熱中症と聞くと、“真夏”のイメージがある人が多いのではないだろうか。だが新百合ヶ丘総合病院救急センター長の伊藤敏孝先生は、「ゴールデンウイーク明けから一日1人ぐらい、熱中症で救急センターに運ばれてきています」と警鐘を鳴らす。しかも、それは意外にも高齢の方ではなく、若者や子どもたち…。実はこの時期に熱中症で運ばれてくるのは若者が多く、高齢の方はもっと暑くなってからと、順番が逆だというのだ。どうしてこのような現象が起こるのか。5月~6月の熱中症のメカニズムと年齢の関係、熱中症対策について聞いてみた。

■今の季節に熱中症が危険なわけ

2025年の夏は、統計以降最も暑い夏となった2023年、2024年に続き、再び猛暑となる予想がされている。当然、熱中症に気をつけなければならないが、それは真夏に限らない。伊藤敏孝先生によれば、「例年ですと梅雨の時期ぐらいから熱中症が増えるのですが、去年あたりからなぜか5月から熱中症で運ばれてくる患者さんが多いです」とのこと。つまり今現在がまさに、熱中症の危険がある時期なのだ。

「実は熱中症は、暑くなり始める時のほうが多いのです。8月ぐらいになって熱中症になる方も確かにいるのですが、その頃には、だんだん暑さに体が慣れていっているんですね。それに5月、6月はじめぐらいには熱中症はないと皆さん誤認しているのですが、5~6月は湿度が高くなる。湿度が高くなると汗が蒸発しづらく、気化熱によって体を冷やすことが困難になる。結果、熱中症を招くことが多くなるのです」(伊藤敏孝先生/以下同)

今が危険というのは、冬を経て、体が暑さに慣れてないこともある。人体は37℃前後に体温を保とうとする機能がある。体内が暑くなってくると、呼吸をしたり手の血管を拡張させて、外気との温度の差で血管内の血液を冷やすようにできている。そして最もよく知られるのが汗だ。汗をかき、その気化熱で体を冷やす。ところが、5月頃だと冬の間に汗をかかなかった分、汗腺が活発になっておらず、発汗がうまくできない。さらにはミネラル分が溜まってしまっているため、気化しづらいベタベタとした汗となる。これに周囲の湿気が重なり、熱中症になりやすくなるのだ。

「ゆえにこの時期は、体を暑さに慣らしていく“暑熱順化”が重要です。この時期の汗は、ナトリウムなどの体のミネラルが多く含まれている。ですが汗をかき続けることにより、脂まみれのような汗からサラッとした爽やかな汗に変わる。そうすると気化しやすいので体温を下げてくれる。ですから“暑熱順化”がまだできていない5~6月のほうが熱中症としては危険なのです」

■熱中症になるシステムとその対策法

では、なぜこの時期は高齢の方より、体力も充実した若者のほうが熱中症になりやすいのか。

「それは単に、日中の活動量によります。実際に今、運ばれてくる患者さんも、日中に外でお仕事をされている方や、体育祭の子どもたちなどが多い。ただ高齢の方も安全かといえばそうではなく、朝夕は涼しいので、真昼に暑くなっても、その涼しい感覚のまま同じ調子で同じお召し物で働き続けるとその場合は、熱中症になることがある。老齢により暑さを感じにくくなるから、ということもありますのでやはり注意は必要です」

さらに6月も過ぎ、7月、8月になると真昼もそうだが夜も危険になる。

「高齢者の場合、夜、水分をとると夜中にお小水で目が覚めることが多いため、足腰が悪いこともあり、夕食後に水分をとりたがらない人が多いのです。結果、朝には脱水症状になっている。さらにはクーラーなどが嫌いな方が多いことから、脱水症状がひどくなり、朝、熱中症で動けなくなっているという症例はよく見られます」

ところが水分のとり過ぎにも注意が必要だ。スポーツドリンクも同様。それは水分を多くとることで、体内のナトリウムが減少。ナトリウム欠乏症になって熱中症を招くことがある。

「ですから脱水状態の場合はなるべく経口補水液でナトリウムを摂取するか、塩味の飴をなめるなど、ナトリウムを多くとる必要があります。朝しっかりご飯を食べるだけでもナトリウムが補充されますのでおすすめです」

塩分のとりすぎには当然、注意が必要だが、この季節からナトリウムを摂取することは心がけておきたい。

■「B.LEAGUE(B リーグ)」では体を冷やすために市販の氷を使った「ネックアイシング」も

繰り返すが、この5~6月は若者や働き盛り、子どもたちにとって熱中症が多くなる。ナトリウムをとる以外にも対策法はあるのだろうか。

「熱中症への備えは“水分補給”“塩分補給”に加えて“体を冷やす”ことも有効。体を冷やすためには、冷房が効いた場所への避難や、氷などで首回りを冷やす、冷たい飲み物を飲むといった行動が効果的です(腹痛になりやすい人は注意が必要)」

昨今、目にするようになったハンディファンやネッククーラーも効果的だという。だが実はもっとお気楽な対策法もある。それが氷を使った「ネックアイシング」だ。

「アイシング」はもともと、炎症や痛みを抑えるための応急処置法のひとつだが、スポーツ選手は、熱中症を防止するための体温コントロールや疲労回復にもアイシングを活用している。バスケットボールの「B.LEAGUE(B リーグ)」や、各所属チームにおいても氷を活用したアイシングを重要視。プロ選手の多くは、コンディションをベストに保つための手段として、アイシングを上手く活用している。

ここにヒントがある。今、氷は、コンビニなどで簡単に手に入る。カップ型の小型のものも販売している。市販の氷は純度が高いため溶けにくく、家庭で作った氷よりも長持ちするばかりか、都市であれば、コンビニ、スーパーが至るところにあって手に入れやすい。その氷を利用し、手頃の大きさの氷を、 タオルにくるんだり氷のうに入れたりして首に当てる、「アイシング」をスポーツ選手は利用しているのだ。

「スポーツ選手たちのこの手法をこの時期、町中でも参考にしてみてはどうでしょうか。特に首、脇、股間などは血管が太く、その中でも首は氷を当てやすい。そこが冷えれば体にも回っていくので体を冷やすには手っ取り早く、何より、コンビニに入るだけで、涼が取れますから」

実は熱中症になりやすい5月から6月のこの季節。暑さに体が慣れるまで、サラサラ汗に変わるまで、涼をとる、塩分をとる、スポーツ選手に習い、市販の氷を首などに当てるなどして、熱中症対策を試みたい。

伊藤敏孝先生
新百合ヶ丘総合病院 救急センター センター長