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各球団が数十人規模の研究開発部門を持つメジャーリーグ。選手の育成も戦術も、もはや「研究開発競争」の時代に突入している。特にピッチングの世界では、その変化が顕著だ。そこで今回は、近年MLBのピッチングで起こっている投手トレンドについて解説する。(文:Eli)
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MLBではアナリティクスの進化以降、「最も優れた球を多く投げる」というアプローチがトレンドとなっている。特に2020年ごろに球種の質を評価するStuffモデルが開発されたことで、「どのような球を投げれば打者を抑えられるか」が明確になり、この傾向はさらに加速した。
たとえば、大谷翔平はMLB挑戦当初、フォーシームとスプリットのコンビネーションを武器としていたが、徐々にスイーパーの割合を増やし、2022年以降は全投球の3割以上を占めるまでになった。
しかし今、「最も優れた球を多く投げる」というアプローチが、特に先発投手の間で変化しつつある。以下の表は、リーグを代表するトップ投手10人の主要球種とその使用割合をまとめたものである。
2019年(上段)を見ると、ゲリット・コール、ジェイコブ・デグロム、ランス・リンといった投手が、得意球を全体の半分近く投げていた。一方で2024年(下段)には、最多はコール・レーガンズの53.9%と変わらないものの、タリク・スクバルは32.9%、ローガン・ギルバートは30.8%、セス・ルーゴに至ってはわずか24.0%と、一つの球種に偏らない投球スタイルが目立つ。
“球種を増やす“ことのメリットは
このような変化を象徴するのが、2024年以降に見られる新たなトレンド──「球種を増やす」というアプローチである。このアプローチの利点を、ロサンゼルス・ドジャースの山本由伸を用いて解説する。
山本由伸は投球の約80%をフォーシーム、スプリット、カーブの3球種で構成しており、その投球スタイルは従来の得意球を多く投げるアプローチであった。
昨季の山本は、いわゆる“リバーススプリット”と呼ばれるタイプ、すなわち左打者を得意とする右投手であり、右打者に対しては外角高めのフォーシーム、低めへのスプリット、緩急をつけるカーブという組み立てを軸にしていた。
しかし、このアプローチでは打者の内角を攻める手段や、スプリットが決まらない場合の決め球に欠けるという課題が生じる。その解決策として、スライダーとシンカーという2球種の導入が考えられる。
フォームの大幅な改造や球速向上といったハイリスクな選択肢と比べれば、比較的コストパフォーマンスに優れたアプローチだと言える。現実にシーズン途中から山本はこれらの球種を追加した。
また、新たに加える球種は必ずしも「素晴らしい球」である必要はない。もちろん質が高いに越したことはないが、最も重要なのは「打者にその存在を意識させること」である。
たとえば、スカウティングレポートに「外角フォーシーム/スプリット低め/遅いカーブ」と記されていれば覚えやすいが、「外角フォーシーム/スプリット低め/遅いカーブ/逃げるスライダー/内角シンカー…」といったように情報量が増えれば、打者にとっては対応が格段に難しくなる。
アトランタ・ブレーブスの2年目24歳の投手スペンサー・シュワレンバックは100マイル(約160キロ)のフォーシームや大きく曲がるスイーパーなどの目を見張るような球を持たない。
しかし、6個の平均的な球を駆使することで打者を抑え、既に隠れたサイヤング賞候補とも呼ばれている。
フォーシームの衰退
この「球種の数を増やす」という流れは、裏を返せば使用割合が減る球種が存在することを意味する。そのあおりを最も受けそうなのがフォーシームだ。長年フォーシームは投球の「基本のキ」として扱われ、リーグ全体の投球割合でも過去15年は3割台を保ってきた。
しかし近年は、「悪いフォーシームをわざわざ投げる必要はない」との考えがリーグ全体で定着しつつあり、2024年は投球トラッキングが始まった2008年以降最小のフォーシーム割合31.8%を記録した。今年は4/9時点で32.7%と若干持ち直しているが、依然として低い水準に抑えられている。
このアプローチを最も積極的に採用しているのがボストン・レッドソックスだ。2024年シーズン前に新しい投手コーチ、パトリック・ベイリーが加入すると、前年26.8%だったフォーシーム使用率を18.8%まで下げた。
個々の選手に目を向けると、タナ―・ハウクやギャレット・ウィットロックはもともとそれほど投げていなかったフォーシームを完全に捨て、シンカー/スライダーコンボに転換した。
今季ではドジャースから移籍加入したウォーカー・ビューラーが全盛期45%あったフォーシームの割合を昨年の29%からさらに下げ、26%になっている。
キックチェンジ
1球種追求の時代は終わりつつあるが、流行する球が無くなったわけではない。2020年からMLBではスイーパー、スプリットと流行った。そして今季の新トレンドになり得る可能性があるのがキックチェンジだ。
キックチェンジは米民間トレーニング施設『Tread Athletics』で発見されたチェンジアップの一種。コーチの移籍やSNSなどを通して広がり、すでにヘイデン・バードソング、アンドレス・ムニョス、ジャック・ライター、ランドン・ナックと多くの球団の選手が実戦での使用を行っている。
”キック”とは投手がボールをリリースする際に下向きの力をかけるところからきている。キックチェンジの特徴は平均的なチェンジアップとしては速い89-91マイルの球速帯ながら、通常より大きく落ちることだ。
速球系にタイミングを合わせる打者に対して、速球系に近い球速帯で落ちる球を投げれば空振りを奪いやすくなる。
また、新しいグリップの登場はこれまでフォームや手の大きさからチェンジアップを上手く投げられなかった投手が新たな武器を手にすることを意味する。
これまでのスイーパー、スプリットのようにキックチェンジもMLBを変化させる新たなトレンドになるかもしれない。
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