
ヴァンセンヌ旧車会の朝。クラシックカーが並ぶ中、ひときわ目を引くエレガントなボディラインがあった。1962年製ジャガーEタイプ・シリーズI。オープン・ツー・シーター仕様で、搭載されるのは3.8リッター 直列6気筒エンジン。後の4.2リッターモデルとは異なり、軽快さと鋭い吹け上がりで名高い初期型だ。
【画像】細かなディテールの隅々に時代を超えた優雅さが宿る、ジャガーEタイプ・シリーズI(写真23点)
声をかけてきたのはこの車のオーナー、ジャン=ジャックさん。職場では日本人の同僚から親しみを込めて「ジェ・ジェさん」と呼ばれている人物だった。「Eタイプのこのライン、たまらないだろ?」彼が見せてくれたのは、愛車へのまなざしと、そこに込められた記憶だった。
1961年、ジュネーヴ・ショーで発表されたジャガーEタイプは、その瞬間から歴史的名車の仲間入りを果たした。美しいだけではない。モノコック構造にトレリス式フロントフレーム、ディスクブレーキ、そして戦前の航空機技術を応用した流線型ボディ。この車にはジャガーのレーシング・スピリットと技術革新の結晶が詰まっていた。
その源流は、1948年に発表されたジャガーのXK120に遡る。そこに搭載されたXKエンジンは、デュアル・オーバーヘッドカムシャフトを採用した直列6気筒の傑作機関であり、その後Dタイプ、Cタイプといった伝説のレーシングカーにも搭載された。ル・マン24時間レースでは1951年から1960年にかけて5度の総合優勝を果たし、英国製スポーツカーの実力を世界に示した。
ジャン=ジャックさんのEタイプに搭載されているのは、そのXK系統のエンジンのうち、最初期に市販車へと搭載された3.8リッター直列6気筒エンジンである。SU製HD8キャブレター3基を整然と並べ、最高出力265馬力を発揮。現代の目から見てもなお、美しいエンジンベイと力強いフィーリングを両立する傑作ユニットだ。
「この車は2016年にオークションで手に入れたんだ。当時すでに美しかったけれど、本来の性能を取り戻すために1年かけてレストアしたよ」と彼は語る。専門工房でエンジン、クラッチ、ギアボックス、リアアクスルなど機械系を全面的にオーバーホール。それ以来、毎年少しずつ自分の手でパーツの修復を続けているという。
「たとえばこの時計。最初はまったく動かなかった。でも自分で手を入れて、また”チクタク”と音がしたときは……まるで過去が戻ってきたような感覚だった」そう語る彼の眼差しは、まるで少年のようだった。
ジャン=ジャックさんのEタイプは、文化遺産の日にパリ・パレ・ロワイヤルで展示され、モンレリのサーキットではフォードGT40やACコブラと肩を並べてスタートを切った。その日、息子さんと過ごした時間について彼はこう語る。「帰り道、息子が”パパ、目が星でいっぱいだよ!”って言ったんだ。本当に、かけがえのない一日だった」
カウル型ヘッドライト、細身のバンパー、控えめなリアランプ、そしてアルミパネルが輝くセンターコンソール。どれもがシリーズIにしか存在しないディテールだ。そして、グローブをはめてウッドステアリングを握るジャン=ジャックさんの姿は、そのすべてに”どう乗るか”という美学が宿っていることを示していた。
クラシックカーとは、単に過去の名車を維持することではない。過ぎ去った時間と対話し、未来へとつなげる行為なのだ。そしてその中心にいるのは、ジャン=ジャックさんのように、車を「生き物」として慈しむ人たちだ。
写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKURAI