武蔵コーポレーションとNTT東日本は、不動産管理業務の効率化や物件付加価値の向上を目的に、賃貸管理物件7棟で広域 Wi-Fiとカメラを活用した実証実験を2024年11月19日より行った。不動産業界初の広域 Wi-Fi『IEEE 802.11ah(以下「11ah」)』を活用した不動産管理業務のDXの取組みとなった今回の実証。背景にある不動産管理業務の課題と今後の展望について両社の担当者に聞いた。
不動産管理の現場が抱える課題
賃貸アパート・マンション(収益不動産)の売買・賃貸管理・工事をワンストップで提供している武蔵コーポレーション。今年で創業20年を迎え、買取再生棟数や再販棟数では国内有数の規模を誇り、現在は関東圏に約3万2,000室・約3,500棟を管理している。
「創業当初から三方よしの理念のもと、個人オーナーの資産運用を軸に誠実な事業を展開してきました」とは、賃貸管理部課長の井瀬裕太氏。
「"売って終わり"の不動産投資会社も多い中、賃貸管理を中核事業としている点が当社の特徴です。とくに近年はオーナー様の安定的な家賃収益につなげていくためにも、入居者様が長く住みやすい、快適な住環境を整えていくことを非常に重視しています」(井瀬氏)
近年、不動産業界では労働人口の減少や管理物件の増加を背景に業務効率化が求められており、入居率の向上と家賃収入の増加を図る空室対策も課題となっている。とくに不動産管理業務ではトラブル対応のため従業員が現地へ移動するため、大きな負担となってきた。
「関東圏の各都県に支店を置き、従業員が迅速に現場でトラブル対応できる体制を整えてきました。とはいえ3万2,000室を管理していると、日々、同時多発的に想定外の問題が発生するため、課題感も感じてきました」(井瀬氏)
同社が管理する物件の多くは30年ほど前に建てられた賃貸アパート・マンションで、平均家賃は5万5,000円ほど。不法駐車、不法駐輪、ゴミ捨てマナーといったトラブル事象は、手頃な家賃帯の築古物件のほうが起きやすい反面、防犯カメラなどデジタルツールへの設備投資は難しい。
「築浅の分譲マンションなどでは、防犯カメラの設置が一般化していますが、個人がオーナーの収益不動産ではほぼ普及していないのが現状です。防犯カメラも含むデジタルツールの導入は、築5年以内の物件では7割を超えているのに対し、築20年以上の物件では2割未満に留まっているといったデータもあります」(井瀬氏)
そうした中で今回の実証実験は去年7月、調布の「NTTe-City Labo」でIEEE 802.11ah (11ah、Wi-Fi HaLow)と遠隔カメラを使った実証展示を目にしたことが契機となっているという。
最新の無線環境の導入で現地確認を効率化
武蔵コーポレーションが保有する賃貸管理物件に建物全体をカバーする無線環境を構築。複数台のカメラ設置することで現地の現況確認を実現し、移動や対応に掛かる従業員の負担軽減を図る。
本実証では共有部や建物周辺の遠隔監視を実現するため、2022年から国内で商用化が開始した920MHz帯を利用するWi-Fi規格「11ah」、通称Wi-Fi HaLowが今回活用されており、実環境での技術実証が行われた。
通信回線・設備の提供やモニタリング環境の構築を行ったNTT東日本 無線&IoTビジネス部 5G/IoT企画担当課長・市川航平氏は、従来の遠隔監視の仕組みとの違いを次のように説明する。
「現在、市場に出回る防犯カメラの多くは有線で設置するタイプで、共同住宅では配線工事が必要となり、景観上の問題や工事コストが導入の障壁になっていました。
無線の場合、一般的な既存の2.4G/5GHz帯のWi-Fiで防犯カメラの映像データを伝送する方法がありますが、伝送距離は50m〜100mほど。自由にカメラを設置しにくく、複数のアクセスポイントを設置しなければならないといった課題がありました」(市川氏)
また、1キロほど広範なエリアをカバーできるLPWAという規格も存在するが、容量の大きい映像データなどの伝送には不向きだったという。
「11ahは2.4G/5GHz帯のWi-FiとLPWAの長所を兼ね備えるWi-Fi 規格で、ひとつのアクセスポイントから複数台のカメラを自由に設置し、映像データを伝送できます。遠隔から現地状況を確認するユースケースに適したWi-Fiで、多分野で活用が進んでいます」(市川氏)
今回、カメラが設置されたのは武蔵コーポレーションが所有する7物件。ゴミ捨てマナー、駐車場・駐輪場のマナーといった課題が見受けられる埼玉県内の物件を武蔵コーポレーションが選定した。一部の物件はカメラの設置が1月にずれ込んだ関係で、実証期間は3月末までの当初の予定から延長されている。
今回カメラが設置された物件のひとつを担当する賃貸管理部の村井佳那子氏は、とくにゴミ置き場のトラブル対応のため現地へ赴くことが多いという。
「ゴミ置き場が散らかっていると、他の入居者様も心理的にも乱雑な捨て方をしてしまうので、適切なタイミングで現地へ足を運んで清掃などの手を打ちたいと考えていました。ただ、カメラの設置前は現地の状況がわからず、無駄足を踏むこともよくありました」(村井氏)
リアルタイムの状況に加えて、録画された定点映像を確認することで、実際にどんな割合でどういった入居者が不適切な捨て方をしているのかなど問題の原因も把握しやすくなったという。映像は人物が映った場面だけ自動抽出されるため確認も容易だ。
「防犯カメラの設置だけで、すぐに根本的な解決ができるわけではありませんが、管理側のトラブルに対する理解が増すことで、現場対応で得られる効果は大きく変わるのかなと。この物件では入居者様の意識が少しずつ変わり、全体的にきれいな状態が増えているように感じています」(村井氏)
スマホ連携とAIによる遠隔対応への期待
今回の実証実験では入居者ではない近隣住民のゴミ置き場の利用が発覚した物件もあったほか、共用部での喫煙の事例もあり、これまで把握されていなかった問題も確認できたそうだ。
なお、トラブルの現状と原因の把握のため、あえて今回は入居者にカメラの設置をアナウンスしていないとのことだが、将来的には抑止効果も当然期待できる。
「映像の確認も含めて社用スマホと連携させて、AIが異変を感知して通知する機能などが拡充されると、今後より使いやすくなと思います。現地の現況確認から、トラブル事象が発生した場合の対応まで遠隔でできる仕組みを実現したいです」(井瀬氏)
「できれば家賃帯などに関わらず、やはり理想はすべての物件で防犯カメラの設置を進めたいです。設備投資を行いながら物件価値を向上させ、入居者様やオーナー様にとって高価値な物件を供給し、地域の皆様も含めて快適で安全な生活ができるよう、さらなるサービス向上へつなげていきたいと思います」(井瀬氏)
NTT東日本は11ahアクセスポイント機能の提供のみならず、スマートホームの世界標準規格Matterの実装の実装など、不動産管理業務のDXを推進。地域活性化などにつなげていく。
「今回使ったWi-Fi HaLow対応カメラはコンセントから電源をとるもので、コンセントがない屋上などにはソーラーパネルとバッテリーを設置しました。日照不足でカメラの電源が切れてしまうこともあり、今後はアプリの機能拡充と併せて、給電設備の大容量化・小型化を進めて、より使いやすいものにしたいです。
今後も入居者様、オーナー様、管理会社様に貢献できるよう、引き続きサービスをご提案していきたいと思います」(市川氏)