
浦和レッズのホームゲームに行くと、埼玉スタジアムのあちらこちらに緑色や黄色のビブスをまとったスタッフがいる。「トイレはどこですか」と聞かれて「一番近いのはあちらですよ」と手を添えて優しく答えているスタッフ。席番号を見て即座に最短ルートを案内するスタッフ。忘れ物や落とし物、ときには迷子の対応をしたり、車いす観戦者の誘導をしたり、ベビーカー置き場を案内したり、試合開始70分前とハーフタイムにスタンドへゴミの分別を呼びかけたり……。誰かにちょっと手伝ってもらいたいことをサポートし、スタジアムに集うすべての人が安全で快適な試合観戦をするために後方から支えているボランティアスタッフは、浦和レッズで「スチュワード」と呼ばれている頼もしい存在だ。
「スチュワード」とは執事や世話役を意味する英語で、浦和レッズでは1995年8月、駒場スタジアムの改修をきっかけに後援会有志がボランティア活動をするようになったのが始まりだ。当初は特別なネーミングはなかったが、日韓ワールドカップの開催を4年後に控えた1998年にメンバーたちが海外研修ツアーを実施。そのときに訪れたイングランドのウェストハム・ユナイテッドのボランティアが「スチュワード」と呼ばれていたことから、浦和レッズ後援会でも1999年のシーズン開幕時から「スチュワード」という名称を使うことになった。
それから25年余り。社会を取り巻く環境や人々のライフスタイルが変化していく中でも浦和レッズのスチュワードは常にクラブと密な連携を取って絆を深めつつ、新しいメンバーも随時迎え入れ、活動を維持・継続してきた。
そんな中、4月2日の明治安田J1リーグ清水エスパルス戦に、今年からクラブスタッフになった興梠慎三が「体験スチュワード」として活動に参加。「浦和レッズのホームゲームを陰で支えてくれているスチュワードの皆さんが、いつもやっている活動を肌で感じたい」と意気込みながら、他の3人の「体験スチュワード」とともにさまざまな活動を体験した。
まずはキックオフの3時間半前に埼スタ内のスチュワード控室に集合し、20分間の全体ミーティングに参加。クラブから共有された詳細なイベントや飲食売店の情報などが書かれた資料に目を通すと、その後はスチュワード副委員長・桑野裕紀さんの案内で埼スタと周辺をじっくりまわりながら、スチュワード活動の一つひとつに触れていった。
最初に向かったのは、埼スタ場内に入る前のインフォメーションブース。浦和美園駅から歩いて来たときに真っ先に目に入る南広場のウェルカムインフォメーションでは「この席はどの入り口から入ればいいですか?」などアクセスに関する質問が多かったが、中には「選手プロデュースのグルメはどこで買えますか?」とピンポイントの飲食売店情報を求められることも。資料をめくってスピーディーに答えるスチュワードの横では興梠が「いろいろな情報を覚えておかないとすぐに答えられないですね」と感服している。
続いて向かったのはスタジアム場内のインフォメーションブース。授乳室の案内やベビーカーを預かるときの対応、さらには迷子や落とし物の対処方法などを真剣な表情で聞いていた興梠は「対応がしっかりしていますね」と感心しきりだ。スチュワードには長く継続している方々が多く、浦和レッズがクラブ理念に掲げる「安全・快適で熱気ある満員のスタジアム」を目指すクラブの思いをしっかりと汲み取っているのだ。
ここで目に止まったのが、スチュワードの皆さんが常に笑みを浮かべていることだ。聞けば柔らかいこの表情は、「スチュワード活動ではそれを自ら楽しむことが大事」という思いから生まれた「スマイルスチュワード」という理念によるもの。気がつけば興梠もいつの間にか笑顔になっており、すっかり他の「体験スチュワード」とも打ち解けている様子だ。
