広島電鉄は、新路線「駅前大橋ルート」の開業日を2025年8月3日と発表した。JR広島駅ビルの2階から発着し、稲荷町交差点を経由して比治山町交差点で皆実線に合流する。新路線の開業と引換えに、現行の広島駅電停から猿猴橋町電停を経て的場町電停に至る区間は廃止される。あわせて広島駅を経由しない環状線系統が新設される。
鉄軌道事業、バス事業、不動産事業を運営する広島電鉄は、会社自体も「ひろでん」の略称で親しまれているが、狭い意味では鉄軌道事業を「ひろでん」と呼ぶ。県外からの旅行者らが「広島市電」と呼ぶ場合もあるが、広島市の運営ではない。民営の鉄軌道である。
現在、広島電鉄の鉄軌道路線は本線(広島駅~広電西広島間)、宇品線(紙屋町~広島港間)、江波線(土橋~江波間)、横川線(十日市町~横川駅間)、皆実線(的場町~皆実町六丁目間)、白島線(八丁堀~白島間)、宮島線(広電西広島~広電宮島口間)の計7路線。宮島線は鉄道線、他の路線は軌道線であり、軌道線をまとめて「市内線」と呼んでいる。
広島電鉄にとって「駅前大橋ルート」は、1954年に江波線がグランド口(現・舟入南)~江波間を延伸して以来、71年ぶりの新規開業区間となる。広島駅南側にある駅前大橋の10車線道路のうち、中央分離帯に複線勾配の高架軌道を建設し、広島駅に向かって盛り土と高架橋でつなぎ、新しい広島駅ビルの2階、自由通路部分へ乗り入れる。
駅前大橋の南側にある稲荷町交差点で、既設の本線と平面交差して駅前通りを南進し、松川町交差点に停留場を新設。駅前通りから離れてさらに南へ進み、比治山町交差点で既設の皆実線に合流する。停留場としての分岐点は比治山下電停となる。
市内線の運行系統はどう変わるか
路面電車の市内線は、路線名より運行系統で説明したほうがわかりやすい。現在は広島駅電停から稲荷町電停まで、広島港行(本通経由)の1号線、広電宮島口行の2号線、広島港行(比治山橋経由)の5号線、江波行の6号線が走っている。観光客向けに説明すると、広島駅から原爆ドーム前電停に行く系統は2号線と6号線である。広島港電停へ向かう1号線と5号線を比較すると、1号線は市街地の紙屋町東電停や本通電停を通るが、走行距離では5号線のほうが短い。
広島市が公開した資料によると、8月3日から1・2・5・6号線のすべてが稲荷町経由となり、5号線は稲荷町電停から「駅前大橋ルート」を南下するルートで広島港電停に至るという。5号線が通らなくなる的場町~比治山下間と、1・2・6号線が通らなくなる的場町~稲荷町間を新設の環状線が通る。環状線は「稲荷町~的場町~皆実町六丁目~広電本社前~市役所前~紙屋町~稲荷町」というルートで、広島駅には寄らず、市内中心部を循環する運行形態になる。
広島駅~猿猴橋町~的場町間は廃止される。中間の猿猴橋町電停だけ廃止になって不便になりそうだが、広島駅電停も的場町電停も猿猴橋町電停から250mの距離にあり、徒歩5分程度。広島市によると、救済措置として、広島駅南口の3カ所に分散していた路線バスの停留所を現・広島駅電停の向かい側、ビックカメラ広島駅前店付近に集約するという。猿猴橋町電停から約160m、徒歩2分程度の場所であり、広範囲の目的地へ到達できる。
きっかけは荒神橋周辺の交通渋滞だった
JR西日本の広島駅ビルを改築するにあたり、広島電鉄の広島駅電停を地平から2階に移設する。南北自由通路を介して、山陽新幹線・JR在来線と広島電鉄の乗換えが便利になる。しかし、これだけが「駅前大橋ルート」建設の理由ではない。
広島市がウェブサイトで公開している「広島駅南口広場の再整備等に係る基本方針の決定」によると、きっかけは広島駅南口広場に交通結節機能がないことだったという。バスの降車場が駅から離れている上に、広島電鉄の乗降場の処理能力が不十分で、広島駅電停に到着する路面電車が行列を作っていた。その結果、路面電車と共用する道路のうち、荒神橋~稲荷町間で慢性的な渋滞を起こしていたとのこと。
筆者がGoogleマップで交通状況を確認したところ、たしかに午前から夕方まで渋滞を示す赤い線が消えなかった。荒神橋は片側1車線で、低速であれば片側に2台並んで走行できるという状況。荒神橋の西側は片側2車線、東側は1車線同士の道路が合流する構造になっている。路面電車の軌道がなければ、荒神橋を片側2車線とし、右折レーンも設定できそうに思える。
広島市は1999年11月に策定した「新たな公共交通体系づくりの基本計画」の中で、路面電車の「駅前大橋ルート」と広島駅南口広場の再整備について有効性や実現可能性を検討すべきとしていた。「駅前大橋ルート」に関して、2010年6月に広島電鉄の次期社長(当時)が広島駅の地下に乗り入れる意向を示した。これを受けて、広島市は2010年8月、学識経験者や市民らで構成する「広島駅南口広場再整備に係る基本方針検討委員会」を設置した。
2013年6月、基本方針検討委員会は路面電車の「駅前大橋ルート」を高架化し、広島駅ビルに乗り入れる案が望ましいと結論づけた。これに広島電鉄も同意した。この結論に対し、JR西日本は駅ビルの一部改築が難しいとして、南口駅ビルの建替えを決定した。
この時点で、「駅前大橋ルート」は皆実線の比治山町交差点から的場町電停にかけての区間と、本線の稲荷町電停から的場町電停・猿猴橋町電停を経て広島駅電停に至る区間を付け替えるという考え方だった。つまり、皆実線の段原一丁目電停と的場町電停、本線の猿猴橋町電停は廃止となる。これに対し、2014年に住民から段原一丁目電停と的場町電停の存続を求める声が挙がり、両電停を通る環状線が提案された。広島駅電停には直行できないものの、需要の高い紙屋町東電停や本通電停へ直行できる。検討の結果、荒神橋を通らない環状線ルートは実現可能と判断され、同年9月に基本方針が決定した。
「駅前大橋ルート」と駅ビル建替え、南口広場の再整備により、広島駅電停の乗車ホームは現行の2カ所から4カ所に増える。進入待機場も現行の連接車用2カ所・単行車用1カ所から連接車用4カ所に変更される。バスの乗降場は15バースから22バースに増える。タクシーの乗降所数と待機所数は変わらないが、現在の路面電車停留場跡地に移転することで自由通路に近くなる。路面電車・バスとJR線の乗換え距離、乗換え時間とも短縮する。
一方で、自家用車向けの送迎用駐車場は50台から約23台に減少するが、これも公共交通推進の方針に沿っているといえるだろう。
「駅前大橋ルート」の開通によって、広島駅から広島市を訪れる人々にとって乗換えが便利になる。広島市民も循環路線という便利な路線ができる。SNSでは稲荷町交差点から広島駅方面の試運転の様子が報告されており、期待の高まりを感じる。開業が楽しみだ。
なお、「駅前大橋ルート」に関して、報道等で「駅前大橋線」と紹介されているが、当記事では広島市と広島電鉄の各公式サイトが表記する「駅前大橋ルート」とした。