無念の結末に…成績不振でシーズン序盤に現場を去った監督(3)選手は奮闘…

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 プロ野球の世界において、チームすべての責任を背負うのが「監督」の役割である。プレッシャーの大きいポジションだけに、チームの成績が振るわずシーズン前半から休養、事実上の解任となったケースも存在する。そこで今回は、チームの成績不振により、シーズン前半戦で現場から去った監督を取り上げたい。

大矢明彦

・投打:右投右打

・身長/体重:173cm/77kg

・生年月日:1947年12月20日

・経歴:早稲田実 - 駒沢大

・ドラフト:1969年ドラフト7位

 

 2度目の監督就任ながら、5月中旬で休養を余儀なくされたのが、大矢明彦である。

 

 駒沢大を経て1969年ドラフトでヤクルトアトムズ(現・スワローズ)に入団。16年の現役生活を全うし、解説や評論家時代を経て、横浜ベイスターズ(現・DeNA)のコーチに就任し、1996年から監督を務めた。

 

 

 1997年の2位躍進に貢献しながらも、同年限りで退任。その後、再び解説者としてのキャリアを歩み、2007年に2度目の監督就任を果たすと、同年は4位に食い込んだ。

 

 就任2年目は手腕が期待されたものの、投手陣が壊滅状態だったチーム事情もあり、最下位でシーズン終了。

 

 同年は内川聖一が首位打者、村田修一が本塁打王に輝いたことが、せめてもの救いだった。

 

 汚名返上を誓った就任3年目だったが、開幕6連敗スタートという厳しい状況に。5月下旬を前にして無期限の休養が発表され、現場に戻ることはなかった。

 

 

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