その後は桑野さんの先導で迷路のようなバックヤードをスムーズに移動。バックアッパースタンドで「ウェルカムシート」からのピッチの見え方を確認したり、メインアッパースタンドに廻ってピッチを見下ろしたりしながら、スタジアム場内の要所を一つひとつチェックした。
エスカレーターのあるエリアを通ったときには興梠が「埼スタにエスカレーターがあるのを初めて見た」と目を輝かせる一幕もあり、「選手が行く場所はロッカーやピッチ、取材エリアなど限られているので、埼スタにはこんなに知らない場所があるのが分かって新鮮です。その一つひとつの場所でスチュワードの方々が支えてくれているのですから、あらためてありがたく思いますね」と感謝。興梠も、安全・快適で熱気ある満員のスタジアムを実現するために、スチュワードの存在は必要不可欠だと感じていた。
最後に一行は再び南広場ウェルカムインフォメーションに戻り、来場者に対応。約3時間の体験スチュワード活動を終えた興梠はこのように語った。「こういったボランティアの方々の存在は選手のときから知っていましたが、実際に話を聞くと何十年とクラブを支えてくださっている人も多くて本当に驚きました。やはり皆さんが一番に望んでいるのはレッズの勝利だとは思いますが、来場者の方々に心から楽しんでもらいたいという思いがあることが伝わってきますし、僕らは試合のピッチ外のところでも、こんなに熱く支えられているということを改めて知ることができ、活動を通じて絆ができているのだなとも感じます」
スチュワード副委員長の桑野さんにも話を聞いた。桑野さんは現役の会社員。1999年からさいたま市に住み始め、2002年日韓ワールドカップでボランティアをしたのをきっかけに浦和レッズのスチュワードになった。それから20年。この間に浦和レッズはリーグ優勝や3度のアジア制覇などさまざまな歴史をつくり、スチュワードとクラブとの絆は深まっていった。
ただ、昨今はコロナ禍の影響も受けて「スチュワードの登録数が減っている」という危機感を持っているという。実数を聞くと、2017年には200人いた登録者がコロナ禍中の2022年に113人に減少。コロナ禍が明けても減少は続き、2023年以降は100人を切ってしまった。そこで近年はスチュワードのより良いあり方を考え、幅広いスポーツ団体のボランティアネットワークと連携を取ったり、救急救命研修や盲導犬ユーザーの受け入れを学ぶイベントを開催したりしながら「浦和レッズのスチュワードを知ってもらおうとがんばっている」という。浦和大学や埼玉学園大学で授業の一枠をもらって講義を行い、若い世代にスポーツボランティアの意義や魅力を伝える活動もしている。
桑野さんは「レッズが勝てば仲間と共に喜び合えますし、一緒に悔しさを分かち合うこともできます。スチュワードは、仲間と過ごせるからこそ本当に特別な場所なんです。それに、会社とは異なるコミュニティの中で活動することは、新しい学びの機会にもなります」と言う。
興梠は「スチュワードはレッズにとってすごくありがたい存在。ですからレッズ側からも、いろいろなサポートをしていけたらなと感じていますし、選手ももっとその活動を知るべきだと思います。新人選手は選手教育の一環として、スチュワード体験に参加させていただいていますが、ベンチ入りしなかった選手がスチュワード体験をすることで、スタジアムの裏側でどんな運営が行われているのかを実際に見て、感じて、理解する良い機会になると思います。クラブを長年支えてくださっている方々の思いに触れることで『浦和を背負う責任』という意識もより強くなるかと思いますし、こうした経験はスタジアム全体の一体感にもつながるかと思います」と具体的な提案まで踏み込んで語った。それくらい、スチュワードの存在が心に響いたのだろう。
1995年に後援会有志がボランティア活動を開始してから今年は30周年。浦和レッズを力強く支えているスチュワードは安全で熱気にあふれるスタジアムの実現に欠かせない存在として、笑顔で後方からの支援をしてくれることだろう。
文=矢内由美子