしまう。
もとい。
新車発注時の365GT4BBはアルジェント・オートゥイユ(シルバー)のエクステリアにブラックレザー・インテリアという上品な仕様だった。クラプトンに同車が納車されたのは、1974年12月24日のクリスマスイブ。発表当時は「世界最速かつ最高額の自動車」として君臨しており、成功したミュージシャンらしい自分へのクリスマスプレゼントとなったわけだ。
しかし、この美しい物語には意外な展開が待っていた。クラプトンがこのフェラーリを走らせたのは、わずか43マイル。クラプトンは飲酒運転で365GT4BBの右側面を大破させた。クラプトンは大けがをすることなく、奇跡的に鼓膜の穿孔だけで済んだ。
実はクラプトンがフェラーリを大破させるのはこれで2回目だったという。1970年、初めてボイドとキスを交わした際、無免許だったにもかかわらず所有していたフェラーリをクラッシュさせたことがあるのだそう…
クラプトンのアルバム『スローハンド』のジャケット中身には、クラッシュさせた365GT4BBの写真が用いられている。また、同アルバムにはボイドのために作られた楽曲『ワンダフル・トゥナイト』が収められている。何らかのメッセージが込められているのだろうか?
事故後、当該車両は1975年10月3日に現在の売主の元に渡った。”特別”な手段を用いたわけではなく、中古車販売雑誌「エクスチェンジ&マート」の広告で元クラプトン所有車を発見したそうだ。修復にともない、ボディカラーはロッソ(赤)に塗られた。
ボナムスの車両解説で「ん???」となったのは、この車両、なんと売主のキッチンに飾られていたと記されている。現在の走行距離は1万4,900マイルなので、1万4,000マイル以上は”走った”形跡があるのだが、約50年近くもオブジェと化していたわけだ。保存状態良好と受け取るか、不動状態が50年も続いたと受け取るか、は人それぞれだろう。
いずれにせよ、当該車両を走らせるにはみっちりと整備を施す必要があるのは誰の目にも明らか。予想落札価格は17万5,000ポンド~27万5,000ポンドと見積もられていたが、落札価格は17万8,250ポンドにとどまった。整備にお金がかかることを見越した聡明な入札者が多かった、ということだろう。
クラプトンが所有していたというヒストリー、アルバム『スローハンド』に”出演”した、という付加価値はいずれもっと評価される日が来るかもしれない。唯一無二の365GT4BBを落札した人は、きっとワンダフル・トゥナイトを聴いていることだろう。
文:古賀貴司(自動車王国) Words: Takashi KOGA (carkingdom